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うたがわきしみの宇宙Ⅱ

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140文字では収まりきらなかった、うたがわきしみの世界観。コラムやエッセーやうわごとじゃない。あくまで、なにかしら、きしみの宇宙を匂わす作品になっているものたち。主に詩。ギャグ系…
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2016年12月の記事一覧

『本田虎太郎のネジ』

玄関先に転がっていたネジを見つけ、拾い上げようとして掴んでいたものを離すと、ゴトっと鈍い音を立ててそれが転がった。 その顔を見て思い出した。今朝方まで抱いていた芸者の首だ。名は牡丹だったか。美しく結わえられていたであろう長い黒髪は野放図に乱れ、血の気の引いた青い顔の上で左右の目があらぬ方を向き、赤く濁っている。 昨夜は街で一番色の白い、このべっぴんを離れに呼びつけ、その白い尻に覆いかぶさるようにして朝まで抱き続けた。 記憶はそこで途切れ、気が付くと、母屋の玄関先に立って

『Lifelineホワイトアウト』

アダムズを殺したのはこれで何度目だろう? 私が何度指示を間違い、殺してしまっても、次の瞬間には『そうはならなかった世界』の突端に舞い戻り、彼は何事もなかったような顔をして私からの指示を待つ。まるで従順なペットのように。 実際、“彼”は何も知らないのかもしれない。 知らない方の“彼”が現れただけなのかもしれない。 いや、ちょっと待て。 “彼”が最初からそこにいた場合の“彼”だったとしたら? “彼”が本当に「何が起きたのかを知らない状態」の“彼”だったとしたら? 舞い

『黒い目』

眼帯をつけた黒髪の少女がふいに家を訪ねてきて 私にあのときの話を聞かせてほしいと言った。 近所の子でもなさそうだし、少し迷ったが、 かわいい子だったし、年甲斐もなくわくわくするものもあって 私は当時のことを思い出しながら ゆっくりと話し出した。 ちょうど夕陽が沈みきった頃だったな。 肌寒くなった今ぐらいの季節だったと思う。 河川敷近くの公園に太い桜の樹があるだろう? 犬の散歩でそこを通りかかったら、 白いふわっとした寝巻姿の女がいて 桜の樹の根っこのところにうずくまって

『透明な夢』

草の葉に乗った露は いつも同じ夢を見る。 それは瑞々しい雫となって 鏡のように美しい湖に飛びこむ夢。 その水面にできた波紋は とても小さくささやかだけれど 消えるということもなく 静かに優しく広がって 湖全体を包んでいく…… そうして湖は 大きな大きなひとつの雫となり まるで星の葉に乗った露のごとく ふたたび夢に落ちていく。 透明な夢の中へ……。

『君を待つ』

「待つ」という行為にのめりこんでいる。 いや、狂っていると言ってもいい。 いつか君がにっこり微笑んでくれるんじゃないか。 いつか君が優しい口をきいてくれるんじゃないか。 いつか君がそっと手を握り返してくれるんじゃないか。 いいや、いっそ、接吻で 私の唇に自分の唇を重ね合わせて しっとり湿らせてくれるんじゃないか…… そうして―― 「待つ」 「待ち続ける」 「永遠に」 ああ……なんて甘美で狂おしい響きだろう。 けして起こり得ないとわかっていながらも 飽くことなく「待つ!」

白くて柔らかくてぷにぷにした君に首輪をつけて、下着になってもらって、四つん這いになってもらって、上目づかいに見つめてもらい、彼女の父親だったものの一部を放り投げて拾ってこさせた。生まれて初めて生理的快感を覚えた。「なんら屈辱ではない」という君の顔を初めて汚したいと思ったその時に。

雨。 雨が東京を湿らせる。 人は苦しそうだ。 蛙は嬉しそうだ。 植物は輝いている。 川は暴れている。 街は、泣いているようだ。 私も泣いているのだろうか。 空は人を泣かせる名人。 心の水たまりに 雨が跳ねる。 空が、歪む。

『肌色狩り』

肌色が多いなと思ってやったんですよ。 あまりにも肌色が多いなって思って。 これって、無期懲役ですかね? 死刑ですかね? それがいいかもしれませんね。 僕なんかは。 どうしたんです? 早く捕まえてくださいよ。 じゃないと、また狩りたくなっちゃうじゃないですか。 雁首揃えて、肌色ばっかり…… ああ……やっぱり少し、多いなあ。 肌色が……