コーヒーと思想

こんにちは、ばんけんです。

今日は私の好きな「コーヒー」と私が掲げる「思想」が結びついたのでそれを書き綴っていきたいと思います。


どういう意味?と思う方が過半数だと思いますが、興味があれば読んでみてください。




さて、まず最初に私の掲げる


「思想」


というものについてのお話から始めさせていただきます。




私は「資本主義」でもなく「社会主義」でもない

「自由主義」というものを個人で掲げております。


要約すると上の2つを併せ持つようなものなのですが、気になる方は前回に投稿した「なんちゃら主義」という記事を読んでみてください。




これとなぜ「コーヒー」が結びつくのか?

こちらを順を追って説明させていただきます。




まず「コーヒー」とは


「コーヒーの生豆」を「焙煎」して

これを挽いたものから抽出した液体が「コーヒー」という飲み物です。




言葉にするととても簡単なものですが、知っていくととても奥が深いのが「コーヒー」の面白いところです。





「コーヒーの生豆」と一概に表現はしておりますが、こちらは収穫したての「コーヒーの豆」というものです。


植物であるため


産地

環境

湿度・温度・雨量


などによって「コーヒー豆」というものの個々の性質は変わります。




次に「焙煎」というものにふれていきましょう。

「焙煎」とは


「コーヒーの生豆」を炒る、加熱作業のことを指します。


なぜこの作業が必要なのか?



「コーヒーの生豆」は収穫された直後は味も香ばしさもほとんどなく、この状態ではとても飲めるものではありません。





しかし、この加熱作業をすることにより「コーヒー」特有の


酸味

苦味

香ばしさ


が出るようになります。


そしてそれは「焙煎」 の度合いによって変化します。





ここまでの説明でなにか面白いことに気が付きませんか?





私は「人間」と似ていると思いました。





あまりピンとこない方へ、少し表現を変えてみます。





例えば「コーヒーの生豆」は「生まれたての赤ちゃん」の状態です。


環境や生まれた土地によって、個々の「芯の部分」に変化があるでしょう





そして「焙煎」という作業は

「個々の経験」と表現させていただきます。


経験の度合いによって、個々の「深さ」に変化があるでしょう。





ここまで読んでみてどうですか?




なんだか自分と似ているような、そんな気持ちになりませんか?





コーヒーは抽出の仕方は自由です。


ハンドドリップ、フレンチプレス、サイフォン・・・etc



やり方は十人十色、何億万通りもあるでしょう。




自分好みのやり方で

自分好みの味を目指し

自分好みのものを淹れ、楽しむ


「人生」を体現したような飲み物です。



知れば知るほど深くなっていき、知らないと変化はないでしょう。





そしてそこに「自由」がある。




なんだか自分を見ているような

そんな気持ちで私は今日もコーヒーを淹れます。




そんな私の今日の一杯は?




欲望に満ちた味。

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