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暗号解読に挑戦:ミックス問題1・解答編

問題はこちら

前回の記事では、様々な種類の暗号により暗号化した文章を5つ提示した。今回はその元のメッセージと、暗号化に使用した暗号表および転置鍵を示す。

少し間を空けてから解答を掲載する。

問題1

NWONESYOOEIFUOTDGUSBTNFWHNORCEALOURHUYITTRDSNMOIMEISOKSEITRMSR

まず頻度分析を試みて、出現頻度の高い順に文字を並べると、O, S, E, I, N, R, … , A, B, C, G, K, Lの順になる。この傾向は通常の英文と一致する……とはいささか断言しにくい。暗号文の文字数はさほど多くないから仕方ないかもしれない。ともかく、通常の英文に近い分布が得られたので、転置式暗号と仮定してみる(実際、ヒントでもそう言っている)。

考えられるのはレールフェンス暗号、Redefence暗号、グリル暗号のいずれかであるが、まずは単純な仮定から始めてみよう。グリルらしきものは見当たらないし、Redefence暗号の鍵と思しきものもない。そこで、まずはレールフェンス暗号の総当たりから始めてみる。そして暗号文を5段のレールフェンス暗号として解くと次の文章を得る。

"NOWISTHEWINTEROFOURDISCONTENTMADEGLORIOUSSUMMERBYTHISSUNOFYORK"
整形すると次の文を得る。"Now is the winter of our discontent /
Made glorious summer by this sun of York
;"(さあ、俺たちの不満の冬は終わった、栄光の夏を呼んだ太陽はヨークの長男エドワード。)
これはシェークスピアの戯曲『リチャード三世』の冒頭、グロスター公リチャード(後のイギリス国王リチャード3世)の独白である。

問題2

WEXPDAVRDNMCBXZCOFXLGXFVSSGOVCCKFTDHVLSOVMCZCHZMANHKDXTVREATMEB

ROMEO and JULIET

暗号文に付随してROMEO and JULIETという文字列が書かれている。ROMEOとJULIETがキーワードであると考えられる。2つのキーワードを用いることからChaocipherかFour-square暗号が考えられるが、文字数が奇数(63文字)なのでFour-square暗号の可能性は除外できる。
そこで暗号文がそのままChaocipherによるものであると仮定して解いてみても、うまくいかない。これが少々意地悪な問題だからである。
少々意地悪な問題というのは、暗号文にも少し手を加えているということである。何をしたかというと、暗号文自体を反転させているのである。そこで暗号文をもう一度反転させて"BEMTAERVTXDKHNAMZHCZCMVOSLVHDTFKCCVOGSSVFXGLXFOCZXBCMNDRVADPXEW"とし、左ディスクを"ROMEABCDFGHIJKLNPQSTUVWXYZ"、右ディスクを"JULIETABCDFGHKMNOPQRSVWXYZ"とセットして解読を試みると、次の文章を得る。"TEEWSSALLEMSDLUOWEMANREHTOYNAYBESORALLACEWHCIHWTAHTEMANANISTAHW"
これを反転し、整形すると次の文章を得る。"What's in a name? That which we call a rose, / By any other name would smell as sweet."(名前って一体なに? バラと呼んでいるあの花をなんと呼んでも美しい香りは同じ。)
これはシェークスピアの戯曲『ロミオとジュリエット』におけるジュリエットの台詞である。

問題3

Cowards die many times before their deaths
The valiant never taste of death but once

これはベーコンの暗号である。通常の字体をa、太字をbとすると次の符号を得る。
"aabaa baabb baabb babaa aaaab baaab babaa baabb aabaa aaaaa aaaaa……"
これを変換すると次の文字列を得る。"ETTUBRUTEAA……"
"AA…"以降は省いてよさそうである。残った部分を整えて次の文を得る。
"Et tu, Brute?"(ブルータス、お前もか?)
これもシェークスピアの戯曲『ジュリアス・シーザー』から、シーザーの台詞。この問題は英語ではなくラテン語が答えであった。
問題文はこれもシーザーの台詞。「臆病者は死ぬ前に何度も死ぬ。勇者はただ一度だけ死を味わう」

問題4

EASERTNOZTTTOITSITOBBEEONHZESTOQUTRH

グリルがあることから、これは明らかに回転グリル暗号である。問題は、暗号文をどう書き並べるか、およびグリルの最初の向きや回転方向である。これは試行錯誤する他ない。

まず、暗号文を次の図のように配列する。

グリルを次の図に示すように、回転させつつ重ねる。

得られる文章は次の通り。"ERTZTOBEORNOTTOBETHATISTHEQUESTIONZST"
前後の余分な文字をいくつか削り落とし、整えると次の文章を得る。"To be, or not to be, that is the question."「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ」
『ハムレット』より、ハムレットの台詞である。

