なぜ人々は山万に熱狂したのか

令和2年9月7日の月曜日。一人のオタクの行動が、SNSに熱狂の渦を巻き起こした。

ひがし(らすかる)@nexco_east_nさんの「 #山万20時間耐久 」である。

その内容は、千葉県のローカル線「山万ユーカリが丘線」で始発から終電まで全ての列車に乗り続けるというもの。


この単純な挑戦に人々が熱狂した理由を考察した。

※オチを追加しました


[1]人はワクワクに惹きつけられる

「水曜どうでしょう」の藤村忠寿Dは、著書で「人は "このあとどうなるんだろう?" というワクワクに惹きつけられる。」という旨を語っている。山万20時間耐久には、その「ワクワク」が詰まっていた。

まず、山万ユーカリが丘線の車両には冷房がない。令和2年にも関わらずである。もちろん山万もその不便さを把握しており、車内でうちわと冷えたおしぼりを提供する「おしぼり列車」を運行している。9月とはいえ残暑厳しい季節。非冷房車に20時間乗り続けるのは苦行と言っても過言ではない。はっきり言って何の得にもならない挑戦だ。


だが、それが徐々に人の心をつかみ始める。最初は仲間内で「ひがし(らすかる)さんがおかしなことをやっている」と盛り上がっていただけ。本人と相互フォローの関係にある私も同様だった。

ところが、その反響はじわじわと拡大。そして挑戦開始から8時間が経とうとしたその時、決定的なターニングポイントが訪れる。bayfmのラジオ番組「YAMAMAN presents MUSIC SALAD FROM U-kari STUDIO」で、山万20時間耐久が紹介されたのである。ここで多くのリスナーに認知され「すごいことになってきたぞ」というワクワクが生まれた。


いわゆる「鉄オタ」以外も知ることとなった山万20時間耐久。前述した山万の路線事情が周知されると、その過酷さに興味を抱く人々が続出。程なくして山万の副社長が現地で差し入れを行い、公式アカウントが反応すると「このあとどうなるんだろう?」というワクワクは一気に加速したのである。

こうなるともう止まらない。雪だるま式に人々を巻き込み、熱狂は拡大の一途をたどる。現地へ差し入れに赴く者、共に山万に乗って伴走する者、応援ソングを作る者などが現れる。贈られた飲料は5リットルを超える。山万のマスコットキャラクターが慰問に訪れ、山万から自社製品の高級トマトジュースが差し入れられる。もはや何がどうなっていくのか誰にも見当がつかない。膨張したワクワクは更に多くの人々を惹きつけ「一体どうなってしまうのか最後まで見守りたい」という感情を引き起こしたのである。




[2]当事者の姿勢

挑戦者であるひがし(らすかる)さんは、山万20時間耐久について次のように語っている。

・周辺住民の迷惑にならぬよう孤独に戦いたい
・これは個人が勝手にやっていること

この二つが大前提として大きく機能した。企画自体が面白いとはいえ、身勝手な試みで一般の利用者に迷惑を掛けてしまえば炎上は避けられない。「何の得にもならないチャレンジに、誰の迷惑にもならず挑む」というストイック極まる姿勢だから共感を呼んだのである。

また「一人のオタクが勝手に始めた」というストーリーも心をつかんだ。そもそもこの企画自体は「朝同じ電車に乗っていた奴が何故か降りず、夕方にも同じ電車に乗り続けていたら超怖いのではないか」という思いつきからスタートしたらしい。そこには金の匂いが全くない。ないどころか、現地までの交通費や宿泊費などは全て自腹だ。金を払って苦行に挑むのである。誰も文句のつけようがない。


[3]公式の適度な距離感

山万20時間耐久に公式アカウント(@life_in_yukari)が反応したのは15時43分。開始から11時間、既に折り返し地点を過ぎたタイミングで初めてのアクション。昼頃に副社長が激励に訪れていたとはいえ、この挑戦は山万にとって寝耳に水だったのだろう。


ここからの山万のノリが絶妙だった。のぼせ上がることなく、適度なペースで自社PRを開始。ユーカリが丘の魅力を発信しつつ「家を買ってね」と本業もしっかりアピール。突如登場したハードルの高すぎるお願いが人々を沸かせた。


