コマンド──「ヤス」という発明 ポートピア連続殺人事件(1)

(この文章は、基本的にはネタバレをしないように書かれています。しかし勘のいい方は危険かもしれません)

 ポートピア連続殺人事件(ファミコン版:1985/11/29)エニックス


「ポートピア連続殺人事件」はパソコンからファミコンに移植されたアドベンチャーゲームであり、
ファミコンのアドベンチャーゲームの嚆矢である。
オリジナル版の「ポートピア」は堀井雄二が独力で作り、ファミコン版も堀井がゲームデザインしなおしたものであるという。
ファミコンで堀井は「ポートピア」の次に、「ドラゴンクエスト」を作ったのは有名な話であるが、
RPGでも多用される、文字で表現されたコマンドを選択してゲームを進めていくというスタイルは、
ファミコンには堀井が持ち込み、確立したものにほかならない。


もともと、パソコンのアドベンチャーゲームでは、コマンド入力は(英語または日本語で)キーボードで動詞と目的語を1文字ずつ入力するという形("GET, KEY"など)で行なわれていた。

コマンドとは、訳すと「命令」である。
英語でコマンドを入力する場合、動詞の原形を入力することになるが、
原形はそれ自身、命令形にもなる。
コマンド入力することによって、通常、モニターの前のプレイヤーがゲーム中の主人公に「~をせよ」と命令を与えているわけだ。


「ドラゴンクエスト」シリーズでは、主人公が決してしゃべらず、「はい/いいえ」しか言わないことは有名である。
「主人公=プレイヤー」という感覚をプレイヤーに持たせるため、プレイヤーが企図しない言葉をできるかぎり主人公がしゃべらないようにするという配慮である。

しかし、「ポートピア」のような刑事が殺人事件を追っていくゲームでは
「聞き込み」「尋問」など、刑事はしゃべらざるをえない。
また、「周りを見る」というコマンドを指定した場合、「周りには人はいないようだ」のような「独り言」を主人公が言うことは避けられない。

そこで、「ポートピア」では、堀井は「コマンド=命令」を逆手に取った。
プレイヤーたる刑事には、常に同行する部下の刑事がおり、プレイヤーはその部下に命令を与え、
命令はその部下が実行するという設定にしたのだ。
主人公は、自分から何かをしたり、誰かに話しかけたりすることはけっしてない。
ただ、部下の刑事を通して間接的にその世界に干渉するだけである。

その部下の刑事の通称は、「ヤス」。
「ヤス」という存在の発明によって、堀井は主人公を独り言を言うのが好きな性格にすることを回避し、
主人公がプレイヤーの意思に反して誰かに話し出すということをなくすことに成功した。
たとえヤスがプレイヤーの意思に反した行動をとっても、それはヤスが主人公たるプレイヤーの命令の真意を理解できなかったということなのだ。


「ヤス」という偉大な発明。
しかし堀井はその発明に満足するだけの天才ではなかった。
それだけでは飽き足りず、ゲームのシナリオに「ヤス」を最大限に利用したのである。

「ポートピア」は、ファミコン初のアドベンチャーゲームであるにもかかわらず、
究極とも言える仕掛けを最後に用意していた。
このゲームをクリアした人ならご存知であろう。
いや、あまりにもすごすぎて有名になってしまっため、このゲームをやったことがない人も知っているかもしれない。
その後殺人事件を扱ったアドベンチャーゲームを作るはめになった人々は──あるいは堀井自身でさえも、
最初のゲームでこの仕掛けを使われて、それを超える結末を用意できなくて困ったのではないだろうか。


それは、ミステリでは、けっして珍しい手法ではないだろう。
しかし、それが“ゲームならではの仕掛け”だったことに犯人を知っているあなたは気づいただろうか。
堀井雄二はやはりゲーム作りの天才であった。
彼はもうひとつ、「逆手に取った」仕掛けをその結末に用いていたのだ。
勘のいい方なら、上の文章を読めば、私の言いたいことに気づいていただけるのではないかと思う。
わからない方は、次回の文章を読んでいただき。
 

 

(1999/5/7 綾茂勝太郎)

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