#1 ジョージ・フロイドさんの殺害から見る、アメリカ国家と反黒人暴力

加害者の警察
5月25日、アフリカ系アメリカ人のジョージ・フロイド(George Floyd)さんがミネソタ州ミニアポリス市で9分間警察官に首を押さえつけられ、死亡しました。最後に、警察官や録画していた人たちに「息ができません。俺を殺す気だ」と、恐怖や危機感を伝えていました。ショーヴィン警官や見張っていたタオ警官は何の異常も認めない平然とした顔でフロイドさんを公の場で殺しました。

この警官による殺害事件には四人の警察官が加わっていました――デレク・ショーヴィン(Derek Chauvin)、トウ・タオ(Tou Thao)、J・アレクサンダー・クアン(J Alexander Kueng)、トーマス・レーン(Thomas K. Lane)です。

動画が拡散され、四人の警官は全員免職されました。そしてショーヴィンは第3級殺人罪で起訴されることになりました。第3級殺人罪は「殺害の意図なしに、著しく危険な行為で死に至らしめた」などの罪です。残り3人の警官はまだ罪が問われていません。

白人のショーヴィン元警官は19年間警官として働きました。その間、彼に対し不正行為を訴えるクレームが17件もありました。そのうち、容疑者を銃で撃った事件が2件、暴行した事件が1件。死亡者も出ていました。大半のクレームは内容が公開されないまま解決済みのものとして処理されていました。しかし、このようなクレームが多かったにも関わらず所属している警察署から2回も武勇勲章を受賞しました。

アジア系のタオ元警官にも6件のクレームが記録されています。たった一つ、内容が公開されている事件では、ラマール・ファーガソン(Lamar Ferguson)という人を逮捕するときにファーガソンさんの手が手錠から滑り出し、その時点でタオ元警官が殴り始めたという内容でした。

どちらの元警官に関しても数多くのクレームは何も問われないまま、解決済みのものとして処理されていました。しかしこれは問題がなかったことを意味するより、警察による制度的な隠蔽を象徴しています。警察の改善を求めるNPOの代表で、警察少佐だった経歴を持つニール・フランクリン(Neill Franklin)氏によれば、全国的に警官組合の力が強く、多くの警官はどのような事件を起こすかにかかわらず、仕事が保障される契約を結んでいるため、警官の不正行為を訴える報告がほとんど公にされない構造となっています。

フロイドさんが殺害される前にミネアポリス市警察を改善する動きがありました。5年間、ミネアポリス市警察署は警官に向けてディエスカレーション(対話による興奮状態への介入方法)トレーニングやインプリシット・バイアス(無意識的な差別)を変えるためのトレーニングを実施し、そのために500万ドル近く注ぎ込みました。それでも結果が変わらないまま、2018年以降、5人の人がミネアポリス市の警察官に殺されていました。そのうちの4人は黒人でした。また、ミネアポリス市の黒人住民が警察に殺される確率は白人住民の13倍でした。全国の中でも高い数字です。

フロイドさんの殺害に対して警察の改善を求めた元警察少佐フランクリンは「改善が答えではないのです。何十年もそれをやってきましたが、ご覧の通り何の効果もありません。... この国ではまだ奴隷制度に基づき、そして白人至上主義に基づく警察モデルを使っています。だから改善しようとしても意味がないし、フロイドさんの死から分かるように人種差別に関しては全く進んでいません。」とコメントしました。

Minneapolis:産獄複合体の縮図
ミネアポリス市は、アメリカ全土の差別構造の縮図であったといっても過言ではありません。この構造は黒人の命や生活を支えるものを解体し、医療・教育・福祉から予算を削り、警察に膨大な予算をつぎ込み、教育・福祉・住まいの場所まで警察がより深く組み込み、受刑者の数を拡大して行き、多くの負担を黒人に押し付けています。

これはアメリカが建国された以前にも存在していた奴隷制度に基づく構造です。ミシェル・アレグザンダー教授によると歴史上、奴隷制度が何度も解体されそうになっては繰り返し復活し、70年代以降からは「産獄複合体」(prison industrial complex)という形が取られました。これはCritical Resistance という刑務所廃止を求める団体を立ち上げた、元ブラック・パンサー党のアンジェラ・デーヴィス氏(Angela Davis)が名付けたものです。「政府と産業の利権を促進し、監視・警察・拘禁を経済的・社会的・政治的問題の解決として使う制度・機関のネットワーク」のことを指します。

