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人へのこわさみたいなもの
人が輪郭を持つと、なぜだか急に逃げたくなるようなおそろしさを感じることがある。
顔や身体がくっきりとあらわれると、現実に帰ってきたように、熱がすぅっと冷める感覚になることがある。
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顔が見えず、なんてことないリアルな日常を垣間見ることなく、画面越しにするやり取りでなら心の内をさらせても、対面だと見えそうな感情やしぐさに本音を飲み込んだり。
本を読んで、なんてすてきな考えを持った人なん
読書感想「死にたがりの君に贈る物語」
死の匂い。疑心暗鬼。自分の心を守るための防衛反応。吐いた言葉に自分自身が傷つくとしても、吐かずにいられない脆さ。
壊れそうなあやうさ。すでに壊れていそうに見えるほど。
その心を救うのは愛だなんて、言葉にすると陳腐で、だけど事実なんだろう。
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愛情を受けられなかった人は、相手の愛情をたしかめるために暴言を吐くと聞いたことがある。
本当に信じて大丈夫なのかたしかめたくて、暴言を吐いて反
「がんばる」ことは良いことみたいな雰囲気はあるけれど
じつは、「がんばらない」より、「がんばる」方が気持ち的に楽な面もあるなと思う。
おもに、自分への許可という意味で。
「がんばっている自分」は、褒めてあげるってかんじで、「がんばっていない自分」は、怠けているとか後ろめたさとかがあるかんじ。
なんの言い訳じみた言葉もなく、「がんばっていない自分」で良しって思うためには、自己肯定感の高さが必要な気がして。
がんばっていなくても、自分が自分であれ
無理をしている自分に気づいてあげる。
自分自身のいつもとちがう感覚に、いつもより激しく動く感情に、いつもならあまりしない行動に、気づいてあげないと、と思う。
なにもする気が起きずぼーっとしてしまうなら、きっとものすごく疲れている。
ささいなことに引っかかって苛立つなら、きっと小さな我慢を積み上げてる。
無償にジャンキーなものや辛いものが食べたくて仕方なくなるなら、きっとストレスが溜まっている。
感覚や、感情や、行動に表れてしま
現実逃避してても、帰ってこれたら良し。
現実逃避したいときって、書けない。
自分の思いや感情に向き合って、拾い上げるようにしないと書けないけれど、なんだか疲れていて向き合う気力がなかったり、目をそらしたいときもある。
目をそらしながら書けば、もやもやは膨らむばかりで、無理に向き合えばしんどすぎるときは、書かないを選ぶしかないんだよね。
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楽しいこととか、心地良いこととかを、書けばいいじゃんと思いたいんだけれど。
現実逃避
言葉と一緒に心も整えて書きたい
こうありたいと思う姿で、こう考えたいという思いで、書くことができたらいいのにと思う。
弱ささえも、否定するではなく、そこに乗せる感情が暗いものでもなく、優しくやわらかい色が浮かぶ書き方ができたらいいのにと思う。
同時に、飾るわけではなく、その感情や考えの尖りが削られて丸くなるわけでもなく、リアルなままで書けたらいいのにと思う。
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書いていく中で、もやもやとした感情や考えに輪郭ができて
黙って飲み込んで割り切ることが、大人の必須スキルなんだろうか。
「割り切った方がいい」「みんな言わないだけで同じように思っている」
そう言われるたびに、理解はできても、もやっとする。大人になりきれず、青いだけなのかもしれないけれど。
私が正しいと主張したいわけじゃない。理解してもらえないとわかってもいる。だけど、言わずに飲み込んでたら、飲まれそうだと思う。
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言わなきゃ伝わらない、と言われる。言っても伝わらないけれど。
考えを教えてくれ、と言わ