第五杯_人間万事塞翁が馬(後編)_小説版『晒し屋』

※以降の内容には小説『掃除屋』『壊し屋』のネタバレを含みます。まだ読まれていない方は小説『壊し屋』を読んだ上で、以降を読み進めることを推奨します。



 弟は全てがチグハグだった。百九十センチを超える長身に、童顔で、短髪で、一見すると二十歳そこそこの青年に見える。しかし言葉を交わすと、まるで年端の行かない子供と会話しているかのように、その語彙も、表情も、幼かった。例えるなら、大人の体まで成長してから生まれてきた子供だ。
 弟はお菓子ばかりを好んで食べた。とりわけココアシガレットがお気に入りで、俺も良い機会だと一緒にそれを咥え、禁煙を始めた。出来るだけ多くの過去を否定したかったのかもしれない。
 弟がお菓子以外を食べているのは見たことがなかった。一度、俺が食べていた飯を勧めたことがあったが、弟は首を振り「いらなーい」と言った。普通ならお菓子しか食べないなんて良いわけないが、弟に関しては本人が問題ないなら、それで良いと思った。
 晒し屋になってからも、俺は弟のことをほとんど知らなかった。お菓子を好み、よく眠り、そして笑顔で生首を持ち帰ってくる。まるで虫を捕まえてそれを残酷に弄ぶ子供のように、自慢げに生首を持ち帰り、それを屋上に晒す弟を見ていると、こいつは自分が何をしているか、わかっていないのではないかと思うようになった。
 見た目に合わない内面の幼さ、人間離れしたその膂力、弟の何もかもが普通ではなかった。出会った日、あれだけ怯えていたのに、晒し屋としての日々の中で、殺しを生業とする日々の中で、そんなものは欠片も感じられなかった。寧ろ仕事を楽しんでいるようにも見える弟は、しかし一度だけ、その顔を歪ませたことがあった。
 それは少し仕事が長引いた日のことだ。朝から出掛けた弟は、翌日の朝に事務所に帰ってきた。俺が「お疲れさん」と声を掛けると、弟は手に持っていた生首を乱暴に床へ放り投げ、俺の目の前でそれを踏み潰した。
「ねぇ、兄貴。なんでぼくばっかり、殺さなくちゃいけないの」
 握り込んだ弟の拳から、血が滴っているのが見えた。
「ぼく、は!殺したくなんて、ないのに!もう殺したくなんて、ないのに!なんで!ねぇなんで!兄貴は殺したくないから?自分がやりたくないから、ぼくに押し付けてるの?全部全部ぼくのせいにして、ぼくだけが悪者になればいいって!そう思ってるんじゃないの!?」
 それが弟の本音だったかはわからない。ただ、それまで弟の口から、聞いたことのない言葉だったことは確かだ。俺は「そんなことあるわけないだろ」と言いながら、弟を抱き締めようとした。すると弟は俺を突き飛ばし、俺は当時事務所に置いてあったベッドの縁に叩きつけられた。このときベッドが壊れたこともあり、事務所にはあまり物を置かなくなったわけだが、まぁそれはこの話にはあまり関係がない。
 話を戻すと、このときの俺は骨折まではしなかったが、背中に走る激痛ですぐには立ち上がれなかった。そんな俺を見て弟は我に帰ったのか、駆け寄ってきて「大丈夫!?」「ごめんね」「どうしよう、どうしよう」と慌てふためいていた。俺は弟の服の袖を掴むと、引き寄せて、語気を強めて言った。
「そんなこと、あるわけないだろ!」
 弟はボロボロと泣きながら「うん、うん」と呟き続けていた。その日、弟は丸一日眠り続け、翌日の朝に目を覚ますと、ソファで寝ていた俺の顔を覗き込んで「兄貴!お菓子無くなっちゃった!」と言って笑った。まるで昨日のことなど、無かったかのように。
 この一件は言ってしまえばそれまでで、あれ以来弟が俺に口答えしたことはほとんどない。弟は、俺が殺せと言った奴を殺し、嬉しそうに頭を持ち帰り屋上に晒した。だがそれはあの日以来、いくつか決めたルールを俺が守っているからだと思っている。弟を仕事以外で、出来るだけ一人にしないこと。翌日に跨ぐような仕事、あるいは起きてから二十四時間以上掛かるような仕事は避けること。日を跨ぐ仕事の場合は毎日必ず、睡眠時間を確保させること。
 弟は一日のほとんどを寝て過ごしている。それを最初、子供がよく寝るとかいう話と同列に考えていた。だが弟が情緒を乱したあの日以来、俺はこう考えるようになった。
 弟は、寝たいから寝ているのではない。
 起きていたくないのではないか、と。
 起きていれば嫌でも直面する現実、嫌でも考えてしまう未来の不安や恐怖、あるいは思い出してしまう過去。具体的には弟がそれらの何を拒絶しているのかは知らなかったが、とにかく弟にとって睡眠は特に、心の平穏に重要な役割を果たしている気がした。
 心の中の『何か』に、蓋をする為に。


