Yosh Profile
Performance Art
アメリカでのNick Name または洗礼名
BabyJesus として 自らをモデルとした写真で、
シルヴィ・ギエム フォトコンテスト2006受賞。
http://www.sylvieguillem.com/
Musician
幼少のころに私立の幼稚園に通う傍ら、オルガンを習う。
子供百貨辞典全12巻を与えられ、もっぱら開くのは、
エッシャー風のトリック・アートの出てくる、
図画・工作であったが、そんな中、世界地図を壁に張り、
小さな足踏みオルガンを買ってもらい、ちょっとばかり足を
パタパタさせながら、それに触っていた。
油性マジックで、どれみふぁ…などと鍵盤に記入していったため
そのオルガンは、ずいぶんな見てくれであったが音は悪くなかった。
10歳にも満たないころは、とりわけ70年代のダンスミュージックは
もちろん、ポパイのディスコ・ミュージックなどが大好きであったり、
アメリカの映画音楽をきっかけにレコード店にある映画のサウンド・
トラックを全部漁り、乾いたCCRのようなアメリカの音楽をみんなが
聴くように普通によく楽しく聴いていた。日本の周囲では、簡易レコード・
プレイヤーの普及とともに、「泳げたいやきくん」がフィーヴァーして
おったが、わしはまんまと乗り遅れた。その時代、日本にいたこともあっ
て、楽器は和太鼓を買ってもらい、演奏して楽しんだ。
そんな幼少期を過ごす。(断っておくが、わしはその頃、
基本アウトドア派である。あまり、うちの中にいることは少ない。)
片方のオルガンは、母の妹でわが一族の一人がイギリスの流れを汲む、
アメリカに母教会(*1)があるところの由緒あるキリスト教のミッション系
の学校に通っていたこともあって、そうした親族的クリスティアニティに
よるインフルエンスであった。
(わしの根本的なベースであり、最も安らぐ居場所である。)
他方、和太鼓や横笛は、純日本の古来、名のある家系的な影響の
もとでの異なる文化的文脈ではあったが、打っていて楽しかった。
最初の横笛に対する印象は、「超かっこいい」、であった。
14歳になるとDX-7というシンセサイザーがかっこよく映り、
わし、それをいいなと気にしながら、ロック・キーボードの
教科書などをお小遣いで購入して、開いて練習してみたりもした。
だが、エレクトリック・ギターというのには、ひたすら気を引かれ
音楽誌の楽器の広告を全部見ていて、友人のFender Strat に触らせて
もらった時には、それ弾く楽しさには既に抗えなかった。それで、
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