スイッチ

 私はスイッチを押すのが大好きだ。リモコン、照明、ブレーカー、エレベー ター、生活の中にさまざまなスイッチがある。市電やバスの停車スイッチもなか なかの押し心地だが、子供が乗っていれば「きっと押したいだろうなあ」とギリ ギリまで我慢する、笑われそうだが「好き」が高じて自分の会社の社名にもして しまった。
 かつて「未来」を描いたSF映画にはスイッチがぎっしり並んだ巨大なコン ピューターが登場し、その姿にテクノロジーの進化を感じた。しかし現実の世界 では「タッチパネル」が幅を利かせて、わたしの好きなスイッチは姿を消し始め た。各メーカーで多様なデザインを競った携帯電話も今ではどれもこれも真っ黒 い「のっぺらぼう」な板だ。
 世界中でそのツルツルした物体をなぞっている現代の姿は、昔読んだSF短編 小説を思い出させた。宇宙から落下した物体の中にあった設計図に基づいて作ら れた道具が、とてつもない快感を与えることが分かり、世界中で量産されるとい う話だ。
 設計図に「特許」の表記が発見されるも黙殺され、道具は地球上に行き渡る。 その後、特許権を主張する宇宙人が飛来し、もはや特許料を払うしか道はないと 思った人類にこんなことを言う。「この道具は敵対する相手に送り付けて文化レ ベルを止め衰退させるものだが、相手に送らず自身が使って堕落するのは目的外 なので特許料は不要です」
 こののっぺらぼうな道具が宇宙人の特許ではありませんように。


2021年10月8日 北海道新聞 朝の食卓 掲載

アヤコフスキー@札幌。ディレクター・デザイナー。Salon de Ayakovskyやってます。クロエとモワレの下僕。なるようになる。リトルプレス「北海道と京都とその界隈」で連載中 http://switch-off-on.co.jp