研究書評



2024/07/18

長有紀枝「日本から『難民』支援を考える」『生活協同組合研究』第10巻、2022年、30-39頁

選択理由、内容総括
日本における「支援」に着目しているものであったため選択した。初めに難民の支援に取り組んだ団体は宗教団体や伝統的な団体であったことや、資金という観点でこれまでの流れが説明されていた。

内容
日本には①狭義の難民(条約難民)、②広義の難民、③第三国定中による難民がいる。①条約難民について、日本が難民条約、議定書に加入して以来、2021年末までの申請数は87892件、うち条約難民として認定されたのは915人である。また、人道的な配慮を理由に在留が認められた人が3289人である。②広義の難民について、これは日本では既に受け入れが終了しているインドシナ三国(ベトナム、ラオス、カンボジア)からの難民のみである。ベトナム出国時の当局による逮捕や拘禁・銃撃などの危険、出国後はタイの海賊による暴行と略奪、さらには悪天候、タンカーとの事故など惨状が伝えられる中、受け入れを表明しない日本政府に内外から批判が高まり、これに対応する形で閣議了解によりベトナム難民の定住を認める方針が決定された。また、インドシナ難民の中でも状況が大きく異なり、ボート・ピープルとして直接到着した人、元留学生や研修生、海外キャンプ滞在者、合法出国計画による人と、大きく4パターンに分けられる。③第三国定住難民について、まず第三国定住とは、難民キャンプ等で一時的な庇護を受けた難民を当初の庇護国から新たに受け入れに合意した第三国へ移動させ、難民は移動先の第三国で庇護やその他の長期的な滞在権利を与えられる制度である。日本はUNHCRなど国際社会の強い要請で閣議了解に基づいて受け入れを開始した。しかし、外務省は「国際貢献及び人道観点の観点からアジア地域で発止している難民問題に対処するため」とし、受け入れの対象としたのはタイまたはマレーシアの難民キャンプに滞在中のミャンマー難民のみとした。また最後に、ウクライナ避難民について、政府はウクライナの人びとは「短期滞在」の在留資格で入国しても、日本滞在を希望する場合は就労可能な「特定活動」の在留資格への変更許可を即座に受け付け、情勢が改善されない場合にはその更新も可能とする極めて異例な対応をとっている。
次に市民による難民支援活動について、ベトナム難民の支援はUNHCRや外務省から依頼を受けた宗教団体を中心とする民間団体や日本赤十字社が行った。その後、難民を助ける会を前身とする「インドシナ難民を助ける会」や「日本奉仕センター」、ピース・ウィンズ・ジャパンなどの団体が国外を中心に難民支援を行った。また、国内では、難民支援協会(JAR)や「Z世代」によって設立された非営利団体WELgee、社会福祉法人さぽうと21など、多様な団体が活動している。
さらに、このような活動を支える者として、外務省やJICAなど政府や政府系機関からの助成金、国連諸機関などからの助成金によって賄われているが、それだけでは経費全てを賄うことはできない。また、それぞれの団体が個性のある物品の販売やチャリティーコンサートなどの収益など収益事業も積極的に行っているが、主力となるのは個人や団体、企業からの寄付金である。この企業からの寄付金については、元々は大規模災害による被災者支援には集まるが、戦争に起因する難民の支援には集まりにくいという状況があった。しかし、ウクライナ危機が起こったことで、その寄付構造が一変した。ウクライナ危機は、SNSの被災者自身の発信などで瞬時に届くリアルタイムの映像、映し出される被災者など、身近に感じられたことでこのような変化のきっかけとなった。その結果、これまで難民支援に無縁であった様々な企業が、様々な団体に寄付を送った。

まとめ
私が想像していたよりも多くの団体が国内外で活動していることがわかった。日本は寄付が少ないとよくいうが、このような事実を知らないこともその要因となっているのではないかと考えた。ウクライナ危機で、現地の状況が目に見えるようになったことで寄付が増えた例のように、発信という側面にも目を向けてみたいと感じた。


2024/07/11


呉泰成「難民認定制度の当事者経験―日本の難民認定申請者への聞き取りから」『アジア太平洋研究センター年報2017-2018』第15巻、12-20頁、2017年

選択理由、内容総括
実際に日本で難民認定をして、在留資格を得た人にインタビューを行っていることから選択した。在留資格を得た、と一言で言ってもそこまでにかなり長い年月が必要である場合が多いことがわかった。制度面、運用面両方に問題があることがそれぞれのインタビューから明らかになっていた。

内容
最近「特定活動」を得て就労しようとする「偽装難民」がメディアの注目を浴びているが、難民支援協会は「難民申請を目的に国外に逃げる際に、そのためのビアが存在しない以上、難民は観光など別目的のビザを取得した上で他国に入国」するのが一般的であり、「入国時の在留資格と本人の難民性は無関係であり、その判断は個別に行う必要がある」とコメントを出している。このように在留資格、あるいは就労だけに焦点を充てて難民性に係る背景を一律に否定することには問題がある。そこで難民認定を得られなかった人が日本でどのような生活を送っているのか理解することが本稿の目的である。
調査はかつて難民申請者であり現在は人道的配慮による在留特別許可を得て日本に滞在する者を中心にインタビューを行った。
来日から在留資格を得るまでの流れを分けて考えると、日本では「難民認定判定が不認定となり、収容され、仮放免許可が出るまでの時期」、「仮放免から現在の在留資格を得るまでの時期」が長く、脆弱な立場に置かれている人が多い。
まず収容について、収容施設には、何らかの罪を犯して刑務所に入った後、刑期を終えたが在留資格がなくなっており再び入管収容施設に移管された者もいて、何も罪を犯していない人が同じ場所に収容される。すると「なぜ自分が収容されなければならないのか」考え続けることがストレスとなり、様々な病気が出る。精神安定剤などを飲まないと眠れなくなり、薬の量が多くなっていくのが多くの収容経験者が語る共通点である。
次に仮放免について、元当事者は、仕事ができないので将来の見通しがたたず安心感がいない、病気やストレスで意欲が減退し、考えもまとまらない、入管の中と外でも変わらない状況だという。また、滞在は合法であるにもかかわらず社会的に認知されず、部屋や携帯、インターネットの契約では誰かに名義を貸してもらう状況が常態化し、これもストレスとなる。
最後に在留特別許可について、在留資格を得ると生活が安定したかに見え、親族や同じエスニック集団に対する支援を期待されるが、実際まだ困窮した状態にある者が多く、負担となる。また、在留資格を得るまでに非常に長い時間がかかるため、ライフチャンスを台無しにし、機会が制限されたまま年齢だけ重ねることになる。