 弟が何から目を逸らしているのか、それが弟の幼さと、それに似合わぬ膂力に関係があるのか、気にならないわけでは無かった。だが同時に知らなくて済むのなら、知りたくないとも思っていた。少なくとも弟は過去のことを話さないし、俺も別に訊いたりしなかった。俺達にとっては晒し屋になる前のことなんて、互いにどうでもいいことだった。
 あくまで、俺達二人だけの世界では。
「僕の、、、ああ違う。私の顔も声も、覚える必要はないですよ。それ、意味がないですから」
 晒し屋として活動を始めてから暫く経った頃、事務所を訪れたその人物の名前も、顔も声も、覚えてはいない。差し出された名刺には長ったらしい肩書きが載っていたが、記憶に残っているのは『公安』の二文字だけだった。その公安を名乗る人物は、俺にこう尋ねた。
「あの化け物の正体を、知りたくはありませんか?」
 あの化け物、つまり弟のことだった。
「興味ねぇな、そんなこと。わざわざ来てもらって悪いが、帰ってくれ」
「弟さんの命に、危険が迫っているとしても?」
「晒し屋は最強だ。晒し屋に負けはない」
 するとその人物は、嗤った。ぎこちない顔の動かし方をする、それは不気味な嗤い方だった。まるで能面が、歪んだような。
「その晒し屋を、弟さんを。かつて殺した男の話でも?」
 聞いてはいけない。耳を傾けてはいけない。そう思っていたはずなのに、俺はその人物を追い返すことができなかった。本心では、気になっていたということだろう。弟は何者なのか、弟が追われていた理由はなんなのか。そうして、その人物は語り出した。
「お兄さん、貴方には知る権利がある。約十年前、本社ビルで何があったのか。掃除屋と、それから壊し屋の物語を。弟さんは、記憶に蓋をしているようですがね」
 そこで聞かされた物語は、まさに物語と呼ぶに相応しい、荒唐無稽な話だった。壊し屋と掃除屋、二人の店持ちの師弟関係、親子関係、あるいは因縁。壊し屋は約十年前に組織の本社ビルにて掃除屋により葬られ、それから月日を経て今は晒し屋、つまり弟の姿となったこと。そして壊し屋が、晒し屋が、殺しの為に造られた人間であることも。当然ながらそれらは、素直に信じられる話ではなかった。
「あの日、本社ビルで行われた組織と公安の『戦争ごっこ』を知る者はほとんどいません。公安の三人も、当時最強の店持ちと謳われた燃やし屋も、ある意味では壊し屋も、もうこの世にはいませんからね。しかし一人だけ、あの死地を生き残った男がいる」
 俺は目の前で語る、その人物を測りかねていた。
 何が言いたい、俺にどうして欲しい。
「掃除屋、当時まだ十八歳の彼だけはあの『戦争ごっこ』を生き残った。壊し屋を葬り、葬ったつもりで、今も店持ちとして生きている。共に戦った燃やし屋を殺した、その仇。壊し屋が名を変え姿を変えて、生きているとも知らずに、です」
 こいつは、誰だ。
「それだけではありません。戦争ごっこに参加して死んだ公安の三人のうち一人は、掃除屋の妹でした。その妹を殺したのもまた、壊し屋なのです。掃除屋にとって壊し屋とは、燃やし屋と妹、二人の仇なんですよ。それを掃除屋は討ったつもりになっている。いや、それも今は分かりませんね。もしかしたら、掃除屋は気が付いているかもしれない。かつて葬ったはずの壊し屋が、晒し屋として生きていることを」
「どうして俺にそんな話をする」
「善意ですよ。掃除屋はもう既に、弟さんの命を狙っているかもしれない。虎視眈々と、また仇討ちを企んでいるかもしれない。情報は大切でしょう?貴方はそれをよくわかっているはずです」
 殺しの依頼は組織からも、そして公安からも届く。だが実際のところ、俺は組織と公安の関係性について、よくわかっていなかった。わかっていたことは二つの組織が、協力、協調、同盟、いずれにせよ何かしらの利害関係で繋がってということだけだ。だから、有り得ない話じゃない。店持ちに店持ちを殺す依頼が届くことも。あくまでそれを組織が、オヤジさんが認めれば、という話だが。
「掃除屋というのは卑怯な男でね。自分ではほとんど手を下さない。幅広い店持ちを含めた人脈が、奴の手であり足なのです。だからこそ厄介だ。本当に厄介。店持ちというのはね、そういうことじゃないんですよ。オヤジさんから、組織から与えられた役割を淡々とこなす、それこそ晒し屋のような存在こそ店持ちとしてあるべき姿。それなのに奴ときたら、私利私欲の為に店持ちという肩書きを利用するばかりでーー」
 組織と公安は一枚岩ではない。
 組織と店持ちも、それは同じだろうが。
「掃除屋を殺せ、そう言いたいわけか」
「ええ、それは貴方達の為でもある」

