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人生の道標

私には、人生の教科書とでも言うべき一冊の本があります。その本のタイトルは『きっと!すべてがうまくいく』。この本の著者であるジェームズ・アレンは100年以上前の人物で、彼が1902年に書いた『AS A MAN THINKETH』は聖書に次ぐベストセラーと言われています。

この本と初めて出逢ったのは、私が中学3年生の時でした。高校受験に対する重圧で、少しナーバスになっていた時期でもあります。

「うちには弟もいるから、私が受験に失敗するわけにはいかない。」

その思いから、連日のように勉強に打ち込む日々。定期的に行われる診断テストの結果に一喜一憂し、少しでも合格圏内に入れるよう必死でした。

そんなある日のこと。母が私に、一冊の本をプレゼントしてくれました。それが、ジェームズ・アレン著の『きっと!すべてがうまくいく』。本をもらった時、正直「こんなのもらっても、読む時間ないよ。」と思ってしまいました。が、その心を読んだかのように母が一言。

「いいから読んでみて。きっと、今のあなたにピッタリだと思うから。」

そう言われ、渋々ながらも本を読むことにしました。本を開いて、文字を目で追う。最初は「ふーん。」くらいのものでしたが、読み進めるうちにどんどん本の中の言葉に飲み込まれていったのを覚えています。

誤った行ないを続けながら、神に恵みを求めて祈っている人は、ソラマメをまいて小麦の収穫を願う農夫のようなもの。

この一文を読んだ時、思わずドキリとしました。それは、まるで自分のことを言われたように感じたから。

その頃の私は受験のストレスで神経質になり、家族にもキツく当たってしまうことがままありました。そのくせ、家族にキツく当たられると不貞腐れる。何とも面倒くさい娘だったと思います。

「私はこんなにも勉強を頑張ってるんだ。だから、少しくらい当たってもいいでしょ。」

そんな甘えた気持ちもあったのかもしれません。だからこそ、その一文がグサリと刺さった。さらに、彼は次のように続けています。

種まきという作業は、私たちの人生の中でも行われています。私たちが考えること、語ること、そして行うことが、私たちのまく種であり、その種はやがて、それと同種の結果という収穫物となり、私たちに刈り取られることになります。
恵みがほしければ、善意をまくことです。幸せになりたければ、他人の幸せを考えることです。私たちは、自分たちがまいたものを刈り取ることになるのです。

この文章を読んだ時、言葉がストンと頭に入ってきました。それと同時に見えてきたのは、悪い種をまき続ける自分の姿。

「何としてでも第一志望に合格しなくちゃ。」

その気持ちに重点を置きすぎて、他のことが疎かになっている事に気づきもしない。勉強のストレスとか言ってるけど、そんなのは自分の勝手であって家族には何の落ち度もない。それなのに、家族にキツく当たってしまう。こんなの、悪い種以外の何物でもないじゃないか。そう気づいた私は、震えが止まりませんでした。

「全部悪いのは自分なのに、そのイライラを家族にぶつけてしまった。みんな笑って流してくれてたけど、本当は怒りたかったんじゃないか。もしくは、もう見限られてしまったのかもしれない。」

そう思うと怖くて堪らなかった。母がこの本をプレゼントしてくれた真意を知りたくて、私は一心不乱に言葉を目で追い続けました。そうして、次の一文に出逢いました。

もしあなたが他の人たちへの奉仕に努めたならば、その努力にふさわしい幸せが、あなたにもたらされる。
自分の個人的な幸せを身勝手に追いかけているかぎり、幸せはいつになってもあなたから逃げ続けるでしょう。なぜなら、あなたは悪い種をまき続けているからです。
しかし、もしあなたが私欲を捨て、他の人たちへの奉仕に努めたならば、その努力にふさわしい幸せが、あなたにもたらされることになります。

それまでの自分を振り返ってみると、こと受験生になってからは悪い種をまく頻度が上がっているように感じました。自分のことで精一杯で、ましてや他の人への奉仕なんて考えもしなかった。でも、このままじゃ高校には合格できても家族の一員としては不合格確定。それだけは耐えられない。

その日から、少しずつ自分を改造していくことにしました。まずは勉強に根を詰め過ぎていたので、そこを少し調整。具体的には、家族との会話が少なくなっていたので意識的に会話の回数を増やすようにしました。

正直、最初は「根を詰めるのを緩めてしまうと、勉強の効率が落ちるんじゃないか?」と不安でした。でも、実際に試してみるとそれはただの杞憂だったようです、効率が下がるどころか、むしろメリハリがついて成績は鰻登り。数ヶ月後には無事合格圏内に入ることができました。

もう一つ、この本の中で印象に残っている文章があります。この言葉は今でも私の胸に深く刻まれています。

運のいい人とは、強い信念をもち、数々の犠牲を払い、ねばり強い努力を続けてきた人である。
とても多くの人たちが、表面に現れた「結果」だけに目を奪われ、その背後に存在する「原因」を見ようとしないために、あらゆる成功を、幸運、運命、あるいは偶然などという言葉で片づけてしまいます。
彼らは、それらの「運のいい」人たちが、より良い人生を夢見て流し続けてきた「血と汗と涙」の部分には、決して目を向けません。
それらの人たちは、強い信念を持ち、数々の犠牲を払い、粘い強い努力を続けてきた人たちなのです。そうやって、理想の実現を目指して、様々な困難を乗り越えてきた人たちなのです。
しかし、大多数の人は、そういった「影」の部分には目をくれようともしません。彼らはただ、「光」の部分だけを眺めているのです。
長く厳しい旅の中身には目もくれず、喜びに満ちた最終結果だけを眺め、それを幸運の一言で片付けているのです。そんな人たちのもとには、いつになっても幸運は訪れません。

それまでの私は他の人を羨む癖がありました。

「あの人はあんなに幸せそうなのに、どうして私はこうなんだろう…。」

そう思ってしまう自分が嫌いで。でも、羨むことを止めることもできない。どうしても隣の芝生は青く見えてしまう。

それが、この文章に出逢ってから見方が激変。それまではただ羨むだけだったのに「この人も影で努力してるんだなぁ。」と思うと、何だか微笑ましくて。今では「私も頑張ろう!」と思えるようになりました。

母があの本をプレゼントしてくれた真意は未だに分かりません。何度か聞こうとも思ったのですが、何となく聞きづらくて。でも、それはそれで良いのかもしれません。少なくとも、私はあの本に出逢えて良かったと思っています。

これから先も様々な分岐点に遭遇するでしょう。中には自分では判断できないような難しい問題も出てくるかもしれない。そんな時には、そっとこの本を開こうと決めています。だって、この本は私の原点でもあるから。

迷った時は、原点に立ち返る。きっとそこには、自分の人生の道標となる言葉が隠されているはずだから。これからも『きっと!すべてがうまくいく』。そう信じて、自分の道を歩いていきたいと思います。


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