『MILLION MIRRORS』に見えるSOFT BALLETの「終末への序曲」
はてさて。
以前「ソフトバレエ、まずは『愛と平和』が代表作だ」と記した。同時に「取っかかりには『INCUBATE』もおすすめ」とも。
その2枚のポップ・サイドが強い傑作の間に、ファンでさえ議論の的となる作品が存在する。それはソフトバレエ(以下ソフバ)がアルファからビクターへ移籍し、大きく期待されての第一作になった『MILLION MIRRORS』。スペルに「L」と「R」が多いので逆に誤入力しがちだけど、僕は当時高校生時代のワープロから入力し続けたおかげで、すっかり指先が憶えてしまった。
このアルバムは、しばしば「問題作」とされる。しかも何を隠そう、僕が最初に買ったのはコレだったのだ。どうだまいったか。BUCK-TICKつながりでSCHAFTからソフバに興味を持ち、たまたま中古で売られていたから「買ってしまった」のです。
ここで前置きとして、毎度毎度コア・ファン向けの文章になるのでメンバーの名前とか特性はもう書かないでいいっすよね。過去の記事を参照していただけると幸いです。
さて。
なぜ問題作かというと、徹底的に「暗い」。ダークだったりノイズだったりマイナー調の曲ばかりで、明るい印象の曲は「FAILY TALE」1曲だけ。しかしこの曲もダーク・ファンタジー的な明るさで、ソフバ作品で明らかに目立つ森岡特有のハイパーな明るさがアルバムのどこにもない。それこそが「異色の証」なのかもしれない。
それまでは「遠藤の歌ありき」だったソフバ。そりゃそうだ、どうしたって日本のロックでありチャート上ではポップスなのだから。それが音楽部分へのウェイトが非常に大きくなり、遠藤の歌が「添え物」になってしまう。反面、藤井主導のプロダクションで楽曲の作り込みが過剰なまでに濃密。その後の曲作りのターニング・ポイントになったし、3人の関係性がピンと張った細い糸になるのもここから。
「このアルバムで過去のファンを『ふるい』にかけた。ミーハーなファンは駆逐する」
藤井が音楽誌のインタヴューでそう宣言してしまうほど「ソフバ初心者は買ってはいけない」作品。なのに僕は最初から手を出してしまい、しばらく後悔してました確かに。何だよこれ、って。
しかしソフバ全体を好きになり、聴き込んでいくと実はすごいアルバムだと感じるようになる。何がすごいって、やはり音楽部分の作り込み。音ひとつ取っても、精密に設計されたインダストリアルな家屋のように緻密。それは間違いなく藤井の手によるもので、一聴すると作曲者がどちらかわかりにくいものの、遊びが残って詰めが甘い森岡の曲と、付け入る隙もない藤井の曲で聞き分けられる。その森岡曲にも藤井の手が入っていることも。
沈みかけた船・アルファから離脱してビクターに移籍したばかりのソフバだったが、さらに発足したばかりのレーベル「XEO」でのリリース。なのに一発めがコレ。目玉になるバンドもなく、存在感もなかったので結果的に自然消滅したらしいよ、XEO。菱形がふたつ重なったようなロゴの。次作『INCUBATE』に明るい曲が多いのは、そうした事情もあるかもしれない。
では話が煩雑になる前に、収録曲(補足を含む)を見ていこうか。文章がなんか暗いナンバーから暗いナンバーに続いた本作2曲めみたいな雰囲気になってきたので。
(以下カッコ内は作曲者、作詞はすべて遠藤遼一)
【オリジナル・アルバム】
01 FRACTAL (森岡賢)
低いサイレンのような音が機械的に響き渡り、ささやきのような異国語ヴォイス、打撃音、藤井の「White, Red」というヴォイス……という不安要素が重なっては繰り返される。冒頭から暗く深く重く、気持が沈む。まるで藤井作曲だと感じるが、これが森岡によるもの。遠藤のヴォーカルは終盤に少しだけで、いかに「ふたりの作曲者に挟まれて居心地が悪かったか」がわかる。それは最終曲がヴォーカルなしであることも含めて。
のちに「復活ソフバ」が、ソフバなのに野外フェスのサマーソニック1曲めにこの曲を持ってきたのがおそらくファン全員の驚きだった。「太陽ニ殺サレタ」から野外ライヴを始めたBUCK-TICKのように。
02 WHOLE THE WHOLE (森岡賢)