 過去は闇に沈めましょう、誰も潜ってこられないところまでーー。

「ちなみにここまで話したことは本来、私達が知っていいことではありません」
「だったらどうした。掃除屋殺しを引き受けなければ、この場で俺を殺すか?俺は別に構わないが、今上で寝てる弟がどうなるのかは考えたほうがいい。また相棒を募集するか?それとも公安が総力を上げて、化け物退治でもするのかよ」
「とんでもない。今日話した内容はただの土産です。ぜひ今後の判断材料としてお持ち帰り下さい」
「言っておくが、俺は何一つとして信じていない。あんただって、本当に公安の人間か怪しいもんだ。確かに組織か、公安の人間でしか知りえないことも話していたが、それだけ。何もかも荒唐無稽な話ばかりだ。そんな話をどう判断材料にしろって言うんだか」
「だから、こうするのです」
 するとその人物は、ポケットから何かを取り出した。
 それは、拳銃だった。
「少なくともこれで、私が知っていてはいけない話をしたことは、信じて頂けるでしょうか?」
 その銃口は俺ではなく、奴自身のこめかみに向けられた。
「馬鹿っ!何を!?」
 俺が咄嗟にそう叫んだとき、その人物はまた。
 嗤った。
「何って、嫌がらせ」
 銃声が事務所内に轟き、床に転がった死体を茫然と眺めていると、弟がドアを蹴破って事務所に入ってきた。弟は「兄貴!大丈、、、夫、、、?」と、俺と床に転がる死体を交互に見つめ、首を傾げていた。混乱するのも無理はない。俺だって、目の前で起こったことがすぐには理解できなかった。
「兄貴がやったの?」
「俺じゃない!俺じゃ、、、」
「じゃあ誰が撃ったの?」
「誰って、こいつが、、、」
 こいつ、、、って、誰だ?
 誰が、撃った?