挑戦者本人へのサポートも忘れない。過度に干渉することもなく、マスコットキャラクターによる応援や高級トマトジュースの差し入れなど「ちょうどいい距離感」の支援に徹した。前述した副社長による慰問も、社長ではなく副社長というところがちょうど良かった。ゴールの際に数名の社員が出迎え、クラッカーと手作りの感謝状でもてなしたことも、ささやかで血の通った演出として華を添えた。個人的には、挑戦者へのプレゼントが「アクア・ユーカリの割引券」だったところも含めて完璧である。招待券ではなく割引券というのがいい。



もし公式が肩入れしすぎていたら、こうはならなかっただろう。社長が激励に訪れ、潤沢な支援物資を供給し、今がチャンスとばかりに便乗PRを繰り返していたら。これではシラケてしまうし、挑戦の意図とは離れてしまう。そうはせず、挑戦者本人の意志を汲み取り、それを尊重したからこそ受け入れられたのだ。100人程度だったフォロワーがたった1日で5000人近くまで膨れ上がったことが、その反応を物語っている。


[4]分別あるギャラリー

山万と同様に、ギャラリーも挑戦者の意志を尊重した。盛大に応援することもなく、無理やり伴走することもなく、マナーを守って常識ある振る舞いで孤高の挑戦を見守った。そこには分別があり、適切な距離感があった。誰もが挑戦者のことを想い、この挑戦を壊さぬよう、各々の形でサポートしたのである。



鉄道オタクは何かと白眼視されがちだ。だが、今回は善良な人々が「鉄道は公共交通機関である」という認識を持ち、常識的な行動で挑戦者を支えた。これまで肩身の狭い思いをしてきた人たちにとって、非常に嬉しい出来事だったのではないだろうか。そんなところも多くの人々を惹きつけたのかもしれない。


[5]久々に現れた「明るく楽しいインターネット」

ここまで述べてきた要因により、山万20時間耐久は「誰もが幸せになれる企画」として大輪の花を咲かせたのである。ひがし(らすかる)さんの真摯な姿勢、山万の適度な距離感、ギャラリーの分別ある行動、このどれかが欠ければ成立しなかっただろう。関わる人々全員が前を向き、誰も損をしない出来事として仕上げた。

昨今、SNSでは鬱屈とした空気が強くなっている。「○○の辞任を求めます」「○○を許さない」といった政治的・社会正義的なハッシュタグを人為的にトレンド入りさせる活動。過激なフェミニズムやヴィーガニズム。勝手に定義した「正しさ」を他者に押し付ける言動。100日後を楽しみにしていた人々を裏切るような商業主義。耳目を集めさえすれば良いという身勝手なインフルエンサー。そんな物、見たくない人が大半なのである。

山万20時間耐久は、これらに対するクリティカルなカウンターとなった。そこには、一昔前のインターネットにあった「祭り」のような空気が漂っていた。あの頃の「明るく楽しいインターネット」が久しぶりに帰ってきたような、そんな懐かしい気持ちを呼び起こしたのだ。


[6]二匹目のドジョウを狙え

今回の挑戦について「誰かが同じようなことをやろうとして顰蹙を買う姿が想像できる」と、つまらない二番煎じを危惧する声がある。私も同じ意見だ。山万20時間耐久は、山万という路線が持つ強烈な個性があってこそ成り立つ試みであり、他の路線で似たようなことをやっても超えるのは不可能だろう。ファーストペンギンが偉大なる巨人になってしまったのだ。


しかし、二匹目のドジョウは積極的に狙っていいと思う。なぜなら「こうすれば人々が熱狂する」という条件を、ひがし(らすかる)さんが提示してくれたからである。真摯な姿勢でマナーを守り、適切な距離感を保ちながら、過度な演出と商業主義を廃絶する。何もそんなに難しいことではない。

山万20時間耐久を「コンテンツの教科書」として活用し、より明るく楽しいインターネットを実現する。そんな淡い祈りを、この記事の結びとしたい。

ひがし(らすかる)さん、山万さん、見守ったギャラリーの皆さん、素晴らしいひとときを本当にありがとうございました。

[追記]オチ


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