病める世界と、旅するテディベア
2年前の事だ。
新人記者の鈴木は、難病に冒された少女(10)を取材していた。
「〇〇ちゃんを助けるために募金をお願いします」という類の話だ。
平時ならばお金も集まったかもしれない。
しかし、タイミングが悪かった。
世間は新型ウィルスで混乱状態であり、他人を助ける余裕がなかった。
取材にも影響が出ており、面会も禁止状態が続いていた。
何とか助けてあげたい。
そう思った時、鈴木が頼れる相手は1人しかいなかった。
「上流社会の生活」という取材で知り合った人物。
丘の上に居を構え、労働とは無縁の高等遊民。
年齢は不詳。相手を見透かした物言いで、相手を煙に巻くのが趣味。
そんな彼女を鈴木は苦手にしていたが、背に腹はかえられなかった。
「というわけなので、協力をお願いしたいのですが」
場所は洋館の応接室である。
鈴木はソファーで横になっている女性に、今の状況を説明していた。
協力という言葉を使っているが、要するにお金を無心しに来たのだ。
それを察してか、相手は気だるそうに、本を片手に首だけを上下させている。そして、もう一方の手でクマのグミを摘んでいる。
「うん、うん」
鈴木は、飛沫防止のアクリル板を殴りたい衝動を抑えていた。
「話はわかったけど、ノーマネーでフィニッシュかな」
目も合わせずに答える。
「ありきたりすぎて、興味をひかれるポイントがない」
反応はある程度予想通りだった。
このパトロン候補は善意で動く人間ではない。
自分のアンテナに引っかかる事には糸目はつけないが、それ以外にはビタ一文も払わない。
「これで失礼しますが、最後に写真だけでも」
話を長引かせても良い結果が出ない事は分かっていた。
ファイルから取り出した写真をアクリル板の下から滑り込ませた。
写真には桜の木を背景に、物憂げな様子の少女が写っている。
「んん?写真映えする子ね」
ようやく目が単行本から離れた。
そうなのだ、少女は少し儚げで、人の目を引く容姿をしている。
鈴木が肩入れしているのも、初恋の子に似ているのが理由だった。
渡した写真も、厳選したショットをわざわざA3サイズに引き伸ばしている。
「もしかして、好みのタイプかな」
先程とは打って変わって、目が輝いている。
鈴木は、黙って頷く。頬が紅潮する。
「そうかー、推しの子を何とか救いたいんだね」
「話としては凡庸だけど、取材相手に私情を挟み込む記者というのも古典的で面白いかな」
1人で妄想を膨らませているようだ。
「ちょっと興味が湧いてきた」
そういうと、彼女は弾みをつけてソファから身を起こした。
「次の取材の時には私にも参加させてもらうわ」
◆
翌週、鈴木は定例として自宅でWeb会議を開いていた。
今回はいつもと異なり、特別ゲストが1人追加である。
カメラはOFFになっており、顔代わりにアイコン(クマのグミ)が映っている。
少女に事情は軽く説明済みだったが、会議はいきなり結論から始まった。
「単刀直入にいわせてもらいたいのだけど」
「援助する代わりに、あなたの人生を使わせて」
「ええと、それはどういうことですか?」
鈴木がすぐにアシストに走る。少女は困惑した様子だ。
「面白い企画を考えたから、広告塔になって欲しいということよ」
顔が映っていたらドヤ顔になっているに違いない。
「まぁ、これを見てくれれば分かるから」
そう言うと、ウェブ会議上に資料が展開された。
「今は人の移動が極端に制限されているけど、物流は止まっていない」
「そこで考えたのが、モノに旅をさせる企画」
「なるほど」
鈴木は頷きながらも、似たようなサービスを思い浮かべていた。
ぬいぐるみの旅行会社は数年前から存在している。
二番煎じはネットですぐに叩かれてしまう。
「似たような企画会社があるのは知ってる。そこで、もう少しアレンジを加えてみた」
資料のスライドが次へと移った。
「これには3つ利点があって」
「1つ目、バトン形式でカバンが海を渡れば、視聴者は動画を通して旅を擬似体験できる」
