嵩夜あやさんは、「早朝の床の上」で登場人物が「嘘をつく」、「スーツ」という単語を使ったお話を考えて下さい。 #rendai http://shindanmaker.com/28927

「冷たっ」
もうすぐ十一月だ。さすがに裸足でフローリングに朝イチ上陸はそろそろ無理がある。

「う、うぅ……うぅぅー……」
だけどこんなチャンスは滅多にない。お陰で目覚ましを掛けずにこんな時間に目も覚めたワケで……意を決して、わたしは隣に夕夏が眠っているベッドから、そろそろと脱け出す。

「…………よし」
夕夏が目を覚まさないのを確かめて、私は窓際に掛けられたビジネススーツの……ジャケットの中にそーっと、そーっと顔を埋めていく。

付き合い始めてから初めて、昨夜は夕夏が仕事終わりから直接、私のアパートにやって来たのだ……いつもなら必ず、家に一度戻って着替えてからやってくるのだが、繁忙期の仕事がそれを許してくれなかったらしい。

「あぁ……はぁぁ……」
だけどそれは、私にとってはずっと待っていた、千載一遇のチャンスだった。
ゆっくりと、ジャケットの裏地に鼻を埋めると、夕夏の匂い――控えめなイランイランの香水と、微かに匂うジタンの残り香――私の前ではあんまり吸わない。きっと仕事の場ではストレスがすごいのだろう。

生の夕夏とはちょっと違う。私の前ではきっと見せてくれない、大人の夕夏――それを、ようやく感じることが出来た気がして、何とも云えずに嬉しくなってしまう。このまま包まれてしまいたい程だ。

「っと、このままでは私が変態扱いされてしまう……自重自重っと」

名残惜しさになかなか袖から手を放す気になれないけど、こんな姿を夕夏に目撃されようものなら、私は恥ずかしさの余り出家しかねない。

私は冷たいフローリングをあくび混じりにぺたぺたと台所へと歩く。冷蔵庫を開けると、ミネラルウォーターを取り出して、真っ赤なケトルに注ぐ。情事のあとのモーニングコーヒーというヤツだ。

ここでの夕夏はまるでお姫さまのようだ。電気ポットで沸かしッ放しのお湯はイヤだの、フィルターはコットンじゃなきゃイヤだの、コーヒーと目覚めのキッスで起こしてくれなきゃイヤだのと……云い始めるとキリが無い。

「んっ、んん……」
挽いた豆をザクザクとドリッパーに入れて、しゅんしゅんとケトルが云い始める頃、お姫さまがもぞもぞとベッドの中で寝返りを打つ――まあ、そんなところも可愛いんだけど。

「……ちゅっ――おはよう」
「……おはよう」
キッスの感覚に目を開けると、目の前には優しい湯気の上がるマグを持った、気怠そうな憂い顔に微笑みを湛えた有閑マダムの姿がある。

「はい、コーヒー」
「……ありがと」
寝惚けた頭を軽く掻き、ゆっくり起き上がると、柔らかなコーヒーの香りが優しくあたしの鼻孔をくすぐった。

浅海さんは薄手のブラウスを引っ掛けただけで、豪奢なヌードを披露している――脚の間に覗いている淡い茂みが、昨夜の情事を思い出させて朝から顔が赤くなってしまう。正直、そんなあたしは修行不足だと思う。

「どうかしたの?」
「……なんでもない」
見透かされてる――手に持った真っ赤な、それでいて内側は真っ白の素っ気ない琺瑯のマグカップが、そんな彼女には微妙に不似合いで、そんな些細なことが堪らなく嬉しくて。そして、つい。

「ところで、どうしてあたしのジャケットにキスマークが付いてるのか……正直にお話しする気、あります?」
「ひゃうっ……!?」

可愛らしい浅海さんの嘘と、カッコつけてるあたしの嘘、中身が逆だったら良かったのに。そんなことを思いながら、あたしはもうひとつ、嘘を重ねてついていた――。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?