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夏へのトンネル、さよならの出口

ネタバレ多量にアリ。

夏へのトンネル、さよならの出口と言う映画を見ました。

まずはとても面白かった。映画らしからぬ、いい意味での物静かさが常に続いていく感じの、とても丁寧な映画だったと思う。
迫力満点のアクションシーンなどは無いが、それでも退屈せず最初から最後まで楽しみ切れたので、それだけストーリーとキャラと映像が素晴らしかったということになる。

舞台は海沿いの田舎町。最近のアニメ映画は田舎が舞台のものが多い気がする。そばかす姫しかりアイの歌声しかり。
そしてやはり背景映像は素晴らしかった。あのクオリティがデフォルトになっている最近のアニメ映画は本当に大変だと思う、この映画で特に良かったのは電車内の描写だった。
海沿いを走る電車の車内に刺し込んでくる日の光の感じだったり、まばらに座る制服の高校生だったり。
青春18きっぷで乗った地方の在来線の車内を思い出す。

主人公とヒロインが出会う、目の前に海が広がる駅には見覚えがあった。
多分愛媛の下灘駅だと思うのだが、四国旅行で行こうと思って行けなかった悔しさが残っている場所だ。
あそこを日常にできる主人公たちは本当に羨ましいなと思う。

雨に濡れているヒロインに傘を渡す主人公、ここで初めて二人が出会う。
初っ端の会話からセリフ回しがかなり独特で、特にヒロインに至ってはただ者でなさがビンビンに感じられる。

場面が教室に切り替わり、ヒロインが主人公のクラスに転校してくる。
東京から田舎の学校に転校してきた、凛とした振る舞いを崩さない女子高生と、クラスメイトから向けられる奇異の目線は、視聴者である自分の目線に通ずるものがあった。

興味から声をかけてくるクラスメイトを冷たく拒絶し、読んでいた漫画をクラスの女子生徒にバカにされ、それって喧嘩売ってる?のセリフと共にその女子生徒をグーで殴るヒロイン。
開始数分で十分すぎるほどヤバさが伝わってくる。それまでの地味だった主人公の校内風景からの落差が凄かった。

そこからなんやかんやあって主人公は岩場の隙間のトンネルを発見し、そこに潜っていくと過去に飼っていたインコと遭遇する。
もう死んだはずのインコが生きて動いていることを信じられないままトンネルを引き返して外に出る主人公。
家に戻ると、父親から1週間もどこにいっていたんだと尋ねられ、主人公は困惑する。
何かおかしなことが起こっているぞというワクワク感が凄い、少しずつ話が動いていく感じがとても良かった。

その後ヒロインにもトンネルの存在がバレて、そこから二人の協力関係が始まっていく。
このトンネルは欲しいものが手に入るトンネルだと、しかし中での時間の流れが非常にゆっくりであるため、探索には慎重になる必要があると。
そう結論付けた二人は、そのトンネルで自分たちの欲するものを手に入れるため、トンネルの調査を開始する。

中と外で通話はできるのか、メールならどうか、中での時間と外での時間の差はどれくらいか、想像を超えた不思議に対して、時間をかけて対峙していく様子は見ていて非常に楽しい。
青春映画でありがちな、若さゆえの後先考えなさみたいなものはなく、慎重に確実に、自分たちの願いを叶えるために事を運んでいく二人のコンビはとても良い。

トンネル内での1秒が外では40分と、きっちりと数字を出して教えてくれるのも些細ではあるが嬉しかった。
3秒いるだけで2時間、36秒で1日、252秒で1週間。
絶望的な乖離こそないが、主人公たちの願いを叶えるために与えられた時間と考えればあまりに少ない。

あらかたの調査も終えて、突然挟まる水族館デート。
私服のヒロインの姿はとても良かった。まずこれは言っておきたい。

そこで明かされるのが、主人公の欲するものだ。
主人公の家庭環境は良い物とは言えなかった。妹の死をきっかけに、母は家を出て父は酒を飲んで暴れる始末。
そんな主人公の欲するものであり取り戻したいものは、妹の命だという。

自分の望みから死者さえ甦らそうとする主人公の異常さが唐突に表れるこのシーンは非常に印象に残っている。
それまで散々ヤバい奴としての株を上げまくっていたヒロインも霞む唐突な異常さにやられてしまったのは自分だけではない。
ヒロインの主人公を見る目が、このシーンから少し変わっていたような気がするのだ。それまでは自分の目的のために手を組んでいたのが、ここでヒロインの中で主人公の優先度が少し上がっていたと思う。

とある3連休に二人はトンネルに本格的に入っていくことを決める。

3連休をすべて使っても108秒しか探索は許されない、トンネルの入り口に立ち、勢いよくスタートを切る二人。
トンネルを出るためには出口に折り返す必要があるため、108秒での探索と考えると、54秒でUターンをする必要がある。
そろそろ引き返さないというところで、突然大量の紙が前から飛んでくる。
その紙はヒロインにとって大切なものらしく、必死にそれをかき集めるヒロインの姿は少し新鮮だった。
それまで常に凛とした姿勢を崩さず、そこか余裕のある感じの女性だったのが、そのシーンだけ妙に人間らしかったのだ。とても転校初日に女子をグーで殴った人間とは思えない。

