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うたがわきしみの宇宙Ⅱ

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140文字では収まりきらなかった、うたがわきしみの世界観。コラムやエッセーやうわごとじゃない。あくまで、なにかしら、きしみの宇宙を匂わす作品になっているものたち。主に詩。ギャグ系…
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#うたがわきしみ

『ラストクローン』

百万回蘇生を繰り返して、 生きながらえてきました。 もう一度貴方に会いたくて……。 でも、 そろそろ記憶の劣化が限界に達したようです。 もう、あなたの顔も声も思い出せません……。 ただ、あなたの欠片のような温もりだけ、 まだ、胸の奥にあります。 どれだけこの日を待ちわびたことか。 ついに、貴方が目覚める日が来たのですね。 なのに、それを、心から、喜べないなんて…。 だから、神様は、私に意地悪をしたのですね。 次のクローニングで、 「貴方を知ってる私」は 完全に消えること

5秒先でバイトしてます #うたがわきしみ

『あーちゃんのお弁当』

幼い頃両親が事業に失敗した。 借金返済のため、死に物狂いで働かねばならない両親に代わって僕を育ててくれたのが『あーちゃん』だった。あーちゃんというのは祖母のことで、僕がおばあちゃんと発音できずに、あーちゃんと呼んでいたのがそのまま定着してしまったのだ。 背筋のピンと伸びた背の高い人で、昔の写真をみるとモデルのように目鼻立ちが整っていて、かなりの美人だった。 このあーちゃんが、「宿題終わったの?」「明日学校でしょ、まだ起きてるの?」とやかましかった。僕は「うるせえ、『クジ

『本田虎太郎のネジ』

玄関先に転がっていたネジを見つけ、拾い上げようとして掴んでいたものを離すと、ゴトっと鈍い音を立ててそれが転がった。 その顔を見て思い出した。今朝方まで抱いていた芸者の首だ。名は牡丹だったか。美しく結わえられていたであろう長い黒髪は野放図に乱れ、血の気の引いた青い顔の上で左右の目があらぬ方を向き、赤く濁っている。 昨夜は街で一番色の白い、このべっぴんを離れに呼びつけ、その白い尻に覆いかぶさるようにして朝まで抱き続けた。 記憶はそこで途切れ、気が付くと、母屋の玄関先に立って

『Lifelineホワイトアウト』

アダムズを殺したのはこれで何度目だろう? 私が何度指示を間違い、殺してしまっても、次の瞬間には『そうはならなかった世界』の突端に舞い戻り、彼は何事もなかったような顔をして私からの指示を待つ。まるで従順なペットのように。 実際、“彼”は何も知らないのかもしれない。 知らない方の“彼”が現れただけなのかもしれない。 いや、ちょっと待て。 “彼”が最初からそこにいた場合の“彼”だったとしたら? “彼”が本当に「何が起きたのかを知らない状態」の“彼”だったとしたら? 舞い

『黒い目』

眼帯をつけた黒髪の少女がふいに家を訪ねてきて 私にあのときの話を聞かせてほしいと言った。 近所の子でもなさそうだし、少し迷ったが、 かわいい子だったし、年甲斐もなくわくわくするものもあって 私は当時のことを思い出しながら ゆっくりと話し出した。 ちょうど夕陽が沈みきった頃だったな。 肌寒くなった今ぐらいの季節だったと思う。 河川敷近くの公園に太い桜の樹があるだろう? 犬の散歩でそこを通りかかったら、 白いふわっとした寝巻姿の女がいて 桜の樹の根っこのところにうずくまって

『100万回目の溜息』

幼い頃「百万回溜息をつくと魂が抜かれちまうよ」と祖母が言った。そんな祖母は87歳で、今もぴんぴんしている。明るく強い人だから、あまり溜息をつかないのかもしれない。 迷信なのはわかっていたけれど、まだ幼かった僕にはそれがなぜだかとても恐ろしく、よせばいいのに、その日からついてしまった溜息をかかさずカウントするようになってしまった。 不思議なもので、気にすればするほど溜息の数はどんどん増え、その増えた溜息にまた落ち込み、更に溜息をつくという悪夢のような悪循環に陥った。その結果

