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試合はみんなでつくるもの

大学では、絶対弓道をやってはいけないよ

九州とはいえまだ肌寒い3月、卒業式のあと。約束したわけでもなく集まっていた弓道場で、中学からお世話になっていた弓道の師匠が硬い顔を崩さず言う。

どうしてですか?
弓道場に置きっぱなしにしていた矢筒を家へ持ち帰る荷物にくわえながら、ちょっとムッとして聞き返した私に、師匠はボソッと付け加えた。

あんなのは弓道じゃない

「あんなの」の正体は、入部してすぐに身に染みることになる。


一般的に弓道にイメージされるのは、しんと静まり返った中で、袴が床板と擦れる音、ギリギリと弓を引き絞る音、そして放たれた矢が的を射抜く音ではないだろうか。
少なくとも中学高校ではそれが日常だったし、道場内で無駄に声を出そうものなら通路につまみ出されていた。

それがどうだろう。
試合形式の練習中は、道場内中に「しっかりいこう!ガッチリいこう!じゅうぶんいこう!」で繰り返される怒鳴り声にも似た応援が鳴り響く。そして、的が射抜かれるたびに、射場には「よっしゃー!」の声が、的場からは「鳴き」と呼ばれる声が響き渡るのだ。「鳴き」は当たり判定を的と声で伝えるもので、胸に抱えた的を射場に向けて突き出しながらそのままに「あた〜り〜」と腹の底から声を出す。
もちろん下級生が率先してやることが求められており、通常の練習が終わった後にできるようになるまで練習があった。
やり始めの頃は声なんて出るはずもない。
ただ恥ずかしさだけがあり、そして射場にいる上級生からはダメだししか出なかった。
発声練習は毎日繰り返し、まさか弓道着で大声を出す羽目になるとは思っていなかった同級生が、初めの頃にできなくて泣いていたことすら思い出す。

試合ともなれば、それはなおさらだ。
規模の大きな試合は、武道館を貸し切って行われる。武道館って武道のためにあるんだな…と思ったのも弓道の試合で行った時だった。
部員お揃いのスーツのまま場内で上級生のお世話をし、チームの出番となれば練習以上の大声で応援する。試合が終わる頃には、喉はもちろん枯れている。試合はいくつか同時進行し、各校がそんな調子なので、場内が静まり返るのは表彰式のくらいだ。

試合で引ける矢は、たったの4本。
試合に勝ち抜けば勝ち抜くだけその回数は増えるが、チーム戦である以上、自分1人では戦えない。自分1人が結果を出してもチームとして相手に勝てなければ、試合はそこでおしまいだ。

そのたった4本のために、そこにいた全員が暑くても寒くてもただひたすら弓を引き絞っていた。
弓を挟み込む親指と人差し指の間はタコが出来、そして割れた。割れた部分は液体絆創膏で固め、テーピングをし、また弓を引いた。
タコの上にタコができ、およそ女子大生らしい指では全くなかった。

思い描いていた大学生活とは、正反対の毎日だった。
途中でやめた同級生もいた。
怪我をしてしばらく弓を引けなくなったこともあった。
野球でいうイップスのように身体が固まってしまい、矢を放てなくなったこともあった。
遠征のために授業を休み、なんとか教授に頼み込んでレポート提出や別試験で単位をもらったこともあった。

けれど、最後まで私はやめなかった。
やめられなかったのだ。

一つのことをやり遂げたかった。
試合に勝つという一瞬のために集中して毎日なにかに取り組み、結果にこだわりたかった。
こだわり続けることで、大学で弓道を続けたことが間違ってなかったと自分を納得させたかったのかもしれない。

今になって思う。
結果にこだわるためには、傍目にみれば理解できないこともやらなければいけない。
「鳴き」なんて動作は、弓道の師匠から見れば何も知らずに大学弓道に飛び込もうとしていた私を止めるに十分な理由の一つだったんだろう。
けれど、その場で1つのチームを作り上げるためには大切な動作の一つだったし、試合に出なくてもその場に集中することの大切さを教えてくれた。


神宮球場でプロ野球の試合がある日曜夕方、応援道具を片手に出口から走り出してきたスーツ姿の数人の女子大生を見かけた。
植え込みの前のコンクリートにそれを置き、急いで声を掛け合って片付ける姿に、武道館の片隅で試合に出る選手のために滑り止めの粉を準備していた自分を思い出した。
試合に出ている選手が最高のパフォーマンスを出すために、試合に出ていないメンバーがサポートにまわり、全員で試合に集中する。大学を卒業してもう随分経つし、競技も違う。けれど変わらないその様子に、ちょっと安堵した自分がいた。

心のなかでつぶやいた。

頑張ろうね。
私も試合の一部になれるように応援がんばるから。

#ヤクルトスワローズ #Enlightened #swallows