なぜ独学で勉強しても司法試験に受からないのか(1)
平成13年に試験勉強を始めてから、途中休止した期間はありながらも、ずっと司法試験に向けた受験勉強をしてきたのだが、今振り返るといろいろと無理や無駄があったということが分かる。
そして、もし平成13年の時点に戻り、それらの反省点を活かした受験準備ができれば、おそらく旧試験の合格者増員時代(平成15〜17年は1500人近く合格していた)のどこかでは合格できたという自信がある。僕自身、部分的であれ、良くないところを修正ができたからこそ、予備試験や司法試験に合格できたのだと思っている。
そこで、そういうものをまとめておくと、非常に有用ではないかと思い、こういうタイトルで時折書いていきたい。
「独学」としてはいるが、おそらく全ての司法試験・予備試験受験者にとって有益だと思われる。
<司法試験・予備試験は「論文式」で決まる>
旧司法試験時代、いわゆる「ベテラン受験生」という人たちが多数いた。
何度も何度も司法試験を受検し、気づけば10回とか15回とか受けている。そういう人が、昔はゴロゴロいたのである。
なぜ、彼らがずっと受験し続けるのかというと、試験のために多くの時間を費やしてきたので、後に引けなくなった(いわゆる「サンクコスト」の問題)からであるという説明がされるか、正確ではない。
多くの受験生は、「いつか受かる」と思っているのである。その根拠になるのが、短答式(5つの選択肢から1つ以上の正解を選ぶマークシート式)試験には合格しているという事実である。
僕もそうだったのだが、司法試験にずっと落ち続ける受験生は、短答式は受かるが、論文式(問題に対する解答を文章形式で行う)試験に落ち続けるという人がほとんどである。
短答式は、とにかく選択肢の中から正解が判別できればよい。そのため、知識さえあれば、あとは機械的な練習を積むだけで、合格レベルに達することができる。短答式に受からないというのは、単なる知識不足・練習不足である。
ところが、論文式となると、できない人はいくら練習してもできないし、学説や判例の知識をいくら身につけても合格点に達する答案が書けない。
文章力の問題もあるのだが、それ以上に大きいのが、司法試験や予備試験の論文式には答え方というものがあって、それを誤解している受験生が非常に多いということである。
そして、さらに厄介なことに、受験予備校や学者の作った教材も、その「答え方」の部分について的確に説明したものが存在しないのである。
しかし、僕がある場所に行くと、その「答え方」に近いものを教えていた。
その場所とは、司法研修所と裁判所である。
これに関して思い出すことがある。僕が旧試験を受けていた頃、こうすれば機械的に合格するというようなキャッチコピーで売っていた予備校講師がいた。
今になってその内容を思い返してみると、方法論してはかなり不安定というか、その講師(東大現役合格)のように、ある種の解答センスがある者以外には実行できないものだと感じる。それも当然だ。その講師は、合格後司法修習に行っていなかったのだから。今は修習を終えて弁護士をしているようなので、内容もだいぶ変わっているのかもしれないが…。
とはいえ、弁護士をやっている予備校講師でも、自分たちが仕事でやっていることなので、受験生に試験対策を教えるとなると、本当の意味の「答え方」に無自覚に、ただ論点や知識の解説をしている人ばかりだった。少なくとも、僕は、僕が今到達した知見について、受験生時代に教わった記憶はない。
<裁判プロセスへの理解が問われている>
では、研修所や裁判所では何をやっているのだろうか。
その前に、そもそも裁判とはなんなのだろうか。実は、こういうところを理解しないまま受かる受験生が多い。ひどい話になると、そこをおろそかにしている実務家も見受けられる
あくまで僕個人の考えだが、裁判というのは、
「ルールに事実を当てはめて、そのルールが定めた効果が発生するかどうかを判定すること」
と思っている。
たとえば、刑法199条というルールがある。
「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。」
というものだが、これを裁判プロセスに言い換えると、
「被告人が人を殺した(正確にいうと、殺害行為によって人が死に、行為者に殺意があった)という事実が判明したら、その者に死刑や懲役刑を科す。」
ということになる。
だが、ここで重要なのは、上のような事実があったかどうかを判断する裁判官というのは、実際に殺人の現場に立ち会ったわけではないということである。
では、被告人が人を殺したかどうかは、どうやって判断するのか。
これは一般人でもすぐに分かるだろう。「証拠」によってである。
たとえば、血の付いたナイフや、そのナイフについていた指紋を調べた捜査報告書、それに、被告人が人を刺すのを目撃した者の証言とか、被告人自身が検察官に対し自白したときの供述調書といったものである。
