『エリカさん』
小説や詩を投稿できるサイトに登録して三か月。
誰からも何の反応もがなく、全否定されたような心持ちですっかり落胆していた。
趣味で始めたとはいえ、やはり自分の実力などこんなものかと早くも「退会」の二文字が頭をよぎったーーそのとき、“エリカさん”がやってきた。
エリカさんは自分がそれまでに投稿した全ての作品に目を通してくれたようで、僕の閲覧通知履歴は「超イイネ!」の♡アイコンで完全に埋め尽くされていた。それはこのサイトでは最高評価にあたるボタンを押してくれた際につくアイコンだった。
ただ実際のところ、それだけでは本当に読んでくれていたのか判断はできなかった。ひたすら♡ボタンを押していくだけでも同じことが行えるからだ。
だが、エリカさんは間違いなく全てに目を通していた。なぜなら全ての投稿に感想コメントを残してくれていたからだ。ただ「素晴らしいです!」や「好きです!」といった抽象的な感想ではなく、読んで内容を把握してなければけして書けないような掘り下げたコメントだった。しかも作者が一番褒めて欲しいところをピンポイントで突いてくるようなコメントのオンパレード。
あまりの嬉しさに僕は「イエスッ! イエスッ!」と大声で叫びながら狭い自室を歩き回り、何度も何度も拳を握りしめた。自分を分かってくれる人がいる! 自分の作品を高く評価し、その価値を認めてくれる人がいる! それがこんなにも嬉しいものだとは想像もしていなかった。
しばらくは自分のフォロワーになってくれたエリカさんのことで頭がいっぱいになり、雲の上を歩くような気分で過ごした。本当に地に足がついてないような感覚だった。けれど浮かれながらもお礼コメントは忘れていなかった。ようやっと掴んだ大事なファンだ。本気で大切にしなければいけない。僕はエリカさんの感想をひとつひとつじっくり読み、丁寧にお礼のコメントを返していった。
全ての返信コメントを書き終える前にそれは始まった。
ーーピコンッ!
新規でコメントが付いたときに鳴るアラーム通知の音だった。
ピコンッ! ピコンッ! ピコンッ! ピコンッ!
それがどんどん加速して矢継ぎ早に繰り出されていく。
ピコンッ! ピコンッ! ピコーーピコピコピコピコピピピピピピピピピピピピピピッ…………!!!!
一回のアラームがピコンと鳴り終える前に次のアラームが発動してしまうため、音の尻が食われてもはやピコピコピピピ状態。それがしばらく鳴りやまなかった。
通知に表示されたアカウントアイコンを見ると、相手はエリカさんだった。どうやら僕が書いたお礼コメントに対し、全部返信を返してくれたらしい。しかも高速で。いやもう光速といっても過言ではない。
ファン心理とはこういうものかと半ば驚嘆しながら、僕はエリカさんの返信コメントを全て読み、さらに自尊心をくすぐられるようなその内容にニヤニヤしたまま、気持ちを込めてお礼コメントを打ち込んでいった。
そんなことを繰り返していたある日、いつものようにピコンッ! ピコンッ! ピコーーピコピコピコピコピピピピピピッ!!!!!!!!!! とPCのアラームがけたたましく鳴り響いた。エリカさんだ。僕は仕事の疲れも忘れ、自分をとことん認めてくれるエリカさんのコメントにによによと見入り、そのお礼コメントを打ち始めた。
ピコンッ!
え? まだお礼コメントを書き終わってないのに?
通知を確認すると相手はエリカさんだ。おかしい。こっちはまだ書いてる途中だし、送信もしていない。それなのにもうそれに対する返信コメントが届いていた。
ピコンッ! ピコンッ!
更に通知が二回。それはまだ返信を書き始めてもいない作品欄に送られたコメントだった。エリカ……さん?
ピコンッ! ピコンッ! ピコンッ! ピコンッ!
アラームの速度が徐々に加速していく。
ちょっと待ってよエリカさん! 一体どういうことだよ!? 困惑するこちら側の意思など無関係に矢継ぎ早に大量の褒めコメントが送り出されてくる。
ピコンッ! ピコンッ! ピコーーピコピコピコピコピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピッ…………!!!!!!!!!!!!!!
あきらかに異常事態だ。僕は一瞬迷いつつも、特定のフォロワーをブロックできるというボタンを押した。
ーー瞬間、うるさく鳴り響いていたアラーム音が途絶えた。ほっと胸をなで下ろす。と同時に罪悪感が頭をもたげてくる。あんなに自分のことを受け入れて、応援してくれていたエリカさんを僕は……
ーーピコンッ!
え……
ピコンッ! ピコンッ!
そんな……!? だってエリカさんはもうーー
ピコンッ! ピコンッ! ピコンッ! ピコンッ!
どんどん加速していくアラーム。慌ててPCの音量をミュートにする。
ピコンッ! ピコンッ! ピコーーピコピコピコピコピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ…………!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
それでもアラームは消えず、大量のコメントとともに音の波が押し寄せてくる! 最後の手段と思っていた通報ボタンを押し、ガタガタと震えながら膝を抱えた。
鳴り続けていたアラーム通知の音がぴたりと止んだ。いやな汗が大量に吹き出ていた。肌寒い季節だというのに脇も背中もぐっしょりと濡れていた。
※ ※ ※
極度のビビりでもある僕はその投稿サイトを退会することにした。その前に念のため、エリカさんにどういう対応をしたのか、個人情報やアカウントが漏れてストーカー被害などに遭ったりはしないか、運営に問い合わせてみた。その返事が来て僕は目を疑った。
ヒッ…、と自分が息を飲む声が聞こえた。頭が混乱してすぐには意味を理解できなかった。一体どういうことだ……
ーーピンポーン!
「……ッ!?」
ふいに自宅マンションの呼び出しチャイムが鳴り、鼓動が一気に跳ね上がった。
ピンポーン! ピンポーン!
尋常ではない汗が額、脇、背中、いたるところから噴き出し始めた。
ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン! ピンポーーピンポピンポピンポピンポピンピンピンピンピピピピピピピピピピピピピッ…………!!!!!
【了】
水もしたたる真っ白い豆腐がひどく焦った様子で煙草屋の角を曲がっていくのが見えた。醤油か猫にでも追いかけられているのだろう。今日はいい日になりそうだ。 ありがとうございます。貴方のサポートでなけなしの脳が新たな世界を紡いでくれることでしょう。恩に着ます。より刺激的な日々を貴方に。