『地獄の沙汰』

病葉宗一郎《わくらば そういちろう》、 お前は生前、うっすら、微妙に 悪い奴だったようだな。 よって……それ相応の報いを受けてもらう。 お前の罰は、毎日日替わりで、 必ず歯に何か挟まって、 舌先でつんつんほじっても 歯をゴシゴシ磨いても絶対にとれない、 という罰だ。 半永久的に。 そこはかとなく慎んで、罰を受けるがよい。 まずは今週のメニューを発表する。 よくきけ。 月曜日はほうれん草。 火曜日は豆もやしだ。 水曜日はトウモロコシ。 ……少々、無難すぎるな。担当者

『幸せ屋』~岸和田老人の奇妙な一日~

岸和田はどうも健康すぎると日頃から思っていた。齢九十にして意気益々健康、血気盛ん。精力絶倫にして毎夜酒池肉林の宴を催す日々。特に健康なのは歯だ。入れ歯も差し歯もなく、あろうことか虫歯にも一度も縁がない。ある日これではいかんと思い立ち、岸和田は早速、虫歯屋に向かうことにした。 梅雨が明け、外はすでに猛暑の夏の気配。なにもこんなうだるような暑い日に、とも思ったが、思い立ったが吉日と、岸和田は最寄りの駅へと駆け込んだ。 当前のように線路はうどんでできていた。 干からびもせず、白

『探さないでください』

ある日、“意味”が 家出した。 地球の真ん中にそんな立て札が掲げてあった。 それからというもの、 あらゆる言葉の意味たちは 意味を持たなくなった。 人々は最初、それほど難儀には感じていなかった。 いや、むしろ喜ぶ者さえいた。 持って生まれた習性と呼ぶべきか、 人々は意味のないものにも意味を見出し、 情報を与えられるがまま むさぼるように解釈し続けてきた。 その結果、さながら世界は意味の洪水といったありさまで意味に対して、誰もが疲弊しきっていたのだ。 さんざん弄ばれ

『夢の都合』

夢の悲鳴が 街に響いた。 ふいに呼び止められる。 「君、ちょっといいかな? ここで何を……?」 職夢質問的な何かだろうか。 「まさか君、“夢”を追いかけたりしてないだろうね?」 「……?」 「ああ、君だね。ちょっと当局まで来てもらうよ」 「あ、いや、僕は……夢なんか持ってませんし、追いかけたりしてません」 「いいからいいから、最初はみんなそういうんだよ。 ここのところ夢からの相談が多くてね。 しつこく付きまとわれてるって。 イヤな事件も多いし、起きてしまってからだと 叩

『不毛』

その会議がいつから始まったのか。 もはや誰一人覚えてはいない。 「仕方がないことを考えていても仕方がない」 「仕方がないという奴が、たいてい一番仕方がない」 「仕方がないなんて絶対にいうな!」 「仕方がないというよりも……どうしようもない」 「どうしようもないことを考えていても、やっぱり、どうしようもないじゃないか」 「どうしようもないという奴が、たいてい一番どうしようもない」 「どしようもないなんて絶対にいうな!」 「どうしようもないというよりも……致し方な

『染み』

白くて大きな壁に 小さな黒いシミがひとつ。 シミは恥ずかしかった。 みんなと違って自分だけが黒い。 どんなに頑張っても、けして白くはなれない。 白い壁は「おまえさえいなければ」という。 「めざわりだ」ともいう。 シミは、自分をごしごしとこすったり、 つばをつけてみたり、真っ黒な色を 必死になってごまかそうとした。 しかし、どうしてもみんなと同じ白にはなれない。 自分ひとりだけが取り残されたようで、 いてもたってもいられない気持ちになる。 ――と、壁の前に老人が一人や

『飼い殻~KAIGARA~』

唯一の肉親だった祖母が死に、ボクの友達は絶望だけになった。 祖母だけは味方だった。 祖母はボクの全部だった。 女なのに「ボク」って言っちゃうのはどうしてなのか。 自分でもわからない。 ひたすらに絶望を研ぎ澄ませていると死の領域に入っていくしかなくて。そんな風にしか考えられなくなってしまうというのは、要するにボクはきっと、愚鈍な愚か者なのだろう。 死ぬ前に何か楽しいことはないかとふらりと入ったお店だった。看板には巻貝っぽい不思議な絵が描かれており、なぜか貝本体がいるべきは