ナウシカとコロナ

6月上旬、初夏の爽やかさを飛び越し、真夏のような日が続いた。
 長い冬を強いられる道民としては予期せぬ夏日は歓迎だが、今年は勝手が違う。マスク着用で不快指数が上昇し、陽気より息苦しさが勝る。
 ある日、向こうからマスクをしていない青年が歩いてきた。「なぜしないのか!」と内心ではいら立ったが、冷静に考えるとここは屋外。道ゆく人はまばらで、換気が「いい」「悪い」などと議論の余地もない。思い直して自分もマスクを外してみると、ライラックの香りを内包した優しい風が頰をなでた。
 爽快感とともに、人気アニメ映画「風の谷のナウシカ」のワンシーンを思い出した。ナウシカは主人公の名前で、映画は近未来の地球を描く。劇中の地球は人間によって汚染され、「毒」を放つとされる菌類が「腐海」と呼ばれる森を形成。マスクを外すことは「死」を意味していた。
 ナウシカはある日、マスクを外した状態で森の下層部に迷い込む。ところが死に追いやるはずの腐海は、汚染された地球を浄化していることを知って驚く。
 新型コロナウイルスは人類にとって災厄であるが、働き方や暮らし方など難しいと思われていた改革を推し進めたのも事実。腐海のように、人間の業で生まれた何かを浄化しているのかもしれない。
 そんなことを妄想していると、今度はけげんな顔をしたご婦人が向かってきた。視線が気になり、私はそっとマスクを着け直した。


北海道新聞 朝の食卓 2021年6月19日掲載

アヤコフスキー@札幌。ディレクター・デザイナー。Salon de Ayakovskyやってます。クロエとモワレの下僕。なるようになる。リトルプレス「北海道と京都とその界隈」で連載中 http://switch-off-on.co.jp