右脇腹をピキッとやった話

 一週間ほど前の夕食後。
 入社以来最悪と嘆くほどの残業と引越しのコンボでめちゃくちゃ忙しい妹の代わりに、調べものをしてあげていたのです。いいよいいよそんなことくらい私がやったげるよと引き受けて――実際私にとってはさほどでもないことだったので――しかし、自分の部屋は寒いので、暖房の良くきいている居間のパソコンを使いました。
 居間のパソコンは、食卓のすみっこに、斜め向きに置いてあります。スペースの関係でそうなっているのですが、もしも私が椅子を、この斜めになっているパソコンの正面に配置して、ちゃんとした姿勢で調べものをしていたなら、悲劇は起こらなかったのです。
 私は横着をして――その時は横着だなんて思いもせずに、気なしにやっていたのですが――食卓に向かってふつうに座り、上体だけ左側のパソコンに向けて、利き手である右手を伸ばしマウス操作をしました。そのまま調べものに没頭し、一時間以上が経過。つまるところ、上体をひねった格好のままで、ずうっと作業をしていたのです。
 きりがついたので立ち上がったとき、「あ痛っ」と思いました。そのときは「さすがに体が固まっちゃったな……肩こりみたいになっちゃったな……」くらいの意識だったのですが。
 寝る段になって、事の重大さに気がつきました。
 ベッドに体を横たえようとしたとたん
『ギャー!!!』
 楳図某大先生のタッチで、毛虫のようにイガイガのはえたフォントで、叫びましたとも! なんといっても夜なので、最大限の理性を働かせて、叫んだのは心の中でですが。
 横になろうとすると痛い。横になれないほど痛い。一度体を横たえようとしたことで、右鎖骨から右肩甲骨、右脇腹にかけての筋肉に激痛スイッチが入り、もう息をすることすら痛い。というか、息を吸うとあばら~右脇腹が痛い。呼吸するとズキズキ痛んでたまらないので息を止めるけれども、もちろん呼吸をしなければ死んでしまうので、息をするとまた本当に痛い。
 とても寝るどころではありませんでした。まず、体を横たえられない。痛みで眠れない。息をするだけで痛いけれど、それはきっとさっき横着な姿勢でパソコン作業をし続けたせいで筋肉か何かが傷ついたんだろうと想像できるけれど、じゃあどうすればいいのかがわからない。
 とりあえず飲みなれた痛み止め……バファ〇ン〇ナを飲んだけれど、横になって眠れる程度まで痛みが緩和されるわけじゃない。
 座っている状態ならば、まだ何とか息ができるということに気がついたので、最終手段として座ったまま寝る――いやしかし座って寝ている最中に、こてんと転がってしまったら、まだ激痛にのたうち回るのでは? と思うと、それなりに体勢を固定しなければおちおち眠れない。
 ほんとうに、呼吸するだけで痛いというのは、どうしようもなくつらかったです。内臓を痛めたのではなく筋を痛めたのだと思うから、死ぬわけではなかろうと頭でわかりはしても、痛いものは痛いわけで、痛くしたくないから息をしたくなくなるのですが、そうすると生命活動が危なくなるので「痛だい、痛だい、痛だい……」と涙目になりながら、浅い呼吸をしておりました。
 明日も勤務だ、なんとか寝なくちゃ仕事にならない、しかも明日はテレワークじゃなくて出勤日だと頭の中でぐるぐるするので、ほぼ夜通し、寝られる姿勢を模索しておりました。明け方五時くらいになってようやく、ベッド上にクッションを積み上げ、そこにひざ掛けブランケットをかけて、四十五度くらいの傾斜になったところに、痛めていない左半身を下側にしてもたれるならば、痛みが我慢できる程度だと気づきました。しかし出勤のためにはあと一時間半しか眠れない……こんな朦朧とした状態では、駅の階段を踏み外して転がり落ちる自分が、容易に想像できました。
 わずかな時間うとうとし、痛む体を何とか起こして――立っている状態のほうが痛みがなく、その点でははるかに楽です――職場に「体を傷めてしまい、テレワークにさせてほしい」旨を連絡し、昼休みにはテレワークならでは・自分のベッド(に積みあげたクッションにもたれて)で、仮眠をとり、なんとかその日を過ごしました。
 しかし……それまでの痛みは、序章に過ぎなかったのです! 
 痛みのピークは、この、テレワークにしてもらった日の夜のことでした。