「2つ目、配信者は自分のチャンネルを世界中に知ってもらえるチャンスが生まれる」
「3つ目、再生数が上がれば募金活動を知る人が増えてお金が集まる」
「これは面白いですね…」
鈴木はプレゼンを聞きながら、思わず呟いてしまった。
絵としても企画が伝わりやすいし、世界を巻き込める可能性もある。
「あと必要なのは、あなたの合意だけ」
この企画は開始時に、どれだけ知名度を集められるかが大切になってくる。
難病の少女を救うためというのは、大義名分としては十分だ。
容姿の面でも支援したいファンは出てくるだろう。
しかし、同時に彼女の存在は世界中に知れ渡ることになる。
「わかりました」
少しの沈黙があり、少女は口を開いた。
「同意します。ただ、こちらからも1つだけお願いしたいことがあります」
そう言うと、ベッドから何かを取り出した。
「この子を一緒に旅させてもらえませんか?」
それは1体のテディベアだった。
「私が生まれた時にプレゼントしてもらった子です。私の代わりに世界を見て欲しいんです」
決意を感じさせる、力強い言葉だった。
「いいね、物語に奥行きが出てきた」
PCからは、ノリノリの声が聞こえる。
顔が見えたら口元が緩んでいるにに違いない。
「じゃあ、カメラにテディベアを映して見せて」
少女が指示に従い、テディベアをカメラの中心に移動させる。
耳に付いたタグと背中のチャックが特徴的だ。
見た目に傷みが少ないのは、丁寧に扱ってきたからだろう。
「メモリアルベアか。ご両親は中々良いセンスしてるね」
「あとは、この子の名前と思い出話を聞かせて」
鈴木は、少女の両親を思い浮かべていた。
取材の際に一度だけ顔合わせをしたことがあったが、ボロボロの車(アルト)と疲弊した顔しか印象にない。
恐らくこの子が生まれた10年前は、今より希望に満ちていたのだろう。
「じゃあ、テディベアはお借りするとして、早速話を進めていこうか」
Web会議はホワイトボードのモードに切り替わり、手書きで今後の流れがサッとまとめられた。
内容と期日だけが簡潔に書かれている。
トムにアポ→明日まで
撮影日→来週(月)AM
開始日→来週(月)PM
恐ろしく行動が早い。
20分で打ち合わせは終了し、会議終了後に資料がメールで送られてきた。
実行の段取りは組み立て終わったということだろう。
「有能すぎて怖い」
鈴木の感想は、一言でまとめられた。
◆
そして、翌週から企画は嵐のように進んでいった。
病室は個室のVIPルームに移され、配信用の機材が常備された。
少女と家族は困惑していたが、病院側の説明もあり、なんとか落ち着いた。
初回の撮影は、移設先の病室で行われ、1回目の配信はYouTubeで公開された。
内容は、企画の説明とコンセプトについて。
世界を意識してか、英語吹き替えVer.も用意されていた。
ちなみに、チャンネル登録者第1号は鈴木であり、5,000円札を投げ銭した。
5円の1000倍ご縁があるという願掛けだ。50,000円じゃなかったのは、給料日前という関係もある。
公開当日の数字は、思っていたよりも伸びなかった。
世界中から鬼のようにコンテンツが投下される時代だ。
いくら面白くても、埋もれてしまうチャンネルは腐るほどにある。
バズりるきっかけは、意外なところからだった。
有名ハリウッド俳優が、動画をSNSで共有したのだ。
「ジャパニーズキュートガールを救おう」こんな感じの呟きだったと思う。
恐らく、偶然ではないだろう。
鈴木の知らないところで、あの人が手を回したに違いない。
ドヤ顔が目に浮かぶが、今は感謝しかない。
SNSをきっかけに、再生数はゲームのバグのように増えた。
参加希望者も殺到である。
同時に、類似する企画も生まれたが「少女の命を救う」という大義名分に敵うものは現れなかった。
最初に物語を固めた理由は、こういった所にあったのだ。
予想外のことは、もう一つあった。
カバンにステッカーを貼る文化が生まれたのだ。
