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女の立場 ―老女のひとりごと(3)

 ある日、テレビで犬の飼い方の話をしていた。

「子犬のときはオス・メス変わらないが、成犬になるに従って、違いがはっきり現れてくる。メスは従順になり、オスは男性ホルモンの影響で攻撃性が強くあらわれ、縄張り意識も芽生えてくる。だからオス犬に対しては、小さいときから毅然とした態度で接しなければならない」という。

 しつけという点では人間の子育ても同じだ。昔から男の子は男らしく、女の子は女らしくという言葉をいやというほど聞かされてきた。だが、その「らしく」という意味を、近頃ではどうとらえたらよいのかと思う。

 また、「一姫二太郎」という言葉は、育てやすい女の子を先に生み、男の子は次に育てるのがよいということらしい。でもその言葉のウラには、「男の子は繊細で優秀だから……」という本音が隠されているようで、私はいやだ。

 あれこれ思ってはみるものの、男の子と女の子を一人ずつ産んだ私としては身につまされる。たしかに、男の子は育て難い。息子が中学生になったとき、どう叱ろうかと迷ったことがしばしばあった。次第に育ってゆく息子が何を考えているのか、母親の私にはとんと呑み込めなかったのだ。息子はいつの間にやら自立していて、我が家では立派な下宿人となっていた。

 野生のままに生きている自然界の動物となると、様子はだいぶ違ってくる。昆虫や鳥類でさえも、繁殖の季節になるとオスは必死にメスのご機嫌取りをする。本能にあまりにも忠実な行動は、すがすがしくさえ見えるから不思議だ。

 NHKの「生きもの地球紀行」などで、滅多に見られぬ生きものの行動を見たときなどは、これだけのために視聴料を払ってもよいとさえ思ってしまう。持って生まれた動物の本能はとにかく凄い。メスは、どんなときにもどっしりと落ち着いている。そして良い子孫を増やすために、強いオスを着実に見分けている。ときにはわざとオスをじらしているのも微笑ましい。また、繁殖期の次第に変わるオスのとさかや羽の色、それにメスを誘う奇妙な行動などは、テレビに見入っている者を引きずり込み、何かを考えさせてしまうのだ。

 食うか食われるかという瀬戸際の世界に生かされているはずなのに、どの動物もまるで自由奔放に生きているようで、本当に羨ましい。人間界では、それぞれ立場をわきまえなければ生きてゆけない。女の立場は難しかった。だが、私は、そのことにこだわり過ぎてはいなかっただろうか――。

 大事なものを何処かに置き忘れたような気もする。

 本当のやさしさとは……。

 過ぎ去った昔を、私は思い浮かべてみる。

                                                                        1992.10



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