死者からのお裾分け

「妻が作り過ぎちゃって、よかったら」
近所に引っ越してきたその男性は
そう言ってよくお裾分けをくれた
爽やかで少し痩せ気味な彼のことを

私は気味が悪いと思っていた

初めてお裾分けに来た日から
男は毎日のようにウチに来た
最初は煮物やカレーなど
よくあるお裾分けだった
しかしある日渡されたのは
ブランド物のバッグだった

「妻がもう使っていなくて」

もちろん最初は断った
けれど彼が帰らないから
仕方がないので受け取った
テレビで報道されていた
遠くの街の連続殺人事件なんて
気にも留めていなかった

『犯人は約半年前に自身の妻を殺害後、
 逃亡中に何人もの女性をーー』



それからも男のお裾分けは続き
次第に食べ物より物の方が多くなった
ある日は妻が使わなくなった時計
ある日は妻が着なくなった洋服で
どれも高そうなものばかりだった
段々ありがたさよりも怖さが勝り
私がある日またもらうのを躊躇うと

「娘さんの好みに合わないですかね」
そう言って男は頭を掻いた

確かに私には大学生の娘がいる
これまで男にもらったものも
全てそのまま娘にあげていた
でも私は彼に娘がいることすら
一言も話していなかったのだ
私は必死に顔に笑顔を貼り付け
ぬいぐるみをもらってドアを閉めた

ぬいぐるみをその顔が歪むほど強く掴み
ゆっくりとした足取りでリビングに戻る
するとテレビを観ていた娘が
ソファから身を乗り出して私に言った

「お母さんこれヤバくない?
 そんな遠くないよね?」

画面の向こうのフィクションが
この家にじわりと近づいていた

『複数の女性に死傷者を出しながら、
 犯人の行方は未だわからずーー』



「こういう者ですが、少しお話いいですか」

本物の警察手帳を見たのは
これが初めての経験だった
昼過ぎにやって来た二人組の警察は
例の連続殺人事件を調べていた

「不審な人物を見かけませんでしたか」

思い当たる節は一つしかなかった
私はお裾分けをくれる男のことを
その二人組の警察に全て話した
一人は頷きながら私の話を聞いて
もう一人はメモを取っていた

確信があったわけではないが
やっぱり彼はどこかおかしい
妻のお裾分けと言いながら
彼の姿しか見たことがない
高価なものばかりくれるのは
きっと私達家族に取り入る為だ
もしかしたら被害者の遺品かも

「お母さんどしたの?顔怖いよ」

私は大学から帰った娘に
昼過ぎに警察が来たことを話した
お裾分けしてくれる近所の男性を
疑っていることも話した
すると娘は自分の部屋から
あのぬいぐるみを持ってきた

「それも他のも捨てなさい。
 盗聴器とか仕掛けられてるかも」
「硬いものが入ってる感じはしないけど。
 その人って本当に悪い人なのかな」

結局もらったバッグなどは
私が全て預かることにした
娘は優しくて良い子だけど
人を信用しやすい節がある

私が娘を守らなきゃと思った
まさにそのときチャイムが鳴った

無視するのは不自然に思われる
そう考えた私はチェーンを付け
ゆっくりとドアを少しだけ開けた
するとそこには手ぶらの男がいた

「今日はお礼だけ言いに来たんです。
 本当にありがとうございました」

騙されてはいけないと思った
私が考えるべきことは一つで
自然に会話を済ませて
彼に帰ってもらうこと
警察はもうこの男を知っているんだ
きっと明日にでも逮捕されるはずでーー

「あれ?妖精さんじゃん、マジか」

後ろから聞こえた娘の声に
私は驚いて肩が跳ね上がった
娘は無造作にドアチェーンを外し
あろうことか男の肩をポンと叩いた

「妖精さんだったんだね、この子くれたの」

娘はぬいぐるみを大事そうに抱え
目の前の男に微笑んでいた

「二人は顔見知りなの?
 あんたいつもリビングにいたでしょ」
「このおじさん昼から公園にいるの。
 駅に行く途中でよく見かけてさ。
 なんか寂しそうだから話しかけたの。
 奥さん死んじゃって寂しいんだって」

ずっと公園にいるの妖精みたいで
だから妖精さんって呼んでるんだ
娘は楽しげにそう私に話して
男は恥ずかしそうに頭を掻いた
「でも、違う。だから、危ないって」
混乱する私に娘はスマホの画面を見せた

『連続殺人の容疑で男を逮捕。
 警察は余罪の追及を進める方針』



「死のうと思っていたんです」

公園のベンチに腰を下ろすと
少し痩せ気味な彼は語り始めた
娘は砂場で近所の子供達と
楽しそうに遊んでいた

「殺人鬼に妻を殺されてから、
 世界から色が無くなりました。
 広い家にいるのが耐えられなくて、
 この街に引っ越して来たんです」

仕事を辞めて家も引き払い
少ない妻の遺品だけを抱え
貯金が尽きるのを待つ生活
どれだけ辛いものだったろう

「そんなときこの公園で、
 娘さんが話しかけてくれたんです。
 素直で、純粋で、優しい彼女を見て、
 妻が会いに来てくれたと思いました」

たまに公園で会う娘との会話で
少しだけ生きる気力をもらった彼は
好きだった料理をまた始めたらしい
初めは本当に間違えて多く作ったが
お裾分けをしているうちに段々と
食べてもらえることが嬉しくなった
奥さんが食べてくれているようで

「お裾分けに伺っているお宅が、
 あの子の家だと知ったのは、
 少し経ってからでした。
 たまたま入ってくのを見かけて。
 だから全部あげようと思いました。
 きっと僕が持つより相応しいって」

奥さんの遺品を娘にくれたのは
彼なりの整理だったのだろうか
一つあの子に渡すたびに
一つ手元から離れるたびに
捨てられも抱えられもしない想いが
救われていたのかもしれない

「でもこれは全て僕のエゴです。
 本当にご心配をおかけしました。
 渡したものも全て引き取ります。
 死者からのお裾分けなんて、
 気味が悪いだけでしょうから。
 もう二度とお宅には近づきません」

彼がどんな想いで生きてきて
どんな想いでお裾分けしたか
色々想像してはみたけれど
結局彼の真意はわからないし
今でも私は彼の全てを
信用しているわけではない
見知らぬ男に話しかけるとか
あの子も何考えてんだよって思う

そうやって私は生きてきたから
疑うことで娘を守ってきたから

でも

「それは娘が決めることですから」

大学生にもなって膝に砂を付け
手を振りながら走ってきた娘は
「話終わった?」と無邪気に笑った
こういうところは旦那に似たんだろう
この子には関係が無いのかも知れない

死者も幽霊も妖精も
もしかしたら殺人鬼でさえ



「じゃあまたね、妖精さん!」



( 死者からのお裾分け 完 )

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