裁判官は、そういう証拠を見て、被告人が人を殺したという事実があったかどうかを判断する。そして、事実があったら、刑法199条という処理装置にその事実を当てはめ、刑罰という効果を発生させる。
言ってみればなんてことはないが、こういう裁判のプロセスを「完璧に」理解している受験生はほとんどいないのではないか。
「完璧に」理解しているというのは、裁判プロセスを頭から終わりまで筋道立てて説明できるということである。人に言われて、「そうですよね、分かります」という程度に留まっているのは、理解しているとは言わない。
ちなみに、僕は「完璧に」理解している自信がある。
なぜかというと、司法修習できちんと勉強し、法曹に最低限必要な素養は身につけたからである(あくまで最低限だが…)。
こういうことを、司法試験に何度も不合格になった人に言ったら、「そんなこと、司法試験に受かってからやればいいじゃないですか」と言い返されるかもしれない。僕が受験生だったら、おそらくそういう文句を言っていただろう。
しかし、僕から言わせれば、順序が逆だ。
上に書いたような裁判プロセスに対する理解がないから、何回受けても論文式できちんとした答案が書けないのである。言い換えれば、裁判プロセスを知らないから、法律実務家に必要な事案処理ができないのである。
たとえば、司法試験で出題する度、受験生が盛大にコケてくれる分野がある。刑事訴訟法の「伝聞法則」に関する問題である。
伝聞法則というのは「又聞きの証拠(伝聞証拠)は、反対尋問で確かめることができないから証拠として使ってはいけない」という決まりである。
しかし、受験生は、予備校の教材に書いてるようなお決まりの論証パターン以外に、このルールについてはほとんど理解していない。なぜかというと、裁判プロセスのどの段階の問題かが分かっていないからである。
僕は、この伝聞法則について、受験生の頃わかったつもりになっていた。新司法試験を最初に受験した年(合格年)にたまたま伝聞法則が出なかったので、うろ覚えにした代償を支払わずには済んだが、出題されたら、何を書いているのか自分でもわからないようなひどい答案を書き、不合格になっていただろう。
だが、その伝聞法則が、ある時急に分かった。
司法修習で、刑事裁判修習というのがあった。とにかく刑事事件を傍聴する機会がたくさんある。
刑事裁判には、いわゆる冒頭陳述というのがある。検察官がこういう事実があったことを、こういう証拠で証明しますと宣言することである。ポイントは、その証拠の多くが、捜査報告書(警察官などがまとめたレポート)や供述調書(誰かが喋ったことを書き取ってまとめた書類)であるということだ。
それを聞いた後、裁判官がやることは何かというと、弁護人に対し、証拠に同意するかどうか意見を求めるのである。
そこで同意すると、刑訴法326条1項によって、いわゆる伝聞法則の適用がなくなる。被告人側が、捜査報告書や供述調書に書いてある内容を争いませんと言えば、それらの書類はそのまま証拠になる。
もし、同意しないと言えば、同意しない報告書や調書は、先程述べた伝聞法則によって、裁判所に提出できなくなる。
この時点ではまだ裁判官はそれらの書類を見ていないから、そこに書いてある内容から、ある事実があったことを読み取ることはできない。
そうなると、検察官としては、報告をした警察官や、供述した参考人や証人を法廷に呼び、証言をしてもらうしかなくなる。
こういう具体的なプロセスが分からないまま、伝聞法則とはなんぞやとか、伝聞証拠と非伝聞証拠を分けるのはこういうポイントだとか、そんなものをいくら覚えても意味がない。
残念なことに、学者の本にはこういう現実の刑事裁判の現場のやり取りなど書いていない。学者は刑事裁判そのものには興味が無いからだ。
司法修習をやったことがない予備校講師(昔は多かった)は、記録を読んで裁判を傍聴したことがないから分かるわけがない。合格すらしていない教材作成スタッフは言わずもがなである。
弁護士をやっている講師にとっては当たり前過ぎることなので受験生に教えようとは思わない。自分自身も、受験生時代にそういうことを習っていないというのもあるだろう。
こうやって、結局、具体的な裁判プロセスが受験生に教えられることがないのである。
僕は、そのことをたまたま知ってしまったわけだが、僕が受験生の時、これを知っていたらと後悔している。だから、受験生には共有してほしいと思う。
僕としては、僕が気づいた「答え方」について、なるべく具体的に、どういうものをどうやって勉強したらいいのかということを説明していくつもりだ。ちなみに、細かい知識や学説・判例の話は、他にも沢山解説している教材があるので、そちらを参照してほしい。
今後の記事にご期待ください。
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