辛い


 この春からフランス語のレッスンを再開した。「40歳は青年の老年期であり、50歳は老年の青年期である」とはビクトル・ユーゴーがのこした言葉だが、再び学びたくなったのは第二の青年期として悪くないタイミングだったかもしれない。
 普段、表意文字である「漢字」を用いる国々は言語が違えど文字を介して理解しあえるシーンがままある。アルファベットもまた国が違えど似た単語が多々あるが、中には「音」が似ていても意味がまったく違うものもある。
 例えば仏語で「働く」ことをトラバーユ、英語で「旅をする」ことをトラベルというが、この両者はどちらも「トリパリウム」というラテン語から派生しており、それは懲罰用の道具の名称だという。その時代に「辛いこと」として派生した単語が、地域の成り立ちや社会のあり方によってそれぞれ違う発展を遂げたことに想像力をかき立てられる。
 「働く」ことも「旅をする」こともままならぬことこそが「トリパリウム」となった今の姿はなんとも皮肉な話だ。日本語の「辛い」は同じ文字でも困難な状況を「つらい」、スパイスの刺激や評価が低いことを「からい」と使い分けるが、この文字もやはり痛みを伴う道具の形状が由来らしい。辛いものを食べ発汗する夏も終わりそろそろ秋風も吹き始めたというのに、1年前の焼き直しのように新型コロナウイルスによる辛く世知辛い日々が続く。


北海道新聞 朝の食卓 2021年9月5日 掲載

アヤコフスキー@札幌。ディレクター・デザイナー。Salon de Ayakovskyやってます。クロエとモワレの下僕。なるようになる。リトルプレス「北海道と京都とその界隈」で連載中 http://switch-off-on.co.jp