まとめ
日本の制度ではどの段階でも複雑な困難があることがわかった。在留資格がない状態で入管施設にいたり仮放免されて滞在したりする場合はもちろん精神的に不安定となる可能性が高いが、在留資格を得た後も資格を持たない難民を支援したり、必ずしも状況が一気に良くなるわけではなかったりすることを理解できた。
また、入管職員の態度など、今回は運用面の課題が中心だったので、制度面についても知識を得たい。


2024/07/04

福王守「人間の尊厳に基づく人権概念と日本の在留許可ー国内法および国際法を通じた比較的考察ー」『法学新報』第128巻、第10号、2022年、653-671頁

選択理由、内容総括
日本の在留許可に関する制度を調べる中で、日本の制度では人権を守ることができていないという批判を何度か見たため、この論文を選択した。この論文では人権概念の形成過程について、憲法、国際法の観点から述べられている。そしてその人権概念を踏まえた日本の在留許可について検証されている。

内容
まず人権概念について、ヨーロッパにおいて市民革命を経て、やがて市民が国民と捉えられるようになった。そしてヨーロッパではキリスト教的な観点に立脚して、神から与えられた人格の不可侵性が人間存在に固有な性格、つまり「人間の尊厳」であると把握されるようになった。この概念は自然権思想と融合して発達し、また「基本的人権」概念とも重なりながら憲法等を通じて発達していった。
次に、憲法について、19世紀の市民社会は政治的側面での合理的、合法的支配が強く求められ、法に対する客観性と合理性が要請されたが、これに応えたのが経験的事実を踏まえた実定法だった。また、市民はより具体的で国家権力と対峙しうる個人として把握されるようになったことに伴い、「個人の尊厳」概念が発展した。このような流れを踏まえ、国内社会は、人権保障の実効性を確保するために、憲法を中心とした集権的な法構造をもつこととなった。
一方国際社会では、二度の世界大戦の反省を踏まえ、人間の尊厳自体が「人類の共通利益」として、また人権問題が国内事項不干渉原則の例外をなす「国際関心事項」として捉えられていった。今日では人権は「国際管轄事項」であるとも理解されている。
そして国際社会から指摘を受けている日本の人権問題として、外国人の在留許可が挙げられる。主に難民、移住労働者が問題となってきた。難民については1951年の難民の地位に関する条約が基準となる。移住労働者については、2003年発効の「移住労働者権利条約」が挙げられている。この条約採択の背景には、欧州共同体を中心としたヨーロッパにおける70年代の急速な経済成長と地域統合の傾向が挙げられる。このとき、西側ヨーロッパ諸国は国内の労働力不足を南ヨーロッパ、北アフリカからの移住労働者によって補おうとした。一方で不法かつ秘密裏に行われる労働者の取引関与が指摘されていた。これを防止するために1979年に「全ての移住労働者及びその家族の権利に関する国際条約」が採択された。
また、出入国管理及び難民認定法について、外国人に入国の自由がない以上、在留の権利も憲法上保障されているとはいえない。そして、日本における外国人の在留許可制度は必ずしも憲法上の「個人の尊厳」または「個人の尊重」原理に照らした人権の普遍性という観点からではなく、排他的性格が強い恩恵的な観点から実施されてきた。一方で、人道的な観点に基づく対応の1つとして解されている「在留特別許可」は、退去強制の例外的措置である。さらに、2019年に改正入管法等が施行された際、法務省は「出入国在留管理基本計画」を策定したことを発表した。
まとめとして筆者は、人間の尊厳が人類の共通利益として各国において十分に受容されているとはいえないこと、その概念自体広範で曖昧な性格を含み、価値体系を構築するには至っていないと指摘されるとしている。

まとめ
人間の尊厳という概念について、日本の制度がどの程度この概念を内包しているかということを考えるきっかけとなった。一方で、「人間の尊厳に基づく人権概念の受容が求められている」という部分は理想論のように感じた。政策が常に人権を最重要視して作られているとは考えられないからだ。しかし、日本の難民認定率を他国と比べると低すぎるという現状もあるため、やはり日本でも「人権」という観点から在留許可について見直しを続けていく必要はあると感じた。

2024/06/27

洪性旭「日本社会における難民受け入れの論点ー日韓比較の可能性」『国際関係論叢』第7巻、第2号、2018年、75-131頁

選択理由、内容総括
距離が近い韓国との政策の比較がされている。日本の法制度をモデルにした出入国管理及び難民認定法を制定・運用してきた韓国が2013年から難民の保護を目的とする独立した難民法を施行したという背景があると読み、日本との比較に大きな意味があると考えた。この論文では、日本の難民受け入れの変遷の確認、東アジア初の独立した難民法を制定した韓国の事例から、官民アクターの相互作用という視点で比較がなされている。

内容
まず、日本の難民の受け入れについてメディアはネガティブな書かれ方がほとんどである。共通認識として、「日本は経済大国であり資金援助には寛大だが国内にはごく少数の難民しか受け入れない」ことがあるとされる。米国務省の「国別人権報告」でも、日本の「根強く残る人権に関する懸念事項」として「庇護希望者の収容」が挙げられている。一方、法務省やNGOが日本の空港で仮上陸または仮滞在の許可を得た難民申請者に住居、社会福祉及び法的サービスを提供する収容代替装置事業を実施している点は評価されている。
次に、日本の条約難民の認定が少ない理由として滝澤(2017)から5点挙げられている。1点目は法務省入国管理局による難民の定義が狭く、かつ難民性を判断する基準が厳しいこと。2点目は外国人の定住・永住を伴う移民政策は採らないという政府の強い方針。3点目はその底流にある「集団主義的でよそ者を排除しがちな」日本社会の移民・難民に対する冷淡さ。4点目はそもそも日本は難民にとって魅力がある国ではないこと。5点目は日本難民鎖国論といった悲観的言説による自己実現である。このような指摘がある構造的要因として、筆者は次の要因を抽出している。
・難民申請及び認定に関わる手続きのあり方の適正さを評価しフィードバックを行う独立第三者機関の不在
・日本政府ー市民社会間の認識の不一致を軽減し包括的な議論が行われるような政策手段の不在
・難民を受け入れる意思を有する地方自治体と中央政府の連携の不在
・難民受け入れを含む包括的かつ一貫性のある政策パッケージの不在
・複数の手続きにおける不透明性が存在する可能性
最後に、韓国における制度を概説し、日本との比較が行われている。韓国は、1992年に日本の入管法をモデルに「出入国管理法」を改正した。この段階では日本と同じような批判を受けた。しかし、2004年から勉強会やフォーラムが行われ、2011年には立法請願を受けた国会人権フォーラムの代表である保守系のファン・ウヨ議員が国会に法案を代表発議し、単独の難民法が成立した。この成立は、市民側のアクターが長い間草案作成を準備してきたことや、国会議員が法案成立への強い意志を持ち続けたこと、政府側アクターである法務部も、難民法自体には反対せず、情報の蓄積が行われていたことが要因と考えられている。日本にも2012年から法務省とNGO、日弁連が非公開会談を行い、継続して改善努力を行っており、近年の動向にはさらに検証が必要だとされている。