それまでのアルバムは、おおよそ冒頭2曲のいずれか、または両方がアップ・テンポだった。またはポップで明るかった。しかし本作ではそれもなく、ようやく歌中心のこの曲になってもひたすら遅く暗い。なのに変に軽い。そのうえ「赤道直下」「電光石火」というイキナリな四字熟語まで入った遠藤の宇宙歌詞で不可解に陥る。すでに冒頭2曲で、従来のポップ路線を好むファンは再生を止めたくなったに違いない。
03 A SHEPHERD'S SON (森岡賢)
ブラスが入って軽快で、リズムもパーカッシヴ。しかしマイナー調でまたも暗い。歌声も抑制的で、最後まで暗い。もはやゴスの領域だが、おそらく当時のコンポーザー2名の好みでもあったのだろう。リスナーは「もしやこのアルバムには暗い曲しかないのでは?」と感じるでしょう。そしてそれは最後まで聴くと、正解だとわかる。しかし地味だが味わいが深く、哀しげで不思議な歌詞の世界観が視界的に迫ってくる。森岡がマイナー進行を意識するとこうなるのか、という見本のような楽曲なので、おそらくこれをメジャー進行にして音色を変えれば「いつもの森岡」に戻るはずだ。
04 VIETNAM (藤井麻輝)
ここで気分は「一気に真っ暗」に。今までのぼんやりとした暗さが「決定的な暗黒」になる。ノイズから始まり哀しくて仕方ない陰鬱なディストーションとストリングス。赤子の泣きそうな声。一瞬停止後、ひたすら重いディストーションとストリングスにオリエンタルなリズムがくりかえされ、子供の悲鳴にヘリコプターの飛行音がかぶさり、もはや音像は悲劇しか浮かばない。言葉少ななヴォーカルも、遠く遠くエフェクトがかかって第三者的。最後まで完全に「救いがない」、人間インダストリアル・藤井の真骨頂。
05 INSTINCT? (森岡賢)
転じて、メドレー形式で「不可解」に。「スッ、タン!」くりかえしのリズムに、毎度毎度異世界な遠藤の歌声。明るい音色なのにヘンテコなシンセ。あげく中間で「サウンド、サウンド、サウンド……」という森岡ヴォイスのくりかえし。気が狂ったように「異常な」楽曲。
しかしライヴではひたすら盛り上がる人気ナンバーとなり、活動停止までほぼ毎回ぐらいの勢いで演奏された。時期によってはダブル・ドラムになってパーカッシヴな側面を強めたり、森岡がギターをアテフリしてダック・ウォークしたり、遠藤のアドリブも違っていて面白い。
06 HYSTERIA (藤井麻輝, 森岡賢)
森岡・藤井、とうとう初の共作曲。しかし藤井主導なのは目に見えても明らかで、森岡のアイディアはリズムと鍵盤メロディ、付加音あたりに見られる。ひたすらミドル・テンポで暗く長く感じ、古参ファンは共作曲なのにがっかりしたはず。しかもこのアルバムの中で一番影が薄い。冒頭から遠藤があえいでるし。
07 FAIRY TALE (森岡賢)
やっと来ました、明るい曲。森岡らしい開放的なメジャー感と、随所にこのアルバムらしいマイナー調も含んだダーク・ファンタジー傑作曲。こんなテイストの曲が数曲あれば、このアルバムも取っつきがよくなったに違いない。けど、そうじゃなかったからこそダークで救いのない魅力があるのだけど。つまりは、この曲だけ「救い」を感じられる。最後は「ここで僕だけが 枯れてゆくのかな」だけども。
08 MEDDLER (藤井麻輝)
再び暗く。しかしこの暗さはファンタジックで心地よい。反復するギターに始まり、重い通低音。破壊されるような効果音や女性ヴォイスなどが雰囲気を盛り上げる。遠藤の囁くようなヴォーカルも次第にドラマティックに、本作唯一の「伸びやかな歌唱」になっていく。はかなく淋しく、うら哀しい歌もの佳曲。
BUCK-TICKの変態ギタリストにして藤井にとってはSCHAFTの盟友、今井寿がギターで参加している。中間のムニムニ言ってる変な音か? 音としてはそこまで今井っぽくなく、匿名性が強いけども。
09 THRESHOLD (YELLOW-MIX) (藤井麻輝)