産獄複合体が作られていく中、黒人の公民権運動に対する反撃として「犯罪者を厳しく罰するべき」という言説が作られました。この言説では「全ての黒人=犯罪者」という偏見が前提となり、「犯罪者」に対する厳しい政策を実施することによって黒人に対する抑圧が進められていきました。1980年代には、脱工業化の影響で都市部の仕事がなくなり、黒人の失業率が莫大に増えました。1970年代までは黒人男性の7割が工業地帯で働いていたのですが、工場が郊外や海外に移され、80年代後半になるとその仕事の半分以上がなくなってしまっていました。そんな中、南米でCIAがニカラグアの右翼組織コントラによる麻薬取引を支援していた影響もあり、大量なドラッグがアメリカに渡ってきて、他の仕事がない人たちはそれを売らざるを得ませんでした。同時に「法律と秩序」を守るという言説の元でドラッグに関連する「犯罪」を重罪と再定義し、ドラッグをコントロールする名目で防総省や他の省の予算が莫大に拡大されました。この「麻薬戦争」(War on Drugs)の影響で、当時の犯罪率が減っていたにも関わらず、刑務所に入れられる人数が急増しました。

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図:Sentencing Project

この「法律と秩序」言説の影響で、1990年代には、公立の小中学校や高校に警察官を導入するプログラムが黒人の多い学校で実施され、そこから他の学校にも拡大していきました。 1970年代、警察官が派遣されていた学校はわずか1%でしたが、2008年には40%にまで昇っていました。また、有色人種の生徒が多い学校では教育予算が削られました。白人が大多数いる学校の予算と比べると、230億ドルも少ないのです。同時に、生徒たちを監視する対策もなされました。ますます拡大していく刑務所産業に生徒たちを送り、受刑者を作り出すという「学校から刑務所へのパイプライン」(school to prison pipeline)が誕生したのです。これは、特に黒人やラテン系の子どもたちを犯罪者かのように監視して校内で逮捕するという構造です。2015年のデータでは8割の学校が監視カメラを設置、25%が犬を使った麻薬検査を行っていました。これは小学校から高校までを含みます。また、全国の統計では4%の学校のみ金属探知機を設置していないと報告されていますが、例えばニューヨーク市では48%の黒人高校生が金属探知機が設置されている学校に通っています。結果、警官が子どもたちを犯罪扱いする事件が相次いでいます。2016年、テネシー州の町で小学校に派遣されていた警官が喧嘩をやめなかったことを理由に6歳から11歳の子どもたち10人を逮捕し、全員刑事告発されました。

監視・警察・刑務所は全て黒人差別の上に成り立っているため、刑務所に入れられる黒人の数が莫大に増えました。2001年の統計では3人に1人の黒人男性が拘禁される確率でした。黒人女性だと18人に1人(白人女性の3倍)です。

ミネソタ州は全国の中でも人種的格差(racial disparities)が目立っています。黒人と白人の所得格差・貧困格差・失業率の人種的格差・受刑者の人種的格差が全て全国の中で最も大きいうちに入っています。人種差別研究を専門にするイブラム・X・ケンディ(Ibram X. Kendi)教授が書くように「ミネアポリス市では一般的な黒人家族の収入は、一般的な白人家族の半分未満です。これは毎年 $47,000 ドルの違いとなり、全国で最も人種的格差が大きいということです。ミネソタ州においては、黒人住民が人口の6%にすぎないにもかかわらず、州のコロナ感染者のうち3割が黒人です。これは全国で最もひどい格差のうちに入っています。」こんな状況の中、警察署は市の予算の3割も占めています。 

これらの統計は、国が黒人の命をサポートするのではなく、その搾取・監視・死亡を作り出す組織に投資するということを物語っています。これは黒人の健康、教育、福祉、賃金、住まい、労働者としての権利、政治的な権利を守らずに、警察に投資することによって作られている現実です。

参考文献

Davis, Angela Y. 1998. "Masked Racism: Reflections on the Prison Industrial Complex." Colorlines Magazine. デーヴィス氏と一緒にCritical Resistanceを立ち上げたルース・ウイルソン・ギルモア(Ruth Wilson Gilmore)教授もPICと人種的資本主義(racial capitalism)について分析しています。デーヴィス氏の『監獄ビジネス―グローバリズムと産獄複合体』も日本語に訳されています。

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