新しい朝
「昔はよかった」と言い出すのは、古い人間になった証しだろうが、そう思わせる存在にテレビがある。
かつてテレビはお茶の間のだんらんの中心にあったと言っても過言ではない。家族で楽しめる番組がたくさんあり、子供からお年寄りまで口ずさめる流行歌も放送された。たった15秒間で映画1本分の心の揺さぶりを与えてくれるテレビCMも多かった。フランスの詩人アルチュール・ランボーやスペインの建築家アントニオ・ガウディといった文化人もCMを通して知ることができた。
当時はブラウン管の中の人たちが、こちら側の私たちを楽しませようとする気概が感じられた。今はそれが全てではないが、テレビ画面の中の人たちが楽しそうにしている様子を、私たちが指をくわえて見ているようだ。いつしかテレビから気持ちが離れるようになった。
そのきっかけとなった出来事が二つある。2011年の東日本大震災と今年の新型コロナウイルスだ。ある記事でラジオ局のプロデューサーが震災当時を振り返った一言が私の気持ちを代弁してくれている。「テレビでは悲惨な映像が多く流されたが、われわれはリスナー(聴取者)の励ましとなることは何かを考えた」
コロナ禍の今、出勤前の私はラジオを聴きながら身支度をする。悲劇やスキャンダルを強調した演出で感情が動かされることはない。代わりに予期せず流れてきた懐かしい曲で心が弾むこともある。あの頃のテレビに思いをはせつつ、ラジオに背中を押されて新しい朝を迎えている。
北海道新聞 朝の食卓 2020年9月11日掲載
アヤコフスキー@札幌。ディレクター・デザイナー。Salon de Ayakovskyやってます。クロエとモワレの下僕。なるようになる。リトルプレス「北海道と京都とその界隈」で連載中 http://switch-off-on.co.jp