男の手が三津に伸びた。
男の手が三津に伸びた。
三津が避けるより先に弥一がすっと前に出た。
「妾なんかじゃありません。彼女には触れさせません。」
怒りを含む声に下品な笑みを浮かべていた男達の形相がみるみる変わる。
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刀の柄に手がかかった。
三津の心臓が嫌な脈を打つ。見覚えのある光景。
―――…三津逃げろっ!
弥一もそう言うのだろうか。
自分の身を挺して私を庇うのだろうか。
また赤い飛沫を見てしまうのだろうか。
「私がどうなっても守ります。」
「やってみろよ。」
浪士の片割れが弥一の胸ぐらを掴んで睨み付けた。
もう見てられなかった。
また同じ事が繰り返されてしまう。
誰かの命と引き換えに助けられるのは嫌だ。
「駄目です!弥一さんまで新ちゃんと同じになったらアカン!離して!」
三津は弥一の胸ぐらを掴む手に飛び付いて,振り解こうと激しく揺らす。
「何しやがる!」
力一杯突き飛ばされて三津は道に叩きつけられた。
弥一から手は離れたけど,その手が今度は地に伏せた三津に伸びた。
「…てめぇこそ何してやがる。」
地を這うような声にその手がぴたりと止まる。
顔は青ざめて一歩も動けない。
三津が男達に振り返ると,首もとには刀が当てられていた。
「首…飛ばされてぇか?
今なら見逃してやる。とっとと失せるか,この世から消えるか決めろ。」『結局俺の役目はこれだったのか?』
三津を連れ去る土方の背中をただただ見つめるだけの斎藤。
「…あんたも災難だったね。」
慰めるように“さぁ帰ろう”と弥一の肩をぽんぽんと叩いた。
そして絶対にいい酒を呑ませてもらうぞと心に誓った。
土方に手を引かれて歩く三津は俯いていた。
その様子をちらちら見ながら,土方は問い詰める言葉を選んでいた。
『新ちゃんなんか初めて聞いたぞ。男か?男だろうな。』
三津に男の影を感じなかったから,恋仲がいたかどうか考えた事がなかったが,
『いつだったか…言ってたな…。』
思い出したのは芹沢達を偲ぶ宴会を開いた時,三津がぼそりと呟いた“一緒に死にたかった”と言う言葉。
その相手が新ちゃんか?
気になって気になって振り返ると,目が合った。
「何だよ。」
「いや,土方さんと斎藤さんが二人で居たのが珍しかったなって…。」
三津の癖に感づいたか。
眉間にシワを寄せて舌打ちをした。
「俺と斎藤で飲み歩いちゃいけねぇのかよ。」
掴んでいた手を投げ捨てるように離した。
『あ,酒だ…。』
斎藤との約束を思い出して,それからある事も思いつく。
二人が屯所に帰って来てから少しして,斎藤も戻って来た。
真っ先に向かったのは土方の部屋。
「只今戻りました。」
「おうご苦労。」
いい様に使っておいてそれだけか?
斎藤はむっとして口を開いた。
「二人が絡まれるようにあの道を通らせましたね?」
三津と弥一が通った道は恐喝事件が起こったり,長州藩士が頻繁に目撃されてる場所だった。
『間違いなくあそこを通るように吹き込んだんだろう。
しかも絡まれた所を助けてあいつに恩を売り,男には身を引かせるとは…。
恐ろしい男だ…。』
土方は文机に肘をついてニヤニヤと笑うだけだった。
「沖田が知ったらどうなる事か。」
「だからお前を散歩に誘ったんだろうが。
部屋に酒と肴を用意してる。いい酒だぞ。」
何だか釈然としないが約束は守ってくれたらしい。
頭を下げて,部屋を出ようとした時,
「ついでに一つ頼みがあるんだがなぁ…。」
「…内容にもよりますが。」
とは言ってみたものの,多分今回も拒否権は無い。
拒めない空気を醸し出してこう言うんだ。
「副長命令だ。」
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