海外YouTuberがイタズラで始めた物だが、旅というテーマにマッチして、反応は想像以上だった。
旅慣れたの旅行者のカバンのように、今では様々なステッカーで彩られている。
そして、コンテンツが盛り上がる中で、旅のまとめサイトや少女のファンサイトも現れ、TVで取り上げられる回数も増えた。
世界は想像以上に、娯楽と希望に飢えていたのだ。
チャンネル開設から約3ヶ月。
動画の再生数と支援金は、治療費の億単位を超え、お金を生む装置と化していた。
目標を達成しても参加者が絶えず、企業案件も舞い込むようになっていた。
「すいません、助けてください」
そんなメールが送られてきたのは、企画開始から半年後のタイミングだった。
Web会議を立ち上げると、あきらかに狼狽した様子の少女がいた。
「治療費は集まったんですが、支援金が止まりません」
贅沢な悩みである。お金を持て余した投資家が、アホ見たいなスパチャを投げ始め、少女がオロオロするのを楽しむ遊びも生まれていた。
そのせいか、最近では病気を装った募金行為を疑う声も上がっていた。
このままでは、治療前にメンタルが持たないだろう。
しかし、神輿のように持ち上げられた以上、祭りの終息を待つしかないのも事実だ。
パトロンに相談しようにも、最近はメールを打っても返事がない。
多分、コンテンツが盛り上がりきって飽きたのだろう。
「何かヒントはないか」
鈴木は過去のやりとりを思い出していた。
この旅のゴール地点はどこだろうか。
「テディベアは借りる」と言っていたということは、返すつもりがあるということだ。
ヒントは、どこかにあるかもしれない。
過去の資料を漁っていると、最初の会議で渡された資料に行き着いた。
答えは、初めから記入されていたのだ。
「ゴールは月だ。月の石を運ばせるつもりだ」
旅するテディベアという企画は、開始前から終着点を想定していたのだ。
あとは、企画の目的をすり替える必要がある。
ファンから叩かれずに、お金を活用する手段を考えなければならない。
「テディベアを月面へ送ろう」
それが鈴木の考えたゴール目標だった。
動画の収益は、月面旅行へのチケット代にするのだ。
そうすることで、旅は続くし、少女に対する批判も避けられる。
さらに、アメリカが有人月探査を計画しているという情報があったため、非現実的なプランではない。
こうして、ルールを変えずに、ゴールを変える作戦はスムーズに移行された。
特設サイトにはロケットの貯金箱が描かれ、溜まった金額が目視できるように工夫されている。
ようやく、自分の力で答えを出せたことに鈴木は満足していた。
◆
「ようやく答えに行き着きましたよ」
後日、鈴木は洋館を訪れていた。
パトロンに会うのは半年ぶりである。
「いやはや驚いた。スパチャでオロオロさせるのも楽しかったんだけどね」
どうやら定期的に少女に大金を振り込んでいた内の1人だったらしい。
悪趣味っぷりに磨きがかかっている。
「楽しませてくれたお礼に、プレゼントがある」
小さなアタッシュケースが机の上に置かれた。
「じゃあ、ラストクエスチョン。この中身を当ててみて」
サイズはサラリーマンが持ち運ぶようなA4サイズだ。
シンプルに謝礼金だったら嬉しいが、そんなありきたりな物ではないだろう。
「月の石ですかね?」
鈴木が指摘すると、彼女の目が大きく開いた。
イイ線に行ってるらしい。感性はここ半年で鍛えられた。
「惜しい。でも違うんだな」
そう言うと、勿体ぶりながらケースを開いた。
「いつの間に用意したのだろうか」というのが率直な感想だった。
鈴木は頭をかきながら首を振った。これは、ちょっと嬉しいサプライズだ。
彼女の目は爛々と輝いている。
「やっぱり、良いリアクションをしてくれるから好きだわ」
「宇宙にいくなら、こういのが必要でしょ?」
ケースの中には、テディベア用の宇宙服が入っていた。
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