本作の中核曲というか、代表曲的存在。打撃的なシンセにノイジーなギター、藤井ヴォイス、エフェクトのかかった遠藤ヴォーカル、迫るようなメイン・リフのメロディ……「藤井節」が集約されたような楽曲。そのうえ最後は宇宙的というかアンビエントなインストが長く長く残る。藤井が「今作で唯一のファン・サーヴィス」と語った曲だが、たしかに従来ファンのウケもいい曲調の中に、しかしこの時期のソフバの音楽性を完全に集約している。意外とライヴ演奏の機会は多くないが、このアルバムから後にもレパートリーに残った数少ない曲のひとつ。
10 THRESHOLD (WHITE-MIX) (藤井麻輝)
前曲で終わりかと思わせておいて、リミックス音源が最後に配置されるという洋楽のようなセンス。同曲のビートを強調してクラブ的かつダンサブルにアレンジし、メイン・リフのメロディを印象そのままに変えている。しかし世界は暗いまま。藤井ヴォイスは残っているもののヴォーカルが省かれたため、ボーナス・トラック的に聴ける。
なお後述するが、この曲は海外リリースのヴァージョンでは「YELLOW-MIX」の冒頭が8秒弱残されており、完全にイントロがないのは日本盤だけだったりする。
本作にまつわるヴァージョン違い音源は、時期をまたいで多数存在する。リリースに力を入れていたのもわかるし、あとになって発掘または制作されたものも多い。
それを収録作品ごとに見ていこう。
【THRESHOLD(海外12インチ・アナログ)】
海外のみ発売されたアナログ盤。無名の日本人でしかもアナログじゃ売れるわけないだろう、と思えば英国クラブ・チャートで10位、ベルギーでも2位を記録したらしい。マジか! 藤井が語るところによるとベルギーでは1位と聞いていたそうだが。いずれにせよスゴい。
・THRESHOLD (WHITE MIX)
同曲の2ヴァージョンがA/B面で収録されたうち、こちらはA面で日本盤の「WHITE-MIX」(ハイフンあり)にあたる……のだけど、冒頭に8秒弱ほど「YELLOW-MIX」のイントロ部分が追加されている。他のミックス音源もここから派生しており、イントロなしの「WHITE-MIX」は日本盤にしか収録されていない。
・THRESHOLD (KISS MIX)
こちらはそのB面で、同じミックス音源にヴォーカルが入っている。つまり「ヴォーカルが入ったダンス・ミックス」なわけだけど、それで考えると後述の「KMFH MIX」「WHITE-MIX YELLOW VOICES」と同等と言える。
【プレゼント用音源】
XEOレーベル立ち上げに即し、レーベル・サンプラーも兼ねてリミックス盤が複数制作されている。そのうち2種に、ソフバが1曲ずつヴァージョン違いを収録している。
・VIETNAM (SAIGON MIX)
応募特典としてプレゼントされていた『XEO INVITATION FUTURAMA OF ROCK Special Re-Mix sampler』という4バンド・4曲入り8cm CDに収録。
リズム・トラックが入ったクラブ仕様で、暗鬱でドラマティックだった曲が単調になって原曲の魅力がまるで損なわれている。さらにヴォーカルも薄く遠くなった。冒頭に50秒弱が追加されて最後の歌のあと強引にフェイド・アウトし、4分弱で終わる。プレゼントだし、オマケ感覚のリミックスだろうか。なぜあの原曲をダンサブルにしたのか不可解だが。
・THRESHOLD (KMFH MIX)
こちらは業界内配布かプレゼント盤のアナログ盤『XEO Invitation Sampler』に収録。同じく4バンド・4曲入り。
前述の「KISS MIX」と同様。正直ミックスの差はわからないが、正確にはこのヴァージョンがPVに使用されているらしい。そのへんの経緯もあって、このあたりのヴァージョン名がYouTubeなどでは主にヴォーカルの有無でゴッチャになっている。書いてる自分も、合ってるんだかよくわからない。
【ENGAGING UNIVERSE(シングル)】
次作『INCUBATE』からの先行シングルのカップリングとして、またも「THRESHOLD」が入っている。まるで名残か、2作品をつなぐブリッジかのように。いやむしろ藤井が仕上がりに納得しなくてここに再収録したのかもしれない。
・THRESHOLD (HEAD-MIX)