まとめ
日本の入管法をモデルにしながら独立した難民法を成立させていたことに驚いた。韓国の政府アクターと書かれていた法務部は難民法に賛成していたところ、官民の連携が密に行われていたところが日本とは違うとあったが、このような違いはなぜ生まれるのか考えたい。特にNGOや市民団体の動きは日韓でどのような差があるのか調べようと思った。


2024/06/20

萩野剛史「インドシナ難民の生活問題解消に向けた地域支援者によるサポートの特性」『社会福祉学』第55巻、第1号、100-112頁、2014

選択理由、内容総括
現地の支援者に対するインタビューを行っていたため選択した。インドシナ難民に対する地域支援者のサポートの特性(サポートの構造と他の主体による支援との関係性)を明らかにすることを目的とし、インドシナ難民に対してサポートを提供した個人と市民団体の主宰者計6名に半構造化インタビューを行った論文だった。

内容
インドシナ難民は祖国の社会主義化とそれに伴う迫害の可能性により祖国から逃れ、アメリカやカナダ、日本など祖国外での定住を選択し、各国の諸支援を用いて生活基盤を構築してきた。サポート=箕口のソーシャル・サポートの定義を踏まえ、「人びととの結びつきとこの結びつきから得られる個々の援助的な行為」としている。インドシナ難民の集住地である神奈川県A小地域で、サポートを提供した個人と市民団体の主宰者計6名に半構造化インタビューをするという方法がとられた。得られた回答をカテゴリーに分けて分類した。
まずサポートの要素について、萩野によるサポートの要素の分類は次の3点である。1点目は生活基盤の確保、2点目は環境との相互作用、3点目は日々の生活の永続である。地域支援者が提供したサポートの要素もこの3点に分類されていた。1点目の生活基盤の確保につながるサポートが多かった。次に機能について、古川によるサポートの機能の分類によると①直接援助機能、②媒介調整機能、③管理運営機能と分けられる。この分類では管理運営機能に当たるサポートがなく、ほとんどが直接援助機能や媒介調整機能の役割を果たしていた。
次に地域支援者が提供したサポートと他の支援主体による支援との関係性についてである。これは高杉の「難民支援エコロジカル・システムモデル」を分析枠組みとして用いており、難民を取り巻くシステムを「ミクロレベル」、「メゾ・マクロレベル」、「社会レベル」に区分している。ミクロレベルは「各レベルで生じる問題と必要な支援をそれぞれ難民個人が社会環境との相互関係に生じる問題の解決」、メゾ・マクロレベルは「難民グループやコミュニティが社会環境との相互関係に生じる問題の解決」、社会レベルは「社会環境内の問題の総合的解決」である。国際交流協会は、地域づくりが主な事業であり、社会レベルに対応していた。NGO・NPOは各領域における活動として社会レベル、メゾ・マクロレベルに対する支援が行われている。他のNGOではミクロレベルに対する支援も実施されていたため、NGO・NPOは全てのレベルで支援を行っていることがわかる。地域支援者は、主にミクロレベルに対するサポートをしている。NGOと類似することが多いが、周辺住民との関係構築の促進が多いことがちがいである。
結論として、明らかになったことは大きく3点挙げられていた。1点目は地域支援者のインドシナ難民へのサポートは、生活基盤の確保、環境との交互作用、日々の生活の永続から構成されているということ。2点目は国際交流協会は主に社会レベル、NGO、NPOは社会レベル、メゾ・マクロレベル、ミクロレベルに対する支援、地域支援者は直接援助機能と媒介調整機能を以てミクロレベルに対する支援を行っていること。3点目は地域支援者が提供するサポートは管理運営機能が弱いことである。また今後の課題として、神奈川県A小地域のみを取り上げたため一般化には至らないことが挙げられていた。

まとめ
そもそも日本に定住するとなった難民はある地域にまとまって住むことが多いのか、逆にどれくらいの人が個別に住んでいるのか疑問に思った。集住の場合とそうでない場合を考えると支援の方法が大きく変わりそうだと感じた。海外では日本より多くの難民を受け入れている国があるため、海外における両者の違いも気になった。

2024/06/13

Meryll Dean, Miki Nagashima, Sharing the Burden: The Role of Government and NGOs in Protecting and Providing for Asylum Seekers and Refugees in Japan, Journal of Refugee Studies, Vol. 20, No. 3, 2007

選択理由、内容総括
現地での活動に関する論文が見つからず、日本における難民受入制度について考察されているものを読んだ。これまでの日本の法改正やNGOの役割について考察され、政府としては財政的貢献を行い、保護と支援はNGOに転嫁したと批判されていた。

内容
日本の難民受け入れの歴史は浅い。1956年に国連に加盟したが、1951年条約と1967年の議定書の締約国となったのは1981年からである。戦後、1970年代半ばにインドシナ難民が日本に上陸し始めるまで日本は難民問題に直面する必要がなかったため、当初は受け入れに消極的だった。
2004年時点で人口は1億2780万人であり、そのうち99%が日本人、残りの1%は韓国人、中国人、ブラジル人やフィリピン人が占めている。彼らは移民とは区別されている。
1981年の出入国管理及び難民認定法(ICRRL)は入管法を改正したもので、出入国在留管理法と行政が密接に結びついている。そのため、難民認定プロセスは出入国管理法と同義語と見なされるようになった。
また、そのような自民党による政策は批判されてきた。1981年の第94回衆議院外務委員会の審議で、土井氏はICRRL草案を「宗派的、排他的、独善的」と特徴付けた。そこでは①難民認定のための独立した意思決定機関が存在しないこと、②難民認定の拒否に対して不服を申し立てるための短い期間(7日間)、③不服申し立ての結果が出るまで退去強制手続きを停止しなかったこと、④医療、国民保険、社会扶助などの社会サービスへのアクセスが保証されていないことなどが指摘された。
2002年7月には自民党が「難民問題に関する基本原則」、公明党が「難民政策の見直しに関する政策提言」、8月には民主党が「難民生活支援に関する中間報告」を発表した。
次にNGOの役割について、日本で難民支援を目指すNGOの大半は、公的・民間のドナーから資金援助を得るのが困難だった。政府は1989年からNGO無償資金協力事業を実施してきたが、これは海外で活動するNGOのみを対象としており、日本国内で活動するNGOは対象ではない。その中で難民支援の継続に成功しているのは日本福音ルーテル協会、難民支援協会、全国難民弁護団連絡会議などである。また、2004年には難民支援を行うNGOの統括組織として日本難民評議会が設立された。彼らは内閣官房の難民政策調整会議において、常任の諮問・参加資格を得ることを望んでおり、それが上手くいけばNGOの活動が強化されるだろうとしている。さらに政府との協議プロセスにも焦点を当て、難民政策、支援、保護のあらゆる側面について有意義な対話を行うことを可能にする。これは日本におけるNGO活動の水平的性質と行政・閣僚的行動の垂直的性質とのミスマッチを解決するはずだとしている。
まとめとして、日本には他国からの認定された難民を受け入れる再定住プログラムがないことが指摘され、資金援助による貢献はできているものの受入の支援がやはり必要であるとしている。また、日本が難民の受け入れを拒むことで難民が日本近隣で日本より貧しい国に行くことで、その国の負担が大きくなってしまうことも指摘されている。

