それでも僕はジャカを好きだ。

あるレジェンドは言った"Play for the name on the front of the shirt and they will remember the name on the back."(ユニフォームに誇りを持ち、一心に戦えばサポーターの頭に君の名前は刻み込まれる)と。

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ある選手は言った“It's time to lift each other up, not to push each other away. We only win when we are together.”(お互いに突き放すのではなく、協力しよう。手を取り合うことで力は発揮されるんだ)と。

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ある探偵は言った“言葉は刃物なんだ。使い方を間違えると、やっかいな凶器になる”と

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僕たちはジャカを過度に批判しているのではないかと感じてしまう。

確かにキャプテンマークを投げ、歩いてピッチを去る行為は格下相手に負けているチームのキャプテンがする行為ではないし『キャプテン失格』の烙印を押されても仕方ないという見方もできる。

しかし、サポーターが彼を拒むのと同様に彼もサポーターを拒む権利がある。本来であれば彼らの背中を押すべきサポーターがSNSでの批判で言葉というナイフを向け、「出て行け」と足を引っ張る。挙げ句がめでたい第一子出産を祝う投稿にも心ない言葉が散らばる。これでいいと思いますか?

人生をサッカーに賭け、貴重な選手としての盛りに『アーセナル』を選び、キャプテンになれて、アーセナルのためにプレイ出来て嬉しいと言って戦う男に向けるべき言葉なのだろうか。今一度考えて欲しい。

もちろんそれだけで擁護できることだけではないが、僕にそう思わせるのは彼の人となりも一役買っている。


ってこれ2年前に描いたノートなんですけどね笑

久しぶりにログインしたら見つけてしまった。。。


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