原曲をノイズまみれに、ディストーションやら何やらをかけまくって暴虐に仕立てたリミックス。特に遠藤の声をつぶすヴォコーダーが強いところに「歌が入ると自分が思い描いた曲と別物になってしまう」と言っていた藤井の、歌メロディを残しつつインスト寸前にするという策略を感じる。あとは日本語が通じない海外を意識もしていたのだろう。
がしかし、この潔いまでのノイズ・リミックスは刺激的で、クラブ的な側面を取っ払ってロックに昇華していることもあって評価は高い。藤井も一番好きなヴァージョンらしい。
ほぼ全曲箱『INDEX - SOFT BALLET 89/95』にも収録。非常に細かいことだけど、そこではヴァージョン名が「HEAD MIX」となっているが、オリジナル・リリースでは正確には「HEAD-MIX」とハイフンが入っているのは、アルバム収録の2ヴァージョンも同じだ。
【SOFT BALLET】
活動停止にあたって制作された2枚組ベスト盤。再録音やリミックス音源が多く、特に藤井はほぼ全曲に手入れしている。
『MILLION MIRRORS』からは1曲だけセレクト。本作からは森岡の「FAILY TALE」も収録されているが、そちらは同ヴァージョンのままだった。
・VIETNAM (1995 REMIX)
名称がカブるので、ここでは「1995 REMIX」と表記。
基本的には原曲と同じだが、ディストーション気味のメロディだったメイン・テーマが重厚なストリングスになり、リズム・パターンも見直されてストリングスのテンポに噛み合い、印象が大きく違う。さながら「破壊される悲惨なヴェトナム」から「その後も変わらぬヴェトナムの惨状」といった趣きになっている。
ほぼ全曲ボックス『INDEX - SOFT BALLET 89/95』にも収録。
【SOFT BALLET 1992-1995 the BEST + 8 OTHER MIXES】
アルファ時代・ビクター時代が同時にリリースされた、レーベル制作によるベスト選曲盤。そのビクター時代には8曲のリミックス音源が収録されている。リズムを抜いただけのトラックも多いが、ほぼ全曲ボックス『INDEX - SOFT BALLET 89/95』にも収録されておらず、地味に貴重性が高い。
・THRESHOLD (WHITE-MIX WITH YELLOW VOICES)
前述の「KISS MIX」「KMFH MIX」に相当。ここでもイントロは残っている。ダンサブルな「WHITE MIX」に「YELLOW-MIX」のヴォーカルを乗せたものなので、ファンからは最強ヴァージョンとも評価される。なお、ヴォーカルの「私は誰でない〜」という語り部分はカットされている。
・VIETNAM (REMIX)
プレゼント景品だったシングルCDの「SAIGON MIX」と同じミックス。しかし相違点があり、こちらのリミックスはまずヴォーカルが従来の曲ほどに音量が戻り、最後は完全演奏に近い部分でフェイド・アウトするため、40秒ほど長い。このヴァージョンがあれば「SAIGON MIX」は不要と言えそう。
・VIETNAM (STRINGS MIX)
こちらは逆に、リズム・トラックを抜いたもの。アルバム収録の原曲をもとにしているので、ディストーション・ギターのような旋律がメロディだが、これが『SOFT BALLET』収録のリミックス版をベースにしていれば、より重厚で悲壮感に満ちて楽しめたかも知れない。というふうに、リズム・トラックの重要性を痛感できる。
・FAIRY TALE (ORCHESTRA MIX)
こちらもリズム・トラックを抜いたもの。もともとがファンタジックな曲なので、これはこれでオーケストラルなヴァージョンとして楽しむことができる。残念なのは「ここで僕だけが 枯れて行くのかな」という最後の歌部分がオミットされていること。
【INDEX - SOFT BALLET 89/95】
「ほぼ全曲箱」の『INDEX』は、藤井が全曲をリマスタ監修している。多くの曲は一般的なバランス調整や音の明確さの増減程度だが、一部、明らかに音の足し引きがされているものもある。中でも『MILLION MIRRORS』収録曲は多い。
・FRACTAL
冒頭のサイレンがカットされ、キーボードのリフから始まる。