まとめ
日本の難民受け入れ制度について興味を持ったので一部ではあるが背景を学ぶことができた。ノン・ルフールマンの原則が日本では守られていないという指摘があったように難民保護政策が充実していないため、強制送還となると難民はまた不安定な国で暮らすことになってしまう。これまで国はNGOの支援に頼ってきた側面が強いとわかったのでその部分をもう少し詳しく知りたい。


2024/06/06

桑名恵「人道支援における『現地化』の潮流と課題:世界の動向と日本のNGOをめぐる状況からの考察」Journal of International Studies、4号、2019、111-128頁

選択理由、内容総括
人道支援について、国際機関や政府が中心となった支援から現地のNGOが中心となった支援への移行が話題となっているが、そこにはどのような課題があるか知るためにこの論文を選択した。この論文では国際援助機関の政策文書の整理、日本政府や国際NGO関係者へのインタビューからの分析が行われ、展望を考察している。

内容
まず人道支援の「現地化」が必要とされる背景として、2005年から2009年にかけて20ヶ国で人道支援を受けた6000人にヒアリングしたリスニングプロジェクトで、「多すぎる」支援が「迅速すぎる」形で提供されたと感じているという意見があった。また、同報告で、「支援がポジティブな経済的、社会的、政治的な変化をサポートする効果的な手段となるには、根本的な変革が必要である」というメッセージが伝えられている。さらに、必要とされる人道支援は「外部主導の配給システム」ではなく現地の人びとを仲間として共に意思決定をし、彼らの持つ能力をサポートする「協調的な支援システム」だということが提唱されている。他にも、紛争地では国際組織が攻撃の対象となり、職員を派遣できないなど、活動する場所が極度に制限され、「現地化」が進んでいることも、国際NGOと現地組織との連携の必要性が高まっているとしている。
次に、人道支援の「現地化」に向けた世界での実践として、2015年の「変革のための憲章」という、現地化を促進するために必要なコミットメントとして現地NGOへの直接的資金の増加、能力強化など8つの方針が、252組織によって承認された。また、The Start Networkという人道支援改革のために複数のNGOで設立された組織は基金を設立し、現地の委員会が緊急時のアラート発令後72時間以内に助成する仕組みを整えた。一方で、安全上危険な地域では国際組織が直接入って活動しにくいために現地組織との連携が必要な手段として進んでいる地域もあるが、深刻な問題が生じると国際スタッフは退避し、現地組織が最前線に残って活動を続けることになり、結果リスクを負わせることになる。実際に現地スタッフの死亡率は高い。
次に、日本のNGOをめぐる「現地化」の実践として、日本政府はグランド・バーゲンという、2016年の世界人道サミットで主要な資金拠出国と国連機関によって合意された文書の調印国である。外務省国際協力局緊急・人道支援課へのグランド・バーゲンの日本のODA政策への反映の状況を尋ねたインタビューによると、他国では「現地化」を政策に明確に落とし込む段階には至っておらず、日本としても大きな進捗は見られないことがわかった。また2019年に外務省とNGOが連携のあり方を議論する連携推進委員会「現場でのパートナーシップ構築の促進」が提言された。そして日本のNGOの人道支援で「現地化」を進めにくい状況原因が2点挙げられている。1点目は日本のNGOの主体性確保に重点が置かれていることである。これは制度上、事業実施のコントロール権の多くを日本のNGOが握っていないと助成を受けにくく、現地組織にリーダーシップを移譲し国際組織は裏方やファシリテーターに回り現地アクターを支える事を重視する事を重視する、連携関係が構築されにくいという問題が発生する。2点目は一般管理費の方針である。日本のNGOのみが対象となる一般管理費とは総務や人事、経理など管理部門の費用であり、人件費や事務消耗品費が含まれる。2019年にこの割合が高くなったが、日本のNGOだけが能力強化され、現地NGOは組織の基盤強化に充てる費用が少ない状態になる。将来的には現地の一般管理費が考慮される必要があるとしている。
最後に、国内災害における人道支援の「現地化」の実践として、東日本大震災以降の国内の人道支援を例に説明している。そこでは海外で考察した現地化の課題を乗り越える形で外部組織と現地組織の連携相乗効果を引き出す実践がされている。
まとめとして、現地政府が外部組織による介入を好まず、現地組織主体の対応を前提とする体制を推し進め、国際組織の役割の変革が求められる時代になっているとしている。又、日本の国内災害では「現地化」への対応が円滑に行われていることを考えると、国際人道支援で「現地化」を世界共通の課題テーマとして掲げなければならないのは、国内にはない様々な制約が存在すると言うことである。(資金、外交方針、治安など)ここでは支援提供側から考察されたが、現地組織の視点からの「現地化」の展望の分析は今後の課題としている。

まとめ
緊急事態に対して外部介入中心の支援を行うことの課題と、人道支援の「現地化」に向けて国や国際機関が様々な政策文書を作成していることがわかった。また、「現地化」に向けて何が課題となり得るか理解できた。しかし、筆者も最後に述べているように、実際に現地の組織に所属する人たちは「現地化」の動きをどう評価しているかについて、また日本で「現地化」に成功したといえる東日本大震災時の現地の人びとの受け止め方については考察されていなかったため、次回は現地の視点から書かれている論文を探したい。



2024/05/30

Amanda Murdie, Scrambling for contact: The determinants of inter-NGO
cooperation in non-Western countries, The Review of International Organizations, Vol.9, 309-331, (2014)

選択理由、内容総括
前回までは国連安全保障理事会の機能について考察された論文を読んだが、今回からは実際に紛争地などで活動しているNGOについての論文を探す。本論文では、NGO間協力が人道的成果にもたらすプラスの効果が大々的に宣伝されているにもかかわらず既存の研究では特に国境を越えた協力の決定要因についての考察がなされていないという問題意識を持った筆者が、NGO間の協力には信頼と機会の両方が必要であるということを主張する。

