無人鬼_其の零『無人鬼』

 本土から離れた孤島には、鬼人と呼ばれる人々が暮らしていました。私が訪れた喜日島、別名『鬼灯島』と呼ばれるその島には、女性の姿しかありません。凶悪な鬼の血を絶やす為、男性には別の島が用意され、それぞれの島は隔離されていたのです。
 鬼人とは、鬼のような人。他者には理解され難い強烈な加害的衝動を持つ者達。つまりは、ただの人間でした。ですが人々はわからないものに恐怖し、差別し、隔離し、彼女達を鬼ヶ島へ追いやったのです。なんとも醜く美しい人の所業によって閉じ込められた鬼の少女達は、しかしその中にいても、青春を忘れませんでした。
 赤い爪の裂人鬼、三吉良美。裂きたい衝動と葛藤しながら、最後はその身を他の鬼に捧げる結果となりました。殺しを絶対条件としないその衝動は向き合い方一つで、普通の暮らしを送れる可能性も充分にありましたが、もう一匹の兎と出会うのが少し遅かったようでした。
 赤い瞳の食人鬼、有村雀。食欲という根源的な欲求に抗うことが、どれだけ壮絶なものであるのか、私には想像もつきません。ですが彼女は一匹の兎と出会うことで、その衝動に抗い、運も味方し、遂には人を食べずに済む生き方に辿り着きました。見事、と言う他ないでしょう。
 そして赤い爪を失い、赤い瞳を得た、兎。その身に血の色をまとうことなく、未だ謎の多い彼女の中にはしかし、確かに鬼の血が流れていました。この島に住む鬼のほとんどが、遺伝による加害的衝動を継いだ者達です。裂人鬼も、食人鬼も、元を辿れば親に付けられた名称であり、白月兎もそれは同様であるはずでした。
 しかし子の衝動が全て、親によって決定付けられるわけではありません。鬼人と呼ばれたその子供の全てが、あの島に連れて来られるわけではないように。同時に、あの島に連れて来られた要因が、必ずしも親のせいというばかりでは、ないのです。
 喜日島を初めとする凶悪な血を持つ子供達を集める島は本来、彼ら彼女らを守る為に作られました。異常で加害性の高い衝動を生まれながらに、あるいは早期に発露した子供達に、罪はあるのか。それを大人と同様に裁いてしまうのであれば、生まれてきたことそのものを、否定することに他ならないのではないか。あの島々は、そういった議論から試験的に生まれたものでした。
 子供に罪はないのかもしれません。けれどその強い加害性を鑑みれば、野放しにもできないでしょう。少年法では被害者も、同時に加害者である鬼の子達も守ることはできません。そうして鬼達にとっての、最後の楽園は生まれました。加害性の強い衝動を持った者達が、鬼達が、鬼同士で暮らし傷つけ合いながらも生きていけるのなら、その性(サガ)を認めようというのです。もしもあの島が無かったら、大人になった子供達が向かうのは孤島ではなく、刑務所か、処刑台であった者達も少なくなかったはずです。
 話が逸れましたが、つまりです。確かに白月兎には鬼の血が流れていましたが、しかしあの倉庫で見せた鬼の片鱗は、必ずしも親譲りのものとは限らず、自ら目覚めた衝動の可能性もあったということです。私はそれを確かめたかった。彼女を突き動かした根源が、私の血が継承されたものなのか、それとも別の何かであるのか、興味がありました。
 そして、それを確かめるのに相応しい新たな鬼が、島へやってきたのです。彼女は白月兎と同様、資料室にその詳細を示す本は存在しませんでした。それもそのはずです。彼女は血縁によって連れて来られたわけでも、大きな事件を起こしてニュースになったわけでも、ないのですから。
 その新たな鬼について独自に調べると、面白いことがわかってきました。彼女は孤児院で育ったわけでも、少年院に入っていたわけでも、誰かを殺すどころか、傷の一つも付けた事実は無かったのです。それなのに中学一年生の彼女は、突如として喜日島に送られることとなりました。ここからが、面白いところなのです。確かに彼女は誰も傷つけてはいない、直接は。
 けれど、彼女の両親は自殺。
 クラスメイトの数名が自殺。
 関わった教員や刑事も自殺。
 さぁ、最終章の幕開けです。鬼人達の本当の狂気が見られるのは、ここからだったのです。互いの狂気をぶつけ合い、互いの狂気に妥協し合い、互いの狂気に折り合いをつけ、理解は出来ずとも鬼同士は共存できる。そんな甘ったるい幻想に浸る、まさに喜びに満ちたあの島に、それら脆弱な青春の全てを否定する本物の化け物がやってくる、そう思うとつい口元が緩んでしまいました。
 鬼人の島でアリス達に立ちはだかるのは、少し狂った程度の生易しい小動物だけではありません。直接その手を下さない為に、誰も裁くことができず、けれどその気の赴くままに、次々と首をはねていく。まさしくハートの女王たる彼女のことを、私はあえてこう呼ぶことにしたのです。


 人で無しの鬼、無人鬼(むじんき)と。


(鬼人の国のアリス 無人鬼編 其の零『無人鬼』)


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