「馬鹿言うな。今日も会合あるやろが。」

 
 
「馬鹿言うな。今日も会合あるやろが。」
 
 
「腹を下して臥せてるとでも言っておけ!」
 
 
桂は文をくしゃりと握りしめて朝餉も食べずに広間を飛び出した。
 
 
「まぁ……予想通りやな。」 gaapiacct.pixnet.net
 
 
赤禰が呟きその隣りで伊藤が頷いた。幾松はただ呆気に取られて桂が開け放したまんまの戸口を見ていた。
 
 
「あの文何?何が書いてあったん?」
 
 
「あれは俺らの先生の妹で玄瑞の嫁からじゃ。九一と三津さんは俺らの生まれ育った町に行っとるそ。今その玄瑞の嫁が九一と三津さんの縁組の準備進めちょるって話や。」
 
 
「久坂はんの奥さん……え?お三津ちゃんと入江はん縁組!?ホンマにくっつけるの!?」
 
 
幾松は高杉の胸ぐらを掴んだ。「本気かどうかは五分五分か。
俺宛に届いた文やけど内容は桂さんへの宣戦布告や。三津さんはこっちでいい様にするけぇ悔しかったら迎えに来てみろ。要は喧嘩売っとるそっちゃ。
もし来んかったら九一の嫁にしてそのまま萩に住まわす気やろ。迎えに来たら,そこは三津さんがどうするか決めるだけや。」
 
 
「久坂はんの奥さんもやる事が極端ね……。」
 
 
でもちょっと会ってみたいわと幾松は笑った。
 
 
 
 
 
朝餉の後,三津は散歩に行きませんかと入江を誘った。文は二人で行って来いと早々に二人を放り出した。
 
 
「二人きりになるの何か久しぶりやな。」
 
 
「ふふっ照れますか?」
 
 
「いや?これは私を抱く覚悟をしたのかなと思ってドキドキしちょる。」
 
 
「朝意味深な発言しといてよう言うわ。」
 
 
三津はぷいっと顔を背けた。
 
 
「あーあれ気にしちょったん?深い意味はないっちゃ。三津さんが本当に桂さんの妻になったら私はもう傍には居られんけぇそうなったら寂しいって思ってくれるんやろかって。」
 
 
「めっちゃ深い意味あるやないですか!一緒に居るのが当たり前になった人が居らんくなるのは寂しいに決まってます。」
 
 
怒った顔を作って入江の前に回り込んでその足を止めさせた。
 
 
「でもその寂しさは桂さんが埋めてくれるやろ?」
 
 
「何でそんな意地悪言うん……。」
 
 
「私だって言いたくないっちゃ。やけどこれも向き合わんといけん問題なんよ。
正式に妻になれば今まで通りにはいかんのよ。私もずっと三津さんの傍に居るつもりで戻って来た。やけど絶対に手ぇ出さん自信がもうないそ。
人妻にそんなんしたらどうなるか知っちょる?」
 
 
入江はなるべく諭すように優しい口調で話した。三津は最後の問いに小さく頷いて知ってると答えた。
まだ壬生に居た時,不義密通が明るみになり切腹になった隊士が居た。
 
 
「まぁ私は最期に三津さん抱けるなら死罪でも本望やけど。」
 
 
「悪い冗談は止めて!私は嫌!」
 
 
目を潤ませて怒る三津にへらっと笑ってごめんねと謝り頭を撫でた。
 
 
「私の方こそごめんなさい……。入江さんはちゃんと考えてはるのに私は何も考えてない……。向き合わなアカン事から逃げてるだけ……。このままで充分幸せやとか,これがこのまま続けばいいとか甘い事ばっか考えてた……。」
 
 
「それは私も同じや。これがこのまま続けばいいと……同じ事考えちょった。
三津……ごめんもう無理や……。」
 
 
入江は三津の手を掴むと人気のない脇道に入った。入江は三津の息が詰まるほどきつく抱きしめた。
 
 
「この旅が終わったら最後にするけぇ……。三津への想いちゃんと捨てるけぇ今だけはこうさせてくれんか……。」
 
 
「九一さ……ん……。」
 
 
三津は物凄く息苦しかった。それでも今出来るのはそれを受け容れる事で突き放すなんて到底無理だった。
 
 
「私は器用やないけ分からんそ。どうしたらいいか分からんそ。この好きの感情を捨てたら私はずっと三津の傍に居てもいいそ?
それで許されるなら好きでいるのをやめたい……。傍に居させてや……。頼む……。」
 
 
入江の想いが痛かった。苦しさが悲痛な想いがひしひしと伝わってくる。
 
 
「何で?そこまでして傍におる価値なんて私には無いのに……。」
 
 
「私にはある。やのに好きなままやと傍に居られん……。でもそんな感情なければずっと居れる……でもずっとおったらまた好きになってしまう……。なぁどうしたらいいん?」

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