 その日から俺のスマホには組織からの依頼メールに混じり、本文のない件名だけのメールが送られてくるようになった。送り主の肩書は全て公安だったが、送り主の名前はいつもバラバラ。だが件名は全て『掃除屋の件に関して』だった。本文は無くともその内容が、掃除屋を殺せ、であることはわかった。
 俺はそれらのメールを無視し、ときに『調査中』とだけ返しつつ、あの日聞かされた話の真偽を調べていた。壊し屋、燃やし屋、そして掃除屋についてだ。情報収集は慎重に進めた。仮にあの人物が言っていたことが本当だったとした場合、弟を狙っているのが掃除屋だけとは限らなかったからだ。壊し屋は店持ちでありながら、同じ店持ちである掃除屋に葬られた。そしてその掃除屋は、今もなお店持ちとして生きている。それどころか、あの人物の話を鵜呑みにするならば、掃除屋は他の店持ちと違い、店持ちでありながら殺しを積極的に行わない、組織からの依頼を受けないことを許された特別な存在のようだった。
 つまり組織は、掃除屋側だと考えた方がいい。
 壊し屋は、殺されるべくして殺された。
 考えるべきことは他にもある。公安は何故、掃除屋を殺したがる?これではまるで代理戦争だ。組織を背負う掃除屋と、公安を背負わされる形の晒し屋。まるで話に聞いた『戦争ごっこ』の再現じゃないか。公安の人間も信用できない。そもそもメールだって、毎回本人が送っているとは限らない。寧ろ公安内部の特定の誰かが掃除屋を消したがっていると考えるのが妥当だろう。だが組織に優遇されている掃除屋を殺そうというのは、オヤジさんに楯突くことになるんじゃないのか。だが、メールは全て組織の検閲を通っている。つまり組織は、公安から依頼された掃除屋殺しを黙認しているということだ。壊し屋を殺し、掃除屋もいらなくなった?それとも一度野に放った晒し屋がまた邪魔になり、逆に掃除屋に始末させようとしている?なんだそれ、まどろっこし過ぎる。なら最初から化け物退治に掃除屋を含めた店持ちを動員すればよかっただけだ。そもそも晒し屋を、弟を始末したいだけなら、わざわざ俺に不必要な情報を与える意味がわからない。
 考えれば考えるほど、思考するには情報が足りなかった。誰が晒し屋の正体を知っていて、知らないのか、その情報がどんな影響を及ぼすのか見当もつかない。他の店持ちの情報は組織に秘匿され、参照することはできない。下手に公安内部に潜り込めば、公安と組織の対立を招く恐れもある。あとはオヤジさんに直接会って確かめるしかなかったが、それが叶うことはなかった。
 結局、俺はいつものように飼っている情報屋達を使いつつ、慎重に、地道に、断片的な情報を集めるしかなかった。そうして集めた情報のピースで描かれた絵は、完璧に程遠いものだったが、しかし少しずつあの人物の話を裏付けていった。だが情報の精度が低いことは否めない。掃除屋は本当に晒し屋を、弟を殺そうとしているのか。寧ろこうやって調べ回り、それが掃除屋に察知されることにより、返って掃除屋を刺激する結果になりはしないか。少なくとも弟の口から、掃除屋なんて単語は聞いたことが無かった。
 もし、弟が過去の全てを忘れていて。
 もし、掃除屋が弟の過去に気づいていなければ。
 情報を扱い、情報で飯を食ってきた俺が、情報に踊らされていたと、そう思った。仮にあの人物の話が全て本当であったとしても、だからどうした。弟はそれを忘れ、俺は気にせず、掃除屋だって知っているかわからない。仮に知っていたとしても、今の弟は壊し屋じゃない。晒し屋だ。公安の中に弟の過去を知り、掃除屋を良く思わない奴がいることは確かだが、そいつだって表立って動けないからこんなまどろっこしいことをしているんだ。自分から墓穴を掘る必要はない。不必要に掻き回し、藪蛇になったら目も当てられない。
 もう、探るのはやめよう。
 そう思った頃だった、翼竜に奴が現れたのは。

