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春🌸の敬宮祭り「トッシー女神ってるネ♪」①
晴れてこの春学習院大を卒業して4月から社会人の仲間入りをする我らの姫君。
XやYouTubeでも全国民をノックオンする姫君の話題で持ちきり。まさに今月は日本中が敬宮祭り状態。
今上陛下ですら幼少期こそミッチーブームの余韻でフィーバーしてましたが、成人を迎えた頃はここまでの熱狂ではありませんでした。(もっとも陛下の場合は昭和天皇の皇孫として「浩宮が将来天皇になるのは既定路線」であったという理由もありましたが。)
敬宮さまの素顔を語りたくてウズウズしてた皆さんのエピソードが有るから紹介しますね。
成年を迎えた際には中等科、高等科時代の先生からのエピソードが紹介されましたが、こういう身近な人達からのコメントが出るってことはいかに先生やご友人から慕われていたか分かりますね。
東宮バッシングが酷かった時代には「愛子さまの不規則登校に抗議」とかでっち上げのネガティブ記事も出ましたが、本当に嫌われていたらこんな身近な人のエピソード自体出ませんよ。
事実🐴🦌姉妹の成年や卒業の際には(当時🍂家アゲアゲ絶頂期にも関わらず)そんなエピソード聞かれませんでしたよ(笑)
一番ほっこりするのがこの下り。
授業の感想などの提出を締め切り直前まで粘る姿勢を自ら話題にし、「私、返事が遅いんですよね。私の返事が遅いって、先生方みんな思っているのかなと思いながら書いてます」と愛子さまが話すので、中野教授も思わず笑ってしまい、続いて愛子さまも笑われたといいます。それによって中野教授も緊張がほぐれ、その後の指導は和やかかつ相互に語り合えるものになっていったと振り返りました。
ちょっとした自虐的エピソードで場を和ます才能は陛下譲りですね。🥰
皇女・トッシーのスポ根伝説
あと文学的なエピソードの多さから、おっとりしたお嬢様イメージが強い敬宮さまですが実はスポ根少女の側面も。
元プロテニス選手の佐藤直子さんの記事から引用してみました。
テニスというとミテコさまの専売特許の如く語られがちですが、今上ご一家もテニスと縁があり、佐藤さんは浩宮時代の40年程前からのお付き合いで、雅子皇后や敬宮さまもご一緒にプレーをなされます。長年今上ご一家をご覧になった佐藤さんから見た敬宮さまのスポ根気質な一面がこちら。
コートはさらに暗くなったが、愛子さまの声は明るい。 「もっとサーブを練習したいです」 佐藤さんがボールを2球ずつ渡しては、愛子さまはパワフルにサーブを打ち続ける。愛子さまの“特訓”は、なかなか終わらなかった。
品が良く、穏やかな印象がある愛子さまだが、佐藤さんはこう付け加える。 「愛子さまは体力がおありです。若さがまぶしい」
「若さがまぶしい」って最大級の褒め言葉ですよね。✨
初等科から運動会ではリレー選手に選ばれ、組体操では巨大ピラミッドの最下段を担い、ちょっと苦手な遠泳も同級生と励ましながら完泳するなど頑張り屋エピソードてんこ盛りですが、そんな頑張り屋な部分がビンビン伝わりますね。
まぁ外務省時代は午前様勤務は当たり前(←午前2時に帰宅したら「今日は早いね」とお母様に言われたとか)、それでも翌朝にはメイクもばっちりで颯爽と出勤される底知れないスタミナから「タフネス・マーちゃん」とあだ名された小和田雅子さんの娘ですからね。(笑)
では次は初の伊勢神宮単独参拝の熱狂をまとめてみましょう。
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