内容
NGOはあらゆる社会サービスを行う一方で、監視がほとんどない状態で何百万ドルものドナー援助があった場合詐欺やマネーロンダリングなどで批判される。NGOへの援助の「市場構造」の問題は、「利己的な行動、INGO間の競争、貧弱なプロジェクト実施」を生み出すとされている。一方NGO間の協力は政治的行動と社会的成果を変える可能性がある。
これまでの研究について、まずEbersは協力がかつての競争相手までも「同盟者」にするのに役立つとしている。これは国家間の同盟パターンに似ている。つまりたとえ2つの国家が外交政策の意思決定において完全に同盟していなくてもしばしば約束を形成し実行するということだ。また、DeMarsは、NGO間の協力は「規範的枠組み、物的資源、政治的責任、情報」という4つの資源を組織に提供すると論じている。さらに、筆者は先行研究から2つの仮説を立てている。1つ目は「NGO間の協力は、ガバナンスの質が高いほど起こりやすい」こと、2つ目は「NGO間の協力は人道的介入の際に起こりやすい」ことである。
筆者は、2つの仮説を検証するため、まず従属変数としてINGO(国際非政府組織)研究の標準的な情報源である『2001/2002年版国際組織』に掲載されている33524の団体すべての名前をリスト化した。そしてそれらがニュース記事で言及されている出来事を提供してもらい、従属変数とした。そして、仮説1のために国内のガバナンス、仮説2のために人道的軍事介入かどうかを数値化した。
結果、2つの仮説を支持することができ、全体として①ガバナンスの質が高まるにつれて、②人道的な軍事介入者がいる場合に、NGO間の協力の可能性が高まることを統計的に示している。また、国内により多くの組織が存在すると、NGO間の協力の機会が増える。さらに、NGOの市場ベースの構造がNGO間の協力の可能性を減少させているという証拠は見当たらなかった。
結論として、今回の理論的議論は信頼と機会の概念的概念に焦点を当てており、ガバナンスの質が高いことによって組織間の信頼関係が高いことと治安と調整のリソースを提供する人道的軍事介入によって機会が高まることで、NGO間の協力が発生する可能性が高くなるとしている。今後の展望として、出身国の特性とNGOが活動する地域の特性を融合させた研究、NGOと軍事アクター、NGOと国家アクターの連携などを検討する研究も期待できるおしている。

まとめ
今回、NGO間の協力が人道的成果にもたらすプラスの効果が大きいことが長い間言われてきたにもかかわらずこの協力の決定要因についての研究がほとんどなされてこなかったこと、信頼と機会が協力の要因になることが統計的に説明できたということがわかった。質的なことを数値化して統計を取るという研究だったので、これからの研究に活かしていきたい。




2024/05/23

Eva Parvanova, Reforming the United Nations Security Council: cross-country analysis of a G-4 potential permanent membership, Journal of the Bulgarian Geographical Society, Volume 49, 2023, 69–77
日本語タイトル:国連安全保障理事会の改革:G4常任理事国候補の国をまたいだ分析

選択理由、内容総括
前回は国連安保理が実際には機能している部分があるという論文を読んだので、今回は安保理の改革について、G4の分析を行い、常任理事国のメンバーの入れ替えや拒否権の廃止などを検討している論文を選択した。

内容
方法として、1945年の国連安保理設立以来、その構造と意思決定方法の改革の必要性、国連安保理の実効性におけるギャップを克服すること、常任理事国に加入する正統な権利の基準を分析する。国連安保理改革研究のカテゴリーには、正当性や効率性、(非)平等な代表性の問題などのトピックが含まれる。
LangmoreとThakurは国連安保理の選出理事国を10議席から18議席にし、在籍期間を2年から3年とすることを提案している。Mahbubaniは常任理事国の拡大を含む構造改革(国連憲章の改革)が必要であると指摘している。そして7つの常任理事国、7つの準常任理事国(隔年で同じ28ヶ国のグループから)、残りの国連加盟国から7つの選挙で選ばれる理事国で構成される新しい国連安保理を提案している。
次に投票制度の改革である。このほとんどは国連憲章の改革を伴うので構造改革と見なすこともできる。Caron、Cox、Nadinは憲章の改正なしに拒否権の取り決めの改革を主張している。
東西対決の終結後、1991年から1995年にかけて、国連安保理は過去40年間よりも多くの平和維持活動を承認した。その議題は人権、人道的介入、HIVや環境保護などの問題も含むようになった。ロシアのウクライナ侵攻後、安保理は冷戦期の膠着状態と似た状況に直面しており、2022年5月時点でロシアは121回拒否権を行使している。国連安保理の理事国が15カ国に制限されているという事実は、脅威が顕在化した瞬間から非常に短い時間で会議を招集できるという利点を与えている一方、常任理事国の数が限られているため、世界の地域全体が過小評価されているか、代表されていない。公平な地理的分布の基準は国連憲章第23条にも含まれている。
2004年、日本、ブラジル、ドイツ、インドはG4を発足させた。国連安保理の理事国を合計25カ国に拡大し、6カ国の常任理事国、4カ国の非常任理事国を新たに設けることを提案している。また、G4のライバル(アルゼンチン、イタリア、パキスタン、韓国、トルコなど)が率いるUFC連合は、国連安保理の選出理事国を20ヶ国に拡大することを提唱する。さらにアフリカ連合は大陸に完全な拒否権を持つ2つの常任理事国と少なくとも3つの非常任理事国が与えられることを主張している。
G4の分析として、まずドイツは経済リーダーであり、国連平和維持活動にも貢献しているが、代表性の原則を考慮すると、すでに欧州からフランスと英国の2ヶ国が参加しており、もしドイツが参加すれば大陸の過大評価とされる可能性がある。日本は経済面、平和維持活動予算への貢献度が高いが、憲法の影響で予算面のみでの貢献である。インドは軍隊などによる平和維持活動への貢献度が高く貧困も解消されてきたが、パキスタンとの関係から平和主義国とは言いがたい。ブラジルが参加すれば地理的な代表性が高まり、軍事力の面でも高い貢献をし、核不拡散条約にも署名している。(平和維持予算については低いレベル)
常任理事国の見直しや拒否権を廃止して特定多数決方式を導入すること、常任理事国の基準を導入することが必要な改革である。この先その測定方法は何かを検討する必要がある。

まとめ
安保理の仕組みがどのように再考されているか理解できた。常任理事国が決まったのは80年ほど前であるため、見直しは常にしていく必要があるのではないかと感じた。国の入れ替えだけでなく、地域の平等性を担保するための拡大等も検討されているが、これほどの大きな変更は新たな軋轢を生むこともあると思うので、慎重に行う必要がある。もっと多くのことを学び、よりよい制度について考察していきたい。


