屯所で桂が涙に濡れてる頃

屯所で桂が涙に濡れてる頃,三津は文とのお喋りを楽しんでいた。記憶にない悪事をバラされるのが怖くて入江も二人の部屋に入り浸り部屋の隅で正座していた。
 
 
「どうせなら一緒に寝ます?どうぞ?」
 
 
布団に潜っていた文はぺらっと掛け布団を捲った。
 
 
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「何もせんわ!それに入江さん如きが私を満足させられるとも思わんしな。」
 
 
文の返しが痛快で三津はうつ伏せになって笑いを堪えた。
 
 
「ねぇ文さんは何で久坂さんと結婚したんです?」
 
 
「あーそれね。元々私が一方的に主人を好きやったんやけど,主人は私が醜女やけぇ嫌やって言ったそ。」
 
 
「は?」
 
 
文の話を聞くと悉くいい兄上像が崩れていく。
 
 
「せやけどそれを高杉さんが唆してくれたけぇ結婚出来たんよ。感謝してるのはそこだけやな。」
 
 
「なんて唆したんですか?」
 
 
「真のいい男はこんな女でも嫁にする広い心を持ってこそやぞっ!って。それで納得した主人も馬鹿やなぁとは思うんやけど。」
 
 
『夫婦には色んな形があるとは聞くけどまた特殊な……。』
 
 
「それもあるけどやっぱり文ちゃんは先生の妹やけ男からすると一緒になるのはかなり重圧が……。」
 
 
入江が部屋の隅から控え目に会話に参加した。
 
 
「やろうねぇ。兄も主人しか認めん言うとったけぇ結果的に私が結婚出来るのは主人だけやったって思うようにしとるそ。」
 
 
「そっかぁ結ばれるべくしてやったんですねぇ。」
 
 
「三津さん入江さんは結婚相手としてどう?性癖はあれやけど悪くはないやろ?」
 
 
「性癖あれって放っとけや。夫婦で同じ事言うなや。」
 
 
「あら主人も言ったそ?まぁ抱かれちょらんけぇどれだけあれか分からんけど。」
 
 
「やけぇ頼まれても抱かんわ。」
 
 
「んっふふふ。私も願い下げや。早よあっちで寝り。」
 
 
「……やっぱここで寝よっかなぁ。」
 
 
そう言いながら入江がしれっと潜り込もうとしたのは三津の布団だった。「いいですよ?どうぞ?」
 
 
三津はうつ伏せから横向きに体勢を変え,文の真似をしてぺらっと掛け布団を捲った。
 
 
「いけん!三津さんいけん!文ちゃんに影響されちゃいけん!!」
 
 
入江さんは真顔で三津の両肩を掴んだ。その結果三津を押し倒したような形になり,自分でやっておいて顔を真っ赤にした。
 
 
「流石に私でも人の情事見る趣味ないんやけど。」
 
 
そう言いつつもにやにやしてる文に入江は全身が熱くなった。
 
 
「寝る!おやすみ!」
 
 
入江は瞬時に身を引いて部屋を飛び出した。
 
 
「えっ何であんなに動揺しちょるそ?もしかして経験ないそ?」
 
 
すると廊下を走って戻ってくる音がして襖がスパンッと開いた。
 
 
「経験ぐらいあるわっ!」
 
 
それだけ叫ぶとまたスパンッと襖を閉めて走り去った。
一瞬目を丸くして見つめ合った文と三津は二人でゲラゲラ笑った。
 
 
三津にまでからかわれた入江は頭まですっぽり掛け布団を被ってふて寝した。
翌朝その丸まってこんもりした塊を揺すって三津が起こそうとした。
 
 
「九一さーん。起きてー。もしかして怒ってます?それやったらごめんなさい。調子に乗りました。」
 
 
するともぞもぞと動いて少しだけ顔を覗かせた。
 
 
「怒っとるんやないそ。落ち込んどるそ。こっち来てから三津さんに恥ずかしいとこばっか見せとる……。」
 
 
「そうなんですか?全然気にしてなかったです。」
 
 
「本当?馬鹿にしとらん?」
 
 
「してませんよ。ほらご飯食べましょ?」
 
 
「でも経験ぐらいあるわってムキになって叫ぶことやないし……恥ずかしい……。」
 
 
入江はのそのそ起き上がると溜息をついて両手で顔を覆った。
 
 
「だから大丈夫ですって。元気出して下さいよぉ。」
 
 
「じゃあ……元気頂戴……。」
 
 
入江が両手を伸ばして来たからこれはぎゅっとすればいいのか?と入江に近付いてその手が触れそうになったところで,
 
 
「はいはーいおはようございまーす。兄上と主人が見てますよー。三津さんの優しさに付け込まないで下さーい。
身支度整えたら食べに来て下さーい。はい,三津さん行きましょう。」
 
 
文はあっという間に三津を部屋から連れ出した。
後ちょっとで触れたのにと舌打ちをして身支度を整えて居間を覗くと,文が三津を前に座らせて何やら真剣に話をしている。
 
 
「いい?入江さんは一番策士やの。弱った仕草とかあれ計算やからね?」
 
 
「おい!嘘吹き込むな!」
 
 
聞き捨てならんと居間の障子を勢い良く開けた。

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