カーテンの向こう側

いかにも入院患者の食事といった風体の質素で味気ない朝食を終えて、徐々に温まっていく日差しを受けてうつらうつらし始める頃。
決まってカーテンの向こう側がにぎやかになる。

看護婦さんに聞いた話では、隣のベッドにいる患者さんは40代の女性で、もうかれこれ半年ほど入院しているらしい。
なんでも、長期的な投薬療法が必要な病気で、なかなか退院できずにいるとのこと。

携帯電話を見ながら自転車に乗り、派手にすっころんだ私とは違ってなんだか深刻そう。私は骨さえつながってくれれば退院できる。そう思うとなんだかちょっと申し訳ない気持ちになる。

その日も、やっぱりいつもと同じ頃、カーテン越しににぎやかな話し声が聞こえ始めた。
一番大きな声を出しているのは、小さな女の子。お隣さんの娘さんに違いない。たぶん歳は2歳か3歳くらい。毎日毎日、すごく元気。
時折聞こえる低い声は、多分だんなさん。とっても優しそうな声をしてる。きっと40代後半くらいじゃないかと、勝手に思ってる。

これは想像だけど、娘を保育園かなにかに送るその足で病院に寄っているんだと思う。滞在時間はいつも短い。その短い時間の中で精一杯にコミュニケーションしようとしている、そんな雰囲気を感じる。

つかの間の再会を喜ぶ母子と、それを優しく見守るお父さん。

カーテンに遮られてその光景は見えないけれど、目を閉じればありありと情景が浮かんでくる。家族ってすばらしい、そんなふうに思ってしまう。

微かに感じていた眠気も、つまらない入院生活に対する鬱積も、毎朝恒例となったこの微笑ましいにぎわいに消し飛ばされる。私のところへ見舞いにきてくれたわけでもないのに、なんだか嬉しい気持ちになる。

私は上体を起こすと、窓際においてあった読みかけの小説を手に取った。

入院生活はつまらない。

でも、まんざらでもない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?