問題5

BDSJMTXPDTAVWMCHOSJTVAKMRVSDBKBTJABONOIVRUIRPXMAPVCJOJIYSCAGTPOHTASTLOIASVAVJHOHVTUSHOYADBSBWCVICJASPAOIWCFXSASIDVFH

暗号文に付随して、ある人物の肖像画がある。これまでの問題をいくつか解いた人は、問題の答えがシェークスピアの作品から取られていることに気づいているかもしれない。そうでなくても、もともとこの肖像画の人物がウィリアム・シェークスピア(William Shakespeare)であることを知っている人がいるかもしれない。いずれにせよ、肖像画の下の暗号文"YKHMDZP SHJTVAKAKRE"は"william shakespeare"に対応すると思われる。文字数も一致する。

暗号の種類を推定する。おそらくはChaocipherかBifid暗号、Four-square暗号だろう。暗号の鍵と思われる単語やフレーズはない。素朴に"WILLIAM"と"SHAKESPEARE"を鍵に用いてもうまくいかない。よって、より簡単な仮定から始めていく。
まず、Chaocipherの可能性は除外する。プレーンテキストの一部が既知だとしても、ディスクの再構成が非常に面倒くさいからである。続いてFour-square暗号の可能性も除外する。繰り返し現れる特徴に乏しいからである。最後に残るのはBifid暗号の可能性だが、「一定数離れた2文字のペア」を調べてみる価値はありそうである。
nだけ離れた2文字のペアを全て数え上げ、その分散を求めることをn=1, 2, …,10に対して行ってみる。その結果を次の図に示す。

n=4の時に突出して高い値を示している。このことから、これはBifid暗号であり、周期は8であると推測できる。

さて、同じ暗号表、同じ周期で"william shakespeare"が"YKHMDZP SHJTVAKAKRE"に暗号化されていると考える。暗号表を再構成する。

統合される行・列番号は同じ色で示される

まず、暗号表は次の図のようになる。

これを整理していく。詳細は略すが、1行目と6行目を統合すればW, (X), Y, Zの並びができそうであることなど、アルファベット順も考慮して並べ替えや文字の追加を行う。整理した暗号表を次の図に示す。

太字は前の図から追加した文字

この暗号表を用いて暗号解読を試みる。まずはじめの8文字に注目する。次の図に示す。

"BDSJMTXP"は"???d??ie"になるが、ここで2文字目と3文字目が同じ文字(2行1列目の文字)であることに注目する。おそらく入るのはOであると考えられるので、暗号表の2行1列目にOを書き込み、1列目の残った空欄にMを書き入れる。すると、プレーンテキストは"?ood??ie"になる。
3行5列目に入るのは、アルファベット順を考慮するとFかGである。つまりプレーンテキスト最初の単語はfoodもしくはgoodになりそうだ。どちらも意味ある単語だが、文章としての体裁が整いそうなのはgoodのほうかと思われる。よって3行5列目にはGが入るだろう。

以下同様にして解読を進めると、次の暗号表を得られる。

\ 1 2 3 4 5
1 S T R A F
2 O D U P N
3 V B C E G
4 H I J K L
5 M W X Y Z
(キーワードはSTRASFORD-UPON-AVON、シェークスピアの出身地である。また、今回はJではなくQを省いている) 

暗号文を解読すると次の文章を得る。

Good friend, for Jesus' sake forbear,
To dig the dust enclosed here.
Blest be the man that spares these stones,
And cursed be he that moves my bones.

ウィリアム・シェークスピアの墓碑銘(ただし一部綴りを現代英語のものに改めている)である。

今回は全問題をウィリアム・シェークスピア関係の文章で統一した。その理由は、一つには問題の題材として名文を求めていたからであるが、別の理由もある。シェークスピアは「暗号」とかかわりが深い……わけではないが、しばしば「暗号」をこじつけられた人物だからである。

シェークスピアは謎の多い人物であり、別人説もささやかれている。たとえばベーコンの暗号の考案者でもあるフランシス・ベーコンが真の作者ではないか、と考える説は古くから存在する。
そしてシェークスピアの正典に「暗号」が隠されていると考えた人々は、書体のわずかな違い(往々にしてその主張者にしか分からない)に注目し、独自の説を展開していった。
ジョージ・ファビアンもまたベーコン説支持者の一人であった。彼はアメリカの富豪であり、自らの研究所を持っていた。その研究所に所属していたウィリアム・フリードマンは、のちに通信隊情報部(Signal Intelligence Service, SIS)の部長などを務める、近代暗号学における重要人物である。引退後のフリードマンは、かつての上司ファビアンと同じくシェークスピアの文章を研究し、結果ベーコン説を否定的に証明した。

出典

File:CHANDOS3.jpg, Attributed to John Taylor, Public domain, via Wikimedia Commons
シェークスピアの肖像。

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