「ココアシガレットとは、オツですねぇ」


 奴と初めてバー『翼竜』で話した晩、俺は酷い悪夢にうなされた。無数の首無し死体に追われ、首を絞められる夢だ。首無し死体達の後ろで、目の細い男が嗤っていた。寝巻きにはべっとりと汗が染み、走ったかのように呼吸が荒い。もう一度横になってみたが、翼竜で交わした奴との会話や、弟の過去についてなど、様々な思考が溢れてきて、頭痛がするだけだった。
 結局日付を超えてもなかなか寝付けず、俺はココアシガレットを片手に寝巻きのまま事務所を出ると、夜風に体を震わせながら、屋上を目指して外階段を上がった。すると三階、弟が寝ている階のドアが僅かに開いているのが見えた。きっと閉め忘れたのだろう、そう思いドアに近寄ると、中から弟の寝言が聞こえてきた。俺はゆっくりとドアを開け、弟のベッドに近寄っていった。
「おかし、いっぱい。おいしい、おいしい、、、」
「能天気にハッピーな夢見てやがる。羨ましいぜ、ったく」
 俺は小声で心の声を漏らしながら、ココアシガレットの箱から一本取り出し、それを口に咥えた。弟のベッドの周囲には、食い散らかされたお菓子の袋が散乱していた。
「やっぱ、り。うーん。そう、だよ。ゆめ、だったよ」
「夢見ながら夢の話って、忙しい奴だな」
 相変わらず全裸で寝ていた弟は、布団を頭から被り、足が布団からはみ出ていた。どんな布団も弟の大きな体を包むには、足りない。
「ぼくね。ころしなんか。して、なかった」
 心臓に一つ、針を刺されたように感じた。
「わるく、ない。ぼく、わるいこじゃ、なかったの」
 ああ、そうか。こっちが夢なのか。
 こっちが、悪い夢なのか。
「だれも、ころして。ない。ころして、ないの」
「ああ。お前は誰も、殺してないよ」
 すると弟は唸りながら布団から顔を出した。
 目は半開きで、きっとまだ夢の中だ。
「あ、れ?あにき?あ、れ?しご、と?」
「仕事なんてない。まだ、寝てていいんだぞ」
 俺の言葉に弟は安心したのか、また目を閉じた。
「そう、だよね。しごとなんて、ない、よね」
 ああ、ねぇよ。仕事なんてねぇ。
「あにき、なんて。いない、、、いない、、、」
 ああ、いない。兄貴なんて、いねぇ。
 三階を出てドアを閉めると、俺は階段を上がり屋上へ出た。星なんてロクに見えなかったが、代わりに幾つものビルの灯りが中目黒の街を照らしてた。咥えていた残りのココアシガレットを口に入れ、舌の上で溶けるまで、俺は人工的な街の灯りをひたすら眺めていた。足元のブルーシートに隠された生首を視界の外へ追いやり、深い夜の闇にも目を逸らし、俺はただひたすら、偽りの光にすがっていた。


 弟にとっては、この世の何もかもが悪夢だ。組織も、公安も、掃除屋も、俺自身も、自分自身の存在すらも。全ての現実に蓋をすることでしか、この世界を悪い夢だとすることでしか、弟は生きていけない。そしてそんな弟に、俺は何もしてやれない。明日も俺は、弟に誰かを殺せと命令する。そうやって、殺して、殺して、殺させるんだ。いつか俺達が殺されるまで。
 ならせめて、その日までは。
 夢の中に居させてやりたい。
 弟には死ぬまでずっと、無邪気に晒していて欲しい。自分が何をやっているのかなんて、知らなくていい。自分がどんな過去を背負っているかなんて、忘れていていい。例え誰がお前の命を狙っていようとも、例えお前が本心では俺のことを嫌っていようとも、関係ない。お前だけは、幸せな夢を見ていてくれ。お前だけは、救われてくれ。

 悪夢にうなされるのは、俺だけで充分だ。



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