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ユーモアって何?

ここ数週間、一人で過ごす時間が増えた。

久々に友達とお茶をして話していると、うまく話せない。ツッコミができなかったり、相手の皮肉を真に受けてしまったり。会話のリズムとテンポが空回りするというか。

ジョークが理解できなかったり、面白いこと言おうとしておもいっきり滑ったり。よく、わたしには「ユーモア」が足らんのか、なんて落ち込んだりする。

sense of humor
: a personality that gives someone the ability to say funny things and see the funny side of things

Merriam Webster Dictionary

そもそも、ユーモアっていったいなんなのか。最初は、語学力と文化の違いのせいだと思ってたけど、そうではない気がする。もちろん、国によって何が面白いとされるとかは違うけれど、このテンポやリズムよく笑い合って楽しく対話する能力って、また違うスキルな気がする。

トルコ人の友達に、英語を全く喋らない人がいる。まったく会話が通じている気がしないけど、彼が部屋にいるとなぜか笑いがおき、彼のまわりで会話がなりたつ。

秘訣は彼の笑顔?これも対話力?確かに、会話がスムーズな時って、表情がひきつらないし、自然と笑顔になれる。

でも、とある友達はとてもドライでdeadpan(表情薄)だけど、それがまた笑いをとるというか、気持ちいほどキレッキレで、ちょっぴり尖ってるけど的をつくようなことをいう。話していて気持ちいし、彼女だからこそできる。同じことを私が言っても、皮肉として捉えてもらえないだろう。

彼女が言うのと、私が言うので、なんでこんなに受け止められ方が違うのだろう。"It's all about delivery, about how you say stuff."(全ては言い方だよ。どう物事を言うかだよ。)ってよく言われるけど、わたしが彼女の言い方を真似したところで、うまく行く気がしない。

何がいいたいのかよくわかならないけど、この語学力と文化の把握力とは違う次元に存在する「対話力」みたいなのって、どう磨くのがいいのだろうか。この対話力こそ、世界共通でどこへいっても通じるコミュ力な気がする。結局、これが「この人と一緒にいると楽しい」ってのに繋がるわけで、恋愛も仕事も全て、これにつきるほど大切なのではないか、なんて。

そして、この「対話力」みたいなのは筋力みたいなもので、使わないとすぐ衰える。それだけはわかる。自分の中でも、「今日は調子いいぞ」みたいな日があるから。日によって、ジョークを拾ってうまく返せたり、皮肉を皮肉で返せたり。うまく笑顔がつくれたり、表情がひきつらなかったり。

ユーモアと同じ文脈でよく言われるのが「stop taking yourself so seriously!」そんなに深刻にならないで、真面目すぎて面白くない!というセンテンス。確かに。なんでも軽く笑い飛ばせるくらいのこころの余裕は大切だよね。といっても、そう簡単でもないのはなぜ。

などと、いろいろと考える朝でした。

最近言語化が足りんので、毎日ノートに挑戦してみたい。





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