のなかにいるおれ
のなかにいるおれだと気がついた。
京で薩長と幕府が開戦し、敗れて京から大坂へと逃げた。
そのときも、大坂城に逃げこんだ幕府側の兵卒がおおく、に収容しきれなかった。おれたちは、到着したのがおそかったためにあぶれてしまった。
ゆえに、避孕藥 八軒屋というところにある新撰組の大坂での定宿「」という宿ですごすことになった。
とはいえ、大坂から江戸へ逃げるにのるまでの短期間である。
おれはそこの庭で、初代「豊玉」の馬面を抱いたまま寝落ちしてしまったのである。
をさましたとき、「豊玉」の頭部がおれの胸と腹の上にのっかっていた。
それはまるで、あのギャング映画の名作「ゴッド・フ〇ーザー」で、ベッドに馬の頸が放りこまれていた、あの衝撃的なシーンのまんまであった。
もっとも、「豊玉」は頸だけじゃなかったし、おれは血まみれではなかったが。
いま、そのことを思いだしてしまった。
「あ、相棒?」
そして、おれの上にのっかっていたのは、馬ではなかった。
相棒である。仰向けのおれの上に器用にのっかって、おれのをみおろしている。
おれをのぞきこむ相棒のに、おれが映っていたのである。「チュンチュン」
外から雀の鳴き声がきこえてくる。
二度三度と瞬きをすると、ようやく落ち着いてきた。
相棒は、まだおれの上で伏せをしたまま前脚でおれの胸のあたりをふみふみしている。
なんで?なんでいきなり、こんなに親密な感じになっているんだ?
おれをだれかと間違えている?
って、最近の相棒のおれへの塩対応っぷりに慣れてしまっていて、ついつい疑ってしまう自分が情けない。
「主計っ!みながまだ眠っているんだ。でかい声をだすんじゃない」
その声とともに、でこぴんされてしまった。相棒の横に、副長のがあらわれた。
わお。副長と相棒がこうしてをならべてみたら、やっぱクリソツである。
その副長とクリソツな俊冬、相棒とクリソツな俊春……。
そういえば、俊冬と俊春は二卵性双生児である。いまさらではあるが、忘れていた。
あの二人は、雰囲気はたしかに似ている。二卵性双生児、あるいは兄弟といわれれば「そうかな」って思う。しかし、
はそこまで似ているわけではない。
しかも、性格となるとあの二人は正反対といっていいだろう。
もちろん、どちらがよくってどちらが悪いっていう意味ではない。
よかった……。
もしもここに二人がいれば、完璧によまれたところだ。
そんなことにでもなったら、風呂場で垢スリの刑に処されてしまう。それこそ、全身の皮膚がこそげ落されてしまったであろう。
あるいは、眉間か心臓にを撃ち込まれたか。
「す、すみません。起こしてしまいましたね。ってか相棒、どいてくれないか?」
お願いすると、相棒はすぐにおれからおりてくれた。上半身を起こすと、馬番の控え部屋の入り口に、斎藤が立っているのがみえた。
ほかの面子は眠っているようだ。おれの叫び声くらいでは、をさまさないくらいつかれているのであろう。
「いや。起こされたんじゃない。反対に起こそうとしていたんだ。話がある」
話?ああ、これからのことか。
馬番の控え部屋をでるまえ、副長は島田の肩をゆさゆさ揺すり、一時(いっとき)ほどしたら、丘にくるよういいつけていた。
磐梯山がよくみえ、白虎隊の隊士たちと出会った例の丘のことである。
外にでてのびをすると、早暁のするどさをふくんだ空気が頬をうった。
副長が控え部屋からでてきたので、あるきはじめた。
城外にでる際、「どこへゆくのか」、「どこの所属か」と門に詰める兵卒たちに咎められた。
敵の間者が紛れこんでいる可能性がある。それから、脱走する将兵もいるかもしれない。さらに運が悪ければ、脱走した将兵が保身のために情報を手土産に、敵に投降してしまうのもありえるだろう。
副長が「新撰組の土方歳三」とドスをきかせた声で答えると、門番たちはそれ以上はなにもいわずにとおしてくれた。
さすがは新撰組の「鬼の副長」である。かかわりあいになったらヤバいってことを、だれもがしっているのかもしれない。
若松城下の町は、ますますひっそりとしている。の気配を感じることがむずかしいほどである。
なかには、逃げていった人々もいるだろう。
敵がこの若松城にやってきて、若松城を落とすために総攻撃をしかけてくることは、だれもがわかっている。
なにせ、この若松城が会津藩の中心である。
ぶっちゃけ、ここさえ落とせば会津藩はおわる。
その敵は、もう間もなくおしよせてくる。
会津侯は、それが今日明日ではないといっていた。いまこの状態でもまだ、会津侯がそのような楽観的な推測をしていることに、正直驚きを禁じえない。
いずれにせよ、会津侯ももう間もなく若松城にやってこざるをえない。
会津侯は、白河城が落とされてからどこに潜伏しているのであろう。
居場所は、だれにもしらされていないのかもしれない。
俊春ならしっているであろう。しかし、あえて尋ねる必要もないことである。
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