を所持していたか

を所持していたかどうかの真偽のほどは、解明されていない。
 
「虎徹」は、沖田の「菊一文字」、藤堂の「上総介兼重」同様、高価で貴重な刀である。近藤勇が入手できるのだろうか、というのが贋物ではないのかといわれている所以である。
 
 贋物をそうだといわれ、子宮環 入手したのではないのか。局長は、そうだと信じ込み、つかっているのではないのか・・・。将軍から下賜されたものとか、江戸で購入したとか、賊退治のお礼の品だとか、様々な説がある。
 
 しかし、かの「池田屋」事件で、永倉や沖田、藤堂らが刃こぼれし、事件後に買い替えねばならなかったところを、刃こぼれがなかったという。
 
 局長に、みせてもらったことがある。が、刀に目利きのあるわけではないおれに、真偽がわかるわけもなく・・・。
 
 異世界転生で鑑定団の鑑定士をやっていたであろう双子なら、わかるんだろう。しかし、積極的に尋ねるのはどうであろうか。
 
 真偽はどうあれ、近藤勇の愛刀は、「虎徹」以外のなにものでもない。
 
 そうかんがえたほうが、ある意味ロマンがあるだろう。の別名である「虎徹」は、最大大業物である。現代には、近藤勇所有刀としての「虎徹」は残っておらず、局長が「 いまさらだが、「天然理心流」は実戦的な剣術である。「北辰一刀流」や「神道無念流」、「鏡新明智流」、「心形刀流」といった有名で門人のおおい流派より、より実戦的であったろう。
 
 いわく、「無心の心、無形の形、千変万化、臨機応変、もって理心の精妙、天然の誠気に至る」、である。
にきてから、局長じきじきにおしえてもらったことである。
 
 めっちゃ感動したのは、いうまでもない。
 
「虎徹」を平晴眼に構える局長。
 
 その構えだけで、背中だけでなく、全身のゾクゾク感がとまらない。
 それは俊春も同様らしい。相棒をはさんで隣に立つ、かれの昂揚感が伝わってくる。
 
 もちろん、右隣の副長からは、そういったものは感じられない。
 
 なにせ、別の次元だから。
 
 通常、正中線に構えるのが正眼の構えといわれている。の体の真ん中に急所があり、そこを攻防するための構えである。だが、平晴眼は、剣をわずかに右へひらける。これは、相手の頸などに攻撃をしかけて防がれた場合、ソッコーつぎの攻撃にうつることができる、効率のいい構えなのである。
 
 これだけでも、より実戦的であることがうかがえる。
 
 沖田の平晴眼もゾクゾクするものがあったが、局長のそれは別格である。
 
 おれごときが「さすが」、というのは上から目線か。
 
 おなじ平晴眼でも、副長のそれは癖としか感じられないのが不思議である。
 
 相対する俊冬は、いまだ無掌のままである。両腕を、ただ脇にだらりと下げている。
 
「はーっ!」
 
 局長の気合はすさまじい咆哮となり、空気も地面もびりびりと震わせる。
 
 これまできいた気合の咆哮の比ではない。示現流の猿叫よりもすごいし、熊よりもすごい。
 
 いや。ただ一人、おなじように咆哮し、相手をびびらせる剣士がいる。
 親父である。そうおおくはないが、相手が強ければ強いほど、ついうれしくなって雄叫びをあげてしまうらしい。
 
 局長も、そうなのだろうか。
 
 いまの咆哮が風にのって民家へと流れていったら、眠っている人々は驚いて飛び起きてしまうだろうか。
 
『いまのはなんだったのだろう?熊でもおりてきたのか?』
 
 人々は、そうかんがえて怯えるだろうか?
 
 局長が動いた。
 
 上段にふりかぶるのと、俊冬との近間に入るのと、真向に振りおろすのがほぼ同時である。
 
 は、はやい・・・。体格からは想像がつかぬほど、振りかぶり、振りおろしがはやい。なにより、脚さばきが超絶はやい。
 
 京で会津藩の剣士たちと剣術試合をしたときにも、局長の剣は掛け値なしにすごいと心底びびったものだが、あれはほんのお遊びだったんだと、あらためて感じる。
 
 だが、やはり怪我の後遺症は残っている。ふりかぶりがほんのわずか浅く、鈍かったのかもしれない。
 
「・・・!」
 
 こちらに背を向けているのでよくわからないが、局長は
 この教えは、webでもみたことがあったが、

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