舟歌


 ポーランドの首都ワルシャワで5年に1度の「ショパン国際ピアノ・コンクー ル」が開催された。今回からその様子はユーチューブで生中継され、本選まで全 ての演奏から優勝者が決まる瞬間までスマホで楽しむことができた、しみじみすごい時代になったものだと思う。
 日本にはショパン愛好家が多いと言われており、私がピアノを習っていた子供 時代にも好んで選曲されていたように記憶している。抑制の効いた悲しみや怒り、慈しみの表現。それは、日本特有の「もののあはれ」という言葉に集約されるような滅びの美学や無常観、散る花もまた美しいといった感覚に、どこか通ずるものがあるのだろうか。
 ショパンと同じ時代を生きた作曲家リストが残した記述に、ショパンの曲を初めて聞いた人が「あなたの音楽は、美しい花畑を歩いていたら片隅にひっそりと 戦死者の墓を見つけたような複雑な感情を与えます」と言い、ショパンは「その 感覚はポーランド語ではジャル(zal)といいます」と答えたとある。喜怒哀楽では割りきれぬ複雑な心模様を表現した言葉なのだろう。
 私がショパンの楽曲で一番好きなのは悲しい恋のゆく末を感じられる「舟 歌」。フォーレやチャイコフスキーも同じ曲名の作品を残している。しかし、ぬるめの燗とあぶったイカで終わった恋を表現した八代亜紀さんの「舟唄」にも 「ジャル」は宿っているように思える。


2021年11月16日 北海道新聞 朝の食卓 掲載

アヤコフスキー@札幌。ディレクター・デザイナー。Salon de Ayakovskyやってます。クロエとモワレの下僕。なるようになる。リトルプレス「北海道と京都とその界隈」で連載中 http://switch-off-on.co.jp