 頭痛には効いても今回の痛みにはあまり効き目を感じられなかったバファ〇ン〇ナの代わりに、その晩はロキ〇ニンを飲み、シップをパッチワークのように肩・肩甲骨・脇腹に貼って、クッションにもたれ眠ろうとしたのでした。
 ……が。
 明け方と昼休みにはなんとか休めていたはずのその姿勢なのに、その晩は、痛みを緩和する助けにはなりませんでした。
 ズキズキズキと鋭い痛み、まさに激痛!! 患部が熱を持ち、汗が噴き出し、本当に救急車に頼りたくなるくらいの激しい痛み!!! 私は開腹手術を受けたことはこれまでにありませんが、きっと手術で切られて麻酔がさめた後、痛み止めが効かなくて痛くて寝付けない患者さんってこんな感じなんだろうなと思うほどの、切り傷に近い痛みでした。
 しかしこれは自分が横着して体をひねって作業し続けて筋を違えた痛みだ――という自覚があったので、たとえお医者さんに行っても痛み止めとシップを処方されるしかないだろうと思われたので(半年ほど前に膝の筋肉を傷めたときがまさにそれで、シップを処方してもらい、時間薬ですねーとなった)、眠っている両親を起こすのも申し訳なく、ひとりでひたすら耐えました。保冷剤を脇腹に当てて(筋を違えて患部が熱を持った時は冷やすと良いと調べたら出てきたので)、冷たい廊下の階段に座り、ゆっくり呼吸をして……。患部が冷えると少し落ち着き、体を引きずるようにして、自分の部屋に戻りました。
 もうあとは、なんとか休める体勢を――明け方導き出したはずの積みクッションでは、今の痛みに耐えられないので――もっと座るかたちに近い詰みかたに変えるしかないかと、クッションつむつむ妖怪のような感じで、ひたすら、クッションの詰みかたを変えては試しておりました。
 たぶん、はたから見たら、かなり滑稽だったと思います。三十代女性がベッドの上でひたすらにいろんなかたちのクッションを積み上げては順番を入れ替え、痛みにうめきながらまた積み替える……。本人にとっては悲劇なんですけれど、客観視できるようになった今は笑い話というか、喜劇っぽいです。
 しかしそのときはどうやってもだめ、ベッドじゃ呼吸もできない、あばらが刺さってるみたいだ、痛すぎて眠るどころじゃない、デスクの椅子に座って、その状態で寝るしかないか――と、なかば覚悟を決めた真夜中。
 スンッ――と、とつぜん、痛みが引いたのです。
 ロキ〇ニンを服用してから約三時間がたっていました――それがどうやら、ようやく効いてきたらしいのです。(え、鎮痛剤って、もっと即効性があるんじゃなかったっけ?) 
 もういちど、半信半疑ながら、ベッド上に積みあげたクッションにもたれてみました。
 ……今なら、寝れるっ! 
 かなり遅れてやってきた効き目ですが、救急車が頭によぎったほどの先ほどまでの痛みに比べれば、この小康状態はありがたいに違いありません。
つむつむしたクッションに体を持たせかけ、なんとか眠りに落ちることができました。
 この経験則から、眠りたい約三時間前に逆算して痛み止めを服用すれば眠れるとわかり、それでも、痛み止めを服用しても痛めてから四晩は、つむつむクッションのお世話になりました。
 枕にブランケットを挟んで少し高めにし、ベッドに体を横たえられるようになったのは、五晩めからです。痛めていない左半身をずっと下にして、右半身を上にした横向き寝です。
 約一週間たって、やっと仰向けにもなれるようになりました。深呼吸をしても、もう痛くはありません。ただ、まだ右下寝は、怖くてできません。
 まさか、ちょっと横着しただけ――体をひねった状態でパソコン作業をしばらくしただけで、こんなおおごとになるだなんて思いもしませんでした……。
 無印良品のやわらか背あてにもなるクッション(俗に人をダメにするクッションと言われるもののスモール版)が、ものすごく助けになりました。このクッションが私の体を受け止めてくれたおかげで、なんとか休息を得ることができました。
 正しい姿勢での作業は、ほんとうに大事です。
 自分への戒めのためにも、経緯をここにこうして記します。

(コメント、返信は無しでお願いします。……はずかしいので。)

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