私を月へ連れていって

ここのところ、月の価値が上がり続けている気がしてならない。かつて、月を意識するのは年に1度の「十五夜」くらいで、中秋の名月に乗じて「花より団子」ならぬ「月より団子」を楽しんだものだった。最近は「68年ぶり」「次は18年後」といった調子で、満月が通常より大きく見える「スーパームーン」と呼ばれる月が何度も登場。月のセールスマンが心の隙間を狙い、売り込んでいるのではと疑いたくなるほどだ。
 月は古代、神秘の存在そのもので、月の向こうには異世界があると思われていた。平安時代の「竹取物語」のような一種のサイエンス・フィクション(空想科学小説)が生まれた想像力の源は、自然現象に対する畏怖のようなものだったのだろう。
 いまやアメリカの民間企業が月の周回旅行を計画し、名乗りを上げたのは、ネットショップで巨万の富を得た日本の若手経営者だ。彼は月旅行に芸術家を招待するといい、「この体験が素晴らしい作品を生み出す源になる」と語るが、月に行かずして月を語る創造性こそがアートなのではないだろうか。彼が経営するネットショップの名は「想像」と「創造」のゴロを掛け合わせたネーミングというのも、なんとも皮肉な話に思える。
 童謡「月の砂漠」を作詞した加藤まさをさんは、砂漠どころか外国旅行の経験もなく、あのドラマチックな風景をつくりあげたそうだ。月旅行に招かれなくても、好奇心と想像力が私を月へ連れていってくれる。


北海道新聞 朝の食卓 2020年6月27日掲載

アヤコフスキー@札幌。ディレクター・デザイナー。Salon de Ayakovskyやってます。クロエとモワレの下僕。なるようになる。リトルプレス「北海道と京都とその界隈」で連載中 http://switch-off-on.co.jp