・A SHEPHERD'S SON
原曲では途中から入ってきたリズム・トラックが、冒頭から入っている。
・MEDDLER
全体に「チャカポコ言ってる間抜けな音のリズム・トラック」が入ってしまい、この曲の魅力である幽玄性がそっくり失われた。はっきり言ってものすごく残念。
・THRESHOLD (YELLOW-MIX)
最後のインスト部分がカットされている。
【INDEX - SOFT BALLET 89/95 [DISC-11 UNRELEASED TRACKS]】
その『INDEX』には、主にライヴ用の音源として使用されていた、原曲をリミックスまたはリメイクした11曲の事前打ち込みトラックを収録している。中にはコーラス部分や、全体に歌が入っているものもある。
・HYSTERIA (test arrangement for live)
冒頭が遠藤のあえぎ声からではなく最初からリズムが入り、全体的にややシャープになった印象。原曲よりだいぶ印象がいい。歌が通して入っているので、これをアッパー・ヴァージョンとして聴くのもアリ。最後は急に終わるが。
・THRESHOLD (for live)
まるっきりフル・リメイクしており、テンポ・アップいっさいなしのベース・トラックと効果音。そして「私は誰でもない~」の部分の女声と藤井ヴォイスが被さるだけで、ただひたすら淡々と流れる。原曲の荒々しさはなく、ほぼS.E.的な仕上がり。「とにかく遠藤の声以外で再構築」という印象。そんなにヴォーカル消したいか(笑)。再始動後のライヴでは実際にこのヴァージョンで演奏された。
【relics】
ソフバ結成30周年記念盤として、3CD+おまけ1CDの全時代ベスト盤がリリースされた。全曲が益子樹(ROVOほか)による最新リマスタリングだが、原曲へのリスペクトおよびメンバーへの気遣いで、藤井による「『INDEX』の数曲」のようなムチャなものはない。現代的に調整を施した感が強い。
その「おまけ1CD」に未発表曲が2曲収録されており、1曲が何と『MILLION MIRRORS』表題曲となる可能性がある傑作曲だった! でも歌モノなので、藤井が排除した可能性しか考えられない。
・仮題:血管 (MILLION MIRRORS) (遠藤遼一)
過去に分析または憶測を含めた、ききとり歌詞の投稿をアップしたので、こちらを参照。
↓
「SOFT BALLET『relics』収録の未発表2曲を歌詞ききとり掲載およびレヴューしちゃうよ (Part 1:血管)」
https://note.com/balzax/n/ne76187191d7f
【アナログ盤】
ソフバ30周年記念の一環で、2019年にリリース。こちらには「THRESHOLD (YELLOW-MIX)」が収録されていない。
……ふぅ。
すげーな。こうやってまとめると実は、意外と散らばってレア・トラックが点在してたんだな、ミリミラ(←ファンが使う『MILLION MIRRORS』略称)。
それだけ「売ろうとした(プロモなど)」のだろうし、「納得がいかなかった部分(リメイクなど)」もあるだろうし、「それでも、うまくいかなかった(活動停止後発表の音源)」のだろう。うんうん。
そう憶測できるぐらい、藤井によるプロダクションの手が込んでいる。音の緻密さはソフバ随一で、それが聴いていて疲れる一因だったりもするのだけども。
不人気の決定的な理由は「全部が暗い」。やはりソフバは藤井の暗黒世界だけではなく森岡のハイパーな明るさも求められており、そのバランスというかギャップが人気要素のひとつでもあった。コンポーザーとしては藤井・森岡がほぼ半々だが、主導権や音楽趣味が藤井に寄っている。
ただし見逃せないのは、本作から一気に遠藤が「暗黒王子化」したこと。アルファ最終期でもローブをまとって麗人と化していたが、ここから後期の象徴になるロング・ヘアのオールバックへ変化。この「救いのないアルバム」が『INCUBATE』まで続くソフバ中後期における遠藤の芸風を決定づけた。「歌いにくい曲ばかりのアルバムを歌わされるなら、そういうキャラになってやる」とでも言わんばかりに。おかげで一気に音域が低音になり、一気に歌唱力がアップして後期の「バリトン・ヴォイス」を形成した。追い詰められるとパワーアップするサイヤ人みたいな急成長で。