2024/05/16

望月康恵「国連の安全保障理事会の『機能』の再検討―ウクライナ情勢を事例として―」『法と政治』関西学院大学、第73巻3号61-90頁, 2022年

選択理由
国際法の整備などが進んでいるにもかかわらず紛争など市民への攻撃が止まらないことについて、国連の安全保障理事会はしっかり機能しているのかという視点に立って論文を探した。

内容
初めに国連安保理の機能についての議論として、拡大と機能不全に分けて述べている。拡大は国連憲章に定められた権限について、立法、行政、司法的機能を担う実態に着目するが、拡大する機能に対しては懸念もある。一方機能不全は、広く捉える場合と狭く捉える場合に分けられる。前者は国際の平和と安全の維持に安保理が主要な責任を担えない実態や原因について注目し、組織の改革の必要性を訴える。つまり構成国の増加について提案されるが、そうすれば安保理がより機能できるようになるのかについてはまだわかっていない。それよりも組織の平等性や代表性の確保が強調され、安保理の不平等な構成を変えることが重要視される。後者は拒否権の行使により決議が採択されないことに着目する。しかし、個々の決議に着目するより、常任理事国間の関係性や交渉や議論における安保理の役割など、国際的な場としての安保理の機能への着目の重要性が指摘される。
次に、拒否権行使について、決議案が採択される場合に拒否権行使が事前に明らかな場合には、決議案の採択そのものが回避されるので、その観点からのみ安保理の機能不全を論じることは十分な説明にはつながらないとしている。
さらに、逆に安保理での決議の採択は安保理の機能を証明するのかという問いに対して、むしろその決定について論争を生じさせてきたということを、湾岸戦争と2003年のイラクに対する軍事行動を挙げて説明している。
最後に、拒否権行使の説明責任について、2022年4月に、総会において「安保理における拒否権行使の場合の総会討議の常設の職務権限」という決議が採択されたことを強調し、この一連のプロセスで他の加盟国から判断されることになるとしている。例えば、他国も説明をした国へ主張することが可能であり、加盟国による法的論証の機会でもある。そして拒否権行使について理事国からの説明をデフォルトとし、その説明について総会で評価を行うことも可能とする。常任理事国が行った行動の法的論証を行いそれについて熟議されることは、国家の主張や行動の合法性を検証することであり、国際の平和と安全の維持に向けた役割確認と言える。

まとめ
これまでは拒否権があることで安保理は担うべき役割をほとんど担えていないのではないかと考えていたが、説明責任を負わせるという新しいルールができたことや公式・非公式の話し合いが行われていることから各議題についての熟議が行われているということがわかった。一方で、「熟議」は時間がかかるというデメリットもある。現在人道危機と呼ばれる状況の中で、その状態をそのままにしておいて話し合うことには限界がある。



2024/05/09

山本哲史「国際難民法研究の展開と課題―難民概念、難民出身国の責任、および、難民保護の性質の問題を中心にー」『Discussion Paper for Peace-building Studies』、11巻、2008

選択理由、内容総括
国内避難民から範囲を広げて、これまでの国際難民法研究がどのように行われ、課題は何なのかということについて書かれた論文を選択した。難民についての研究は国内避難民より以前から存在し、深く関連があると考えたからだ。国際法学の中で孤立した分野であった難民法というあり方が限界に直面しているという事実から始まり、難民概念や難民発生国の責任をどのように法的に根拠づけるか、そして難民に与えられる保護の性質と根拠についての学説がどう展開したかを概観し、今日的な課題を指摘している。

内容
R.Y.ジェニングスによる「難民問題の国際法的諸側面」(1939)では、容易には回復しがたい形で「通常の法的生活」を送っている者が、条約上捉えうる難民だとしている。1930年代までの国際社会には1951年の難民条約のような普遍的な条約は存在しないが、大量難民流出に関する難民出身国の責任の問題を議論している点で今日に通じる。「難民集団を生み出す国家の合法性または違法性」の問題を指摘し、「難民を他国へ意図的に流出させることは、特にその難民が困窮状態で他国へ入国することを強制されている場合は、単に衡平を欠く行為に止まらず、実際の違法性を構成するものとして捉える十分な理由があると考えられる」と述べる。ここでは、難民を、主権国家が国際法上行うべき適切な処遇を行っていない「例外的存在」として捉えている。
次に戦後欧州の難民政策について、1951年難民条約では難民の定義を「国籍国の保護を受けることができないもの又は‥国籍国の保護を受けることを望まないもの」(保護欠如要件)とし、そこでは難民流出国の責任を問うことなく難民の地位を決定し、難民受け入れ国の義務を問うことが可能となっていた。つまり迫害要件を理由に、個人がその国籍国外において国籍国によって与えられる保護を受けることができない者を難民として保護するというものであったため、国外における状態が中心的に問われることになった。P.ヴァイスは、外交的保護の利益を享受することができないことが難民のエッセンスであると指摘したが、これは難民を乗せた船を追い返すなど庇護申請者をなるべく遠ざけるための技術が発展した現在では適用できない。また、彼らの理論は、事実上の無国籍者である難民に対して与えられる国際的保護の性質及びその付与の理由が明確にされていないとして、70年代までの国際難民法研究が難民に対する国際的保護の性質と、逆にそのような国際的保護の対象であることを手がかりにしてどのように難民を把握するべきかという問題に十分に取り組んでこなかったと指摘している。
さらに、1980年代、これまで注目されていなかった難民の流出原因が議論の対象として扱われるようになった。国連では1981年に「人権と大量流出に関する研究」報告書が出されたが当然の内容確認に過ぎなかったため酷評された。一方西ドイツ主導で難民発生国の国際法上の責任を問いその予防に努めることを試みるプロセスが行われた。どちらも難民を「負担」として捉えていた。
その次の段階として、J.C.ハサウェイが「難民法に内在する前提の再考」(1990)において難民条約が冷戦期の国際政治情勢に大きく影響され、欧州中心主義であったと指摘した。また、「難民の地位の法」(1991)では本国において基本的人権の侵害またはその危険があり、かつ「国際社会によって認められた基本的権利の保護を国家が持続してまたは組織的におこなっている」ことを難民性の必要条件の1つとして捉える、人権保護欠如説ともいう立場をとった。しかしこれは人権の改造性を全体とする内容を含んでいる。
まとめとして、80年代以降の社会の情勢変化の中では、庇護申請者を領域から遠ざけようとする力が働いていることを考慮に入れて研究が取り組まれるべきだとしている。

まとめ
戦前期から国際法という視点での難民に関する研究があったということがわかった。また、そこから現在までにどのような理論があったのかを確認できた。「難民の地位に関する1951年難民条約」や1967年の「難民の地位に関する議定書」などを解釈するだけでは近年の課題は解決に向かわないということがわかった。論文にあった、難民条約の対象者には該当しないが国際的保護を必要とする人々に対する「補完的保護」についても調べたい。


