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暗号紹介:グリル暗号 暗号の仕組みとその特徴

用語について

グリル(Grille)とは格子窓を意味する語である。ここではところどころに穴が開いており、それを通して文字を読んだり書き込んだりするようなシートをグリルという。

グリル暗号とは

グリルを用いた暗号はいくつかの種類が存在する。
・カルダン・グリル
・シングル・レター・グリル
・トレリス暗号
・回転グリル暗号

以下のサイトも参考のこと。

ウィキペディア記事「カルダングリル」

ウィキペディア記事(英語版)「Grille (cryptography)」

カルダン・グリル

カルダン・グリルとは文章に秘密のメッセージを隠すための道具である。技法としてはステガノグラフィー(情報の存在を隠す技術)に属する。1550年、イタリア人数学者のジェロラモ・カルダーノが考案した。
カルダングリルはいくつか穴の開いたカードの形をしている。それを手紙の上に重ねて、穴を通して見える文字を拾い集めることで隠されたメッセージを読む。例を図1に示す。"Plaintext is encrypted with a grille, or a pierced sheet."(プレーンテキストはグリル、あるいは穴の開いたシートで暗号化される)という文章から"X in Paris"(Xはパリにいる)というメッセージが現れている。

図1. カルダン・グリル

暗号化方式は、まずグリルの穴を通して秘密のメッセージを書き、その後他の部分を不自然にならないように作文して埋めることである(なかなかむずかしそうだが、カルダーノのいた時代では標準化されていない綴りのバリエーションや、文字の装飾などを活かしてうまく書いていたようだ)。

シングル・レター・グリル

シングル・レター・グリルは、キーワード長と同じ数の穴の開いたグリルを用いる。その対象はランダムな文字や数字などが書かれた表である。例を図2に示す。ランダムに文字が並んでいる暗号表に対してグリルを重ねると、穴を通して"CIVILIZATION"という単語が浮かび上がる。

図2. シングル・レター・グリル

これは他者とのやり取りの他、自分用の記録の保管やキーワードの保護にも用いたものらしい。
また、これを利用して既存のテキストから疑似乱数列を生成することも考えられている。

トレリス暗号

トレリス(trellis)とは格子の意。トレリス暗号は、チェス盤のように規則正しく穴の開いたグリルを使用する。転置式暗号に属する。
イギリスの女王エリザベス1世の重臣フランシス・ウォルシンガムが使用したと伝えられる。

使い方は次の通り。
1、一定文字数(8×8マスに収まるグリルならば64文字)以内の文章を用意する。ここでは次の文章を使う。
"Let's meet at the central park at three o'clock. Remember to bring the snacks."(3時に中央公園で会おう。おやつを持ってくるのを忘れずに。)
2、グリルを置き、文章を書き入れていく。縦書きでも横書きでもよい。ここでは一番左の列から縦書きすることにする。
3、すべての穴に文字を書き終えたら、グリルをひっくり返して文章を書き続ける。
4、文章を書き終えて余ったスペースには意味のない字を書きこんでおく。
5、こうして得られた文字を、縦に書いたのなら横に読んでいき(横に書いたのなら縦に読んでいき)、暗号文を得る。
"CMEERPNRLKARTTASLEMCIAAEERTTRHTQOEBENRCETETOAETQCTENGKKOSMHBLSHQ"
この過程を図3に示す。

図3. トレリス暗号

転置暗号に属するが、ほとんど決まりきった転置パターンしかないのが欠点である。ただし文字の書き込み順には工夫の余地がある。例えば螺旋を描くように穴を埋めていくなどである。

回転グリル暗号

回転グリル暗号は、正方形のグリルを90度ずつ回転させながら用いることで、4通りの方法でグリルを重ね合わせて用いる。グリルに正しく適切に穴をあけると、1回転で過不足なく用紙を埋めることが出来る。転置式暗号に属する。

オーストリア人のEdouard Fleissner von Wostrowitz(1825-1888)が普及させたことによりこのフライスナー・グリルと呼ばれることもあるが、von Wostrowitzは先行する文献に取材したのであり、彼自身が考案したわけではない。18世紀から使用されていたとする記述もある。
第一次世界大戦中のドイツ軍に採用されたが、脆弱であるとして4か月で使用を停止された。
ジュール・ヴェルヌの小説『アドリア海の復讐』にて言及されたことでも知られる。

グリルを作るには、まずk×kのマスを用意する。以下kは偶数として説明するが、奇数の場合でも似たようなことは可能である。たとえば8×8のマスを用意する。これを4つの4×4マスの領域に分割し、各領域の16マスに1から16の数字を図4左のように書き入れる。これは、グリルを回転させても常に同じ数字が同じ位置にあるように書かれている。4つある同じ数字のうちどれか1つに穴をあけていく。こうして、グリルに16個の穴が開く。できあがったグリルは図4右に示される。

図4. 回転グリル作成の過程
左 数字を書き入れたところ
右 穴を開けたところ

グリルは4つの方向を持っている。これを北、東、南、西というように呼ぶことにする。適当な方向にグリルを向けて(必ずしも北でなくてもよい)穴を通して文字を書き入れ、穴を全て埋めたらグリルを90度回転させて(時計回り・反時計回りどちらでもよい)、また穴に文字を書き入れ、一周するまでこれを繰り返すことで暗号化を行う。これを図5に示す。

図5. 回転グリル暗号による暗号化過程

"Let's meet at the central park at three o'clock. Remember to bring the snacks."という文章は"LTRECIRATLONLSGCKTPMREHEAERMEKTASEBTAAMCBTTTEKHHERRSECETQQENOOQB"という暗号文に変換される。

復号方法

正当な受信者はグリルを所有しているのだから、あらかじめ取り決めた方法でそれを使えばよい。グリルの紛失には注意。

解読方法

グリルなしでの解読はかなり難しいと思われる。しかし回転グリル暗号は第一次世界大戦の時点で脆弱と判断されているので、コンピューターなしでの解読方法が確立されていたはずである。しかしグリル暗号の解読を行った研究は人力・コンピューター問わず見つからなかった。

筆者なりに考えた解読方法を述べる。
1、グリルを何らかの方法で入手する。
それができれば手っ取り早い。
2、定型文などからプレーンテキストを推測し、グリルの再構成を試みる。
実際にできるかどうかは未確認。
3、コンピューターによる力業
回転グリル暗号の場合、8×8マスのグリルの穴の開け方は4^16=4294967296通りだが、総当たりでこれを全て試してみる。

グリル暗号の特徴

・グリルを使う暗号一般に言えることだが、暗号送信者と受信者の間で当然同じグリルを使う必要がある。もし紛失したらメッセージを読めなくなり、その上別の人物にメッセージを読まれる危険性が生じる。
・もしグリルを用いた暗号の1つが解読され、グリルを再現されてしまった場合、同じグリルを用いた暗号全てが解読される危険が生じる。

まとめ

・グリルとはところどころに穴の開いたシートであり、これを通して文字を拾うことでメッセージを得るものである。
・同じグリルを使う暗号でも、グリルを使う対象やその性質、用途はさまざまである。たとえばカルダン・グリルはステガノグラフィーの手法に属するが、回転グリル暗号は転置式暗号である。
・実用暗号としては回転グリル暗号が第一次世界大戦の初期にドイツで用いられたが、間もなくして使われなくなった。

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