ソフバは3人組の宿命で「誰かと誰かの仲がいいと、残ったひとりが孤独になる」バンド。
デビュー作の『EARTH BORN』ではヴォーカルの遠藤とポップでキャッチーな曲を作る森岡が中心となっていたが、それはまずバンドを売るために必要だったはず。続く『DOCUMENT』では頭角を現した藤井が遠藤の世界観を具現化し、残る森岡はポップになりきれない。個々人のソロ曲を収録した『3 [drai]』を経過し、関係性とバランスをリセット。お互いの異なる音楽性をぶつけ合った『愛と平和』では森岡が藤井に影響を受け、遠藤もヴォーカルが上達して初期の頂点に達する。しかしこの時期は三者とも比較的関係性が良好だったようで、せめぎ合った結果として随一の傑作が生まれている。
しかるのち、この『MILLION MIRRORS』。
音楽制作2名が最も密接で、遠藤はまるでノケモノ。海外でのリリースも意識して実際に海外で録音され、見知らぬ土地でコンポーザーはスタジオ作業し、居場所のない遠藤はひとり海岸で弁当を食う。その反動が彼を「孤高な暗黒王子」として完成させた。のかもしれない。
それでもセールスがあまり芳しくなかったようで、これじゃいかんと成長した遠藤のヴォーカルに加え森岡の明るい音色を大々的に復活させた『INCUBATE』が次に制作される。今度は藤井がひとりになり、むしろ好き勝手にできて「ほぼインスト」まで作ってしまう。そこで遠藤にきちんと歌わせず、いきなりフランス語(TRANSCODE)ドイツ語(GENE-SETS)の作詞をして朗読させるって、ひどくないか藤井。ジャケ裏に写る「ハゲの眉なしに進化した藤井」のシルエットがまるで「影の支配者」のようだ。だから同じポップ傑作でも『愛と平和』と違ってピンと張り詰めた糸のような緊張感に満ちている。
そして合宿までして3人が「完全に仲良し」になってようやく統合した『FORM』で、あえなく解散が決定したのはファンの間では有名な話。この3人は戦わずにはいられないのだよ、戦闘民族サイヤ人だから。
で、本作『MILLION MIRRORS』こそが、後期の常に緊張する関係性を築いた一作にして、崩壊の序曲になったのは間違いない。藤井もこのアルバムからメンバー間のズレが大きくなってきたと語っている(意外と広報役)。
「森岡が銃を製造し、遠藤が弾を詰め、僕が引き金を引きました」
と話す「解散のショットガン」は、ここから作られ始めた。もともと強かった個々の自我がますます強くなり、森岡はソロを作り始めるし、遠藤は解散後の構想を練る(じゃないとすぐにエンズが始動するわけがない)。藤井だけが解散を避けたかったのは、この『MILLION MIRRORS』をもって「いくら自分が納得のいく仕事をしても、セールスにつながるわけじゃない」と体感したからではないだろうか。実際の話ソフトバレエという財布がないと、入るお金さえ入ってこないのがわかっていたのだろう。自分で財布を作り直すのは大変だ。
それでも本作はソフバ全作の中でも異常なまでに作り込まれ、音密度が高く、また各人の成長が飛躍的に感じられる。この結果をもってして、次作『INCUBATE』が誕生し、傑作となったわけだ。決して本作は駄作でも失敗作でもない。ただ「取っつきが悪い」だけなのだ。キレイに言えば挑戦作になるのだろうけど、個人主義のソフバに挑戦という言葉は似合わない。
本作『MILLION MIRRORS』は、ソフバ中後期の「危うい緊張感」に満ちている。
だからこそ、最後に回してでも聴かないと藤井の「ふるい」をくぐれない。ソフバ内部や音楽性の「ドス黒い部分」が集約されているのだから。
もし仮に「初心者に聴いてほしい」というレヴューがあっても信じてはいけないよ。最初にコレを買った僕も、好きになったのは最後のアルバムなんだから。
ただ、その好きになる度合いは、確実に他のアルバムよりずっと高かった。それだけは胸を張って言える。
だから今にして、今の時代にして、今の自分にして、このアルバムを聴いてみよう。通勤中に聴くと仕事したくなくなることウケアイだぞ!(←そういう観点で勧めるなよ)