2024/05/02

真山全「文民保護と武力紛争法―敵対行為への直接的参加概念に関する赤十字国際委員会解釈指針の検討―」『世界法年報』第31号、2012年、129-158

選択理由、内容総括
国内避難民は戦闘に関わらないため民間人、文民という分類をされる。文民保護と戦時に適用される国際法である武力紛争法はどのような関わりがあるのか知るために今回の論文を選択した。この論文は、赤十字国際委員会(ICRC)が2009年に発表した『国際人道法における敵対行為への直接的参加の概念に関する解釈指針』を基に、保護する責任の中の文民保護と武力紛争法における文民保護の関係について考察し、ICRCの解釈指針の評価を行ったものである。

内容
まず保護する責任の概念における文民は、「個別の状況下で危害を加えられるべきではないと考えられる者全て」である。保護する責任の考え方の中心には、「生命や身体に対する大規模で深刻な侵害において領域国が被害者を効果的に救済できないときには、救済の措置をとる責任が国際社会その他に移転する」というものがある。
武力紛争法は、武力紛争当事者に属する者を二者に大別する。1つは敵対行為への参加資格を有し、敵対行為に参加したことで法的責任を追及されることはないが攻撃の目標となる者、もう1つはそれ以外の者であり、前者が戦闘員、後者が文民と呼ばれる。この武力紛争法での文民保護について保護する責任との違いは、保護対象がより限定的だということと、主に不作為から構成される意味で消極的な措置であるということだ。保護対象がより限定的というのは、武力紛争法が文民とするのは、厳密に言うと国際的武力紛争のみであるからだ。不作為から構成されるというのは、「国際的と非国際的の武力紛争のいずれにおいても武力紛争当事者が文民に対し暴力行為を向けないという不作為の義務からなる」ということである。これはつまり、その区別を武力紛争当事者に求めているにすぎず、保護する責任における積極的な措置とは異なるものとなる。
次にICRC解釈指針の要点があらわされている10の勧告の中の2番目に、「非国際的武力紛争での反徒やいわゆるテロリストのような人々は武装集団の構成員であることから敵対行為への継続的参加が推定され、従って文民性を喪失するという構成員性(membership)基準を取り込む方向が示されている。」という文言がある。つまり、武装集団はその機能から軍隊と同じであると見なされ、その構成員も文民とはされないということである。
次に、人的攻撃目標の選定基準についてである。まず国際的武力紛争とは一般的に「国家、交戦団体、及び自決権行使団体という武力紛争法適用上対等とみなされる主体間の武力紛争」とするのが妥当である。また、戦闘員は「軍隊の構成員であって衛生及び宗教要員を除く者」である。ここでは、敵対行為に参加しているかどうかは関係がなく、軍隊構成員である戦闘員であるというだけで人的攻撃目標になるとう、構成員性基準が適用されてきた。一方で非国際的武力紛争では、当事者が法的に非対等であるから、上記のような戦闘員の存在は基本的に考えられず、文民の概念もない。そのためジュネーヴ諸条約共通第3条では「敵対行為に直接に参加しない者」の人道的取扱という表現をとっている。一方ICRC解釈指針の1987年の追加議定書注釈書は、文民は「敵対行為に直接参加していない限り」保護されるとしている。
また、武力紛争法において暴力行為には2種類ある。1つ目は国家の正規軍同士でなされるような、武力紛争法が許容する限りで制限のない暴力行為であり、敵対行為は本来これを指す。2つ目は当事者間に法的対等性がない場合に、国家の軍隊や警察が国内法を執行する形で行われる行為である。前者を敵対行為型暴力行為、後者を法執行型暴力行為と呼ぶ。
筆者は、ICRC解釈指針について、敵対行為参加要件の明確化を通じて人的攻撃目標範囲を狭くすることを試みている部分は肯定的に評価した一方、指針が構成員性基準適用を公然と行ったことには留意するべきだとしている。

まとめ
今回は、『国際人道法における敵対行為への直接的参加の概念に関する解釈指針』という資料の分析を行った論文を読んだ。伝統的な戦争の形をとらない敵対行為が増えているため、このように新たな解釈について考え直す取り組みは必要不可欠であると感じた一方で、少しの解釈の変更が、捕虜や文民の扱いを大きく変えてしまう可能性があることがわかった。
個人的に、論文を理解しきる知識量がなかったため、今回わからなかったところを補強しつつ進めていきたい。


2024/04/25

堀江正伸「国内避難民と国際社会―支援、保護に関する規範の視点から―」『社学研論集』25巻、2015、17-32頁

選択理由、内容総括
今回の論文を選んだのは、デンが中心となって編纂したIDP(国内避難民)指導原則の基盤となっている国際人道法、国際人権法について、IDPの保護との関わりを確認するためである。内容としては、IDPの問題の根底にあること、現存する条約をIDPにどう適用できるのかという考察、保護という概念はどのように理解されているかということが書かれていた。

内容
国内避難民の保護について国際的な注目が集まり始めたのは1990年代頃からであったが、これは、東西冷戦時代の紛争の結果としての人道に関する問題が、国際社会全体ではなく、東、西というブロックの中だけで管理されていたことが原因である。冷戦終結後は国連総会で取り上げられるなど、国際的な注目を集めるようになった。
例えば、UNDP発行の1994年版『人間開発報告書』では「人間の安全保障」という概念が国家の安全保障と対比されて取り上げられた。また、1990年代初頭には国連の主要な活動5分野の1つである人権分野からもIDP保護への声が高まった。さらに、1998年には、デン主導でIDP指導原則が作られ、国連システム内外において広く参照される国際的な規範となった。この基盤となった国際人道法、国際人権法からIDP問題を考えると、まず国際人道法は、1864年の赤十字条約を起点としており、紛争被災者の保護を目的とするジュネーブ法、紛争の方法そのものを規定するハーグ法に分かれて発展した法である。IDPは戦闘当事者ではないのでジュネーブ法をみると、1949年に締結されたジュネーブ諸条約のうち「戦時における文民の保護」を規定している第4条約が適用されうる。一方国際人権法は、紛争時に適用するという条件はなく普遍的に適用される。第13条に「人びとは各国の境界内において自由に移転及び居住する権利を有する」とあり、強制移住からの保護に関する規定がある。これらの条約はIDPにも適用できるが、難民化した際の受け入れに関する問題を懸念している国もある。
また、国際法協会でも、国際法のIDP問題への適用が検討され始めた。1992年にIDP委員会が設置され、『国内避難民に関する国際法原則宣言』が検討された。ここで特徴的だったのは、国家に加えて事実上の当局も宣言を遵守する主体とされていることと、人道的支援が内政干渉とはならないとされたことである。
次に、国連はどのようにIDP問題を収束させるかということにも取り組んできた。この問題が終了したと判断するには3つの基準が必要であると、Mooneyは述べている。1つ目は、強制移動の原因となった問題が既に消滅しているか否かということ。2つ目は、IDPが自己努力で問題を解決できる能力があるか否かということ。3つ目はIDPに対する支援の必要性である。そして具体的な解決策として、自主的帰還、避難した場所での定住、国内の別の場所での定住の3つが挙げられている。しかし、これらの検討は、反対に言えば「いつIDPの支援を打ち切るか」ということになる。さらに、上記の条件が満たされたとしても、元IDPが十分に生活できるのかという問題も残っている。
また、人道支援、保護という言葉の定義にも言及している。まず人道支援について、これは機関やドナーによって異なるが、決議46/182では「人命を救い、危機に瀕した人たちの苦痛を軽減することを目的に行う支援」であるとされた。また、1999年にIASCメンバー参加のもと、赤十字国際委員会主催のワークショップにて合意された保護の定義として、「関連する法(つまり人権法、国際人道法および難民法)の文言と精神に従い、個人の権利の十分な尊重を確保するための全ての活動を含むものである」というものが一般的である。