思わぬ誤算からトンネルを出るのが10秒ほど遅れてしまい、現実では8時間近い時間をロスしてしまったことになる。
話の流れから主人公はヒロインの家に招かれ、ここで初めてヒロインの欲するものが明かされる。
ヒロインは漫画家であった祖父の影響から、漫画を描いている。
しかし自分の作品の出来に満足することができないヒロインは、たくさんの人の記憶に残る漫画を描く特別な才能を欲していると言う。
ここで気になったのが、ヒロインが描きたいのが面白い漫画でなくたくさんの評価を受けられる漫画だということだ。
漫画家だった祖父は単行本こそ出しているものの知名度は全くなく、家族からも漫画を描いていることをよく思われていなかった。

家族からも世間からも認められなかった祖父の姿を見て、ヒロインは多くの人からの評価を望むようになったんだと思う。
思えば転校初日に人を殴ったのも、水族館で主人公の異常性に惹かれていたのも、特別な人間になりたいという意志の強さの表れだったんじゃないかとも思えてくる。
掴みどころのない、飄々とした女の子だと思っていたのが、割とありがちな認められたいという悩みを持っているんだというギャップは素晴らしい。
ここで一気にヒロインが好きになった気がする。

その後、描いた漫画を主人公に褒められて足をパタパタさせながら喜ぶヒロインでもう完全にやられた。なんだあれ良すぎる。

その後の夏祭りデートでヒロインの浴衣姿を見せることも忘れず、夏休みに突入する。

この長い時間を二人はすべてトンネル探索にささげるらしい、結構は夏祭りの2日後だ。

遂に明日に決行を控えたその日、主人公を呼び出したヒロインは、自分の書いた漫画を出版社に送ったところ、担当の人から連絡を貰ったと伝える。

それまでずっと2人で互いの欲するものを追い求めていたのが、ヒロインだけが欲するものに近づいている事実が非常に辛い。
ヒロインの進展を素直に喜べない主人公も、それを伝えたら主人公がトンネル探索を辞めようと良い出すことも予想できたであろう状況で、それでも主人公に話をしたくて止まれなかったヒロインも辛い。

ヒロインの欲するものがこの先認められるための才能であるのに対し、主人公の欲するものは過去に捉われた妹の命と、この差もまた惨いなと思う。

結局主人公は、予定よりも早く1人でトンネルに入っていき、ヒロインを現実世界に置いていってしまう。

置いて行かれたヒロインは必死にメールを送るが、ヒロインに最後にメールを送った主人公は携帯をトンネル内に捨ててしまうし、そもそも中と外では進む時間も変わって来るので、主人公の下にメールが届くことはない。

携帯を捨てていることからも、主人公はもう妹を取り戻すまで帰る気はないんだなとわかる。すべてを投げうってまで死者に執着している様子は普段の生気のない主人公の雰囲気と相まって非常に恐ろしかった。

その後トンネル内を進み続け、昔の風景と共に妹との再会を果たす。
妹となんでもない会話を交わし、あの頃の懐かしさにどっぷり浸っている主人公の下に、突然現れた携帯電話にメールが届く。
それは現実世界を生きるヒロインからのメールだった。

次から次へと届くメールは、現実世界を生きていくヒロインの一歩一歩を伝えており、主人公の生きる短い時間の中で1年経ちまた1年経ちと、いつまでも過去に捉われている主人公を置いていくかのようにあっという間にヒロインの時間は進んでいく。
ここも二人の時間の進み方が違いすぎるのが感じられてとても良かったな。次から次へとヒロインの人生が進んでいくのを送られてくるメールでしか感じ取ることのできない主人公の無力感みたいなのが最高だった。

漫画家としてデビューし、連載を持ち、単行本を出し、トンネルに入って特別な才能を得なくとも願った道に進んでいけるヒロインと、自分の時間をすべてかけてまで取り戻したかった妹との時間を過ごす主人公。


主人公は現実世界に戻ることを決める。
妹に別れを告げ、必死に来た道を戻り、ヒロインにメールを送りとにかくひたすらに走る。


場面切り替わりヒロイン。
色々が上手く言っているように見えていたヒロインも、すべてが順風満帆と言うわけではない。
連載を一旦休みましょうと担当に言われ、主人公たちが出会った駅のホームで落ち込んでいるヒロインの下に届くのが、主人公のメールだ。
トンネル内から送られた、10年ぶりのメールだ。

もうこんなんさ、最高じゃない。一目散に走りだすヒロインは、それまでの鬱屈とした大人の様子ではなく、あの頃のトンネル調査を楽しんでいたヒロインに戻っている。

走り疲れて倒れ込んでしまう主人公を、トンネルに入ることも厭わず主人公の下へ向かっていくヒロインが助け起こす。

10歳差の同級生の再開だ、盛り上がった二人はキスをするまでに至るのだが、トンネル内での時間は現実世界の何倍もゆっくりなわけで、10秒間で6時間半の長いキスだった、みたいなクサすぎる最高のセリフで映画は締めくくられる。

もう本当に良かったな。主人公視点で始まった物語が、主人公に置いて行かれたヒロインの視点に切り替わり、最後には二人の視点で映画が終わる。
流れが美しすぎる。
学校の描写や家族の描写が思ったより少なく、上映時間のほとんどを二人を見せるのに使っているのも良い。
決して派手な映画ではないが、本当に面白かった。

ついでに貰った特典を読んでいた所、どうやらヒロインとヒロインがぶん殴った女子生徒は、未来で親交があるらしい。
下の名前で呼ぶ中にまで発展していて、よく初対面パンチからそこまで行けたなと感心したものだ。
原作小説も原作者さんの他の作品も気になるな。


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