人心

 「人の心」とは、とてつもなく大きな力、影響力を持っていると、嘘偽り無く、本当に心から、今の私は確信しています。



 と同時に、「人の心」とは、不安定で、理論的では無い要素が強く、その時点における周囲の「環境」に依存する度合いが強く・・・つまりそれは、言葉を選ばずに言えば、「レベルが低い」モノであると、嘘偽り無く、本当に心から、今の私は確信しています。

 
 「効果」という視点から視れば、100%相反する効果を持つ、この2つの要素を併せ持った「人の心」というモノに対して、自己に対しても他者に対しても、如何に上手く使いこなすことが出来るかというコトに、これまでの私は、自分という人生の主要であり且つ大半の資源を、消費してきました。その行為を最重要視してきた、と言い換えることも出来るかも知れません。


 そして今の私は、気付きました。自分の過去の人生のいつかの時点で、目的と手段が入れ替わってしまったのだと。それはつまり、本来の目的は「自己実現」&「自己の理想の実現」であり、本来の手段は「人心の掌握」であったものが、その目的と手段が入れ替わったという事です。


 そして、最も大事な「さらなる気付き」とは、目的と手段が入れ替わってしまう前の人生も、それが入れ替わってしまったと自分で気付いた後の今の人生も、そのどちらをも含んだ、上記で述べた私のこれまでの人生の遍歴とは全て、「本末転倒」だった、ということです。



 
 だって、「手段」である「人心の掌握」に替わるモノが見つかってしまえば、「目的」である「自己実現」は、達成出来ちゃいますから・・・




 詰まるところ、私という人間は、たった1人でこの世界に生まれ、たった1人で数十年という歳月を生き、そして、たった1人で死んでいく・・・ただそれだけの「事実」があるだけ、という事になります。 「目的」が達成できるのであれば、「手段」は何でも良いのですし、且つその手段が「他人の力」を必要としないのであれば、「人心の掌握」も手段としての価値を失うのですから。


 その視点に立って考えると、自分の目的が自分一人で達成できる「小さなスケール」であるのか、他人の力を必要とする「大きなスケール」であるのか、という事のみが重要な視点となります。その結果として、「小さなスケール」であったとしても、自己実現という「目的」が達成できるのであれば、それは「大きなスケール」に勝る「正しく優れた結果」であると言えるのでしょう。



 つまり、理想を実現出来るかどうかは、「スケール」には依存しないのです。その成否の鍵を握るのは、「自分の能力」となるのでしょう。



 ・・・やっぱり、「人生」ってしんどいなぁ(笑)



 それでは今日はこの辺で。

 このクソッタレな世界で戦う皆様と明日もともに。

 


 

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