まとめ
今回は、主に国連の今までの取り組みについて理解することができた。ジュネーブ法の「戦時における文民の保護」がIDPに適用されうることは学んでいたが、紛争時の規定ではない国際人権法第13条の、居住の自由も適用しうるということを新しく知ることができた。これらの既にある条約の問題点についてはさらに詳しく調べていきたい。

2024/04/18

永田高英、島田征夫「国内避難民の保護と不干渉原則」『早稲田法学』74巻1号181-200頁、1998年

選択理由、内容総括
今回この論文を選択した理由は、国家間の不干渉原則が、武力紛争が理由で国境を越えずに避難している国内避難民を保護するに当たってどのような影響があるのか知るためである。主な内容は国内避難民の保護に関して、国家や国際機関の法的な関係とその役割についてであった。

内容
国内避難民の問題に人権保護の観点から取り組んだのは、1991年の決議の頃からであった。その原因は、実効的な対応が領域国の主権によって阻まれてきたことにあった。このことから国内避難民の概念には確定したものはまだないが、必ず含まれる要素は、強制的に移動させられていることと、国境を越えていないことである。
次に、国内避難民の問題について考えるにあたって強調するべきは、領域国には国内避難民の保護に関する主要な責任があるということであるが、以下の2点に注意しなければならない。1点目は、領域国を代表する正統政府の所在または存在そのものが不確かな場合があることだ。事実上支配している組織は、国内避難民を発生させている主体である一方で、その協力がなければ国際的な援助もままならない。2点目は、武力紛争時、領域国が国内避難民の保護について責任能力を有しているか、また十分な対応を行う意思を持っているかという点である。これらのことを考慮すると、領域国に責任があるとはいえ他国や国連が関与することが重要となる。
さらに、国内避難民の保護について大きな壁と見なされてきた不干渉原則は現代変化し、これを有効に援用するためには、問題となっている事項が国際法の規律を受けていないという消極的な理由だけでは十分ではないとされるようになった。
そして、人道的援助の様態には3つあるという。1つ目は古典的な人道的干渉であり、これは名目上は被干渉国の国民の保護のために武力をもってする、強制的な介入である。2つ目は純粋に人道目的の援助であり、これは生命の危険にさえ直面する避難民に対して、国連を中心として中立・無差別の原則の元で食糧や医薬品などを供与する活動であって、それ自体は強制的な介入という要素を伴わない以上、国際法上禁止された違法な干渉とは言えないとされる。3つ目は、安全保障理事会の強制措置としての人道的援助である。この措置をとるためには単に人道に関わるものであるとするだけでは不十分であり、「国際の平和と安全の維持」のためという要素が必要であると考えられている。

まとめ
今回は、国内避難民を保護する責任はどこにあるのか考える際に、まずその避難民が住んでいた国に責任があるということを忘れてはいけないことを確認できた。一方で、純粋な人道目的での援助について、「領域国は人道的援助の申し出に誠実に対応する義務を負う」とあったが、誠実とはどのような対応か、また対応しなかった国に対する動きは把握できなかったため、今後の課題としたい。

2024/04/11


墓田桂(2015)「国内避難民問題とは何かー限界の認識とともに」『成蹊大学一般研究報告』第48巻第6分冊 1-14頁

選択理由、内容総括
今回この論文を選択した理由は、国内避難民の研究を進めるにあたって、その定義やどのような政策的議論が行われているかを知るためである。この論文の主な内容は責任、国家の枠組み、国連それぞれの限界についてであった。世界が主権を持つ国家によって区切られている以上必ず存在する保護の限界を認識することができた。

内容
まず、国内避難民とは、「国内にあって難民化した人々」(緒方1995)または「特に武力紛争、一般化した暴力の状況、人権侵害もしくは自然もしくは人為的災害の影響の結果として、またはこれらの影響を避けるため、自らの住居もしくは常居所地から逃れもしくは離れることを強いられまたは余儀なくされた者またはこれらの者の集団であって、国際的に承認された国境を越えていないもの」(「国内強制移動に関する指導原則」1998)だとしている。また、移動者ゆえの脆弱性に直面している。一方国際法では、「難民」の要件の1つに国籍国の外にいることが挙げられている。これは裏を返せば、自国を離れない限り、他国による庇護と国際的な難民保護制度が適用されないことを意味している。
筆者は次に、「責任」という言葉に注目している。国内避難民問題担当事務総長代表を務めたF.デンらは、主権国家を保護の第一義的な責任主体と位置づけ、国内避難民の保護を周囲から促していくというものだった。彼は「責任としての主権」という、後の「保護する責任」という思想に派生する概念を唱えた。「保護する責任」は、各国家に国民の保護責任があるが、その責任が果たされないとき、諸国家の共同体の代替的責任を認め、軍事介入を正当化するという理論である。墓田は理想論的なこの概念には限界があることを認め、「適正化」を目指すしかないと述べている。
また、問題の背景として国家の枠組みの限界にも着目している。国家の中には崩壊寸前のものや機能不全のものがあるが、そのような国家に対しても国民の保護を促すということが、国内避難民の保護の困難さである。そして、様々な歴史的背景がある中で、これからも国家の枠組みが揺るがされることが予想され、国内避難民を巡る問題もそのような状況の中で考えなければならない。
最後に国連の限界を指摘している。それは国連が人間社会の多様性を完全に代表しているわけではないということと、財政の問題である。

まとめ
この論文では国内避難民の保護について、過度に理想的な解決策を思い浮かべるよりは現実的に考えていく必要があると述べられていた。これから国連だけではなくNPOなど様々なアクターに注目してよりよい解決策について考察していきたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?