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恐れていたものは

娘が一歳半になった頃、

初めて
階下に暮らす人から足音についての苦情が来た。

私はお詫びし、
これまでクッションマットを敷いてなかった部分にも、
部屋のほぼ全てのスペースにマットを敷き詰めた。


夜の20時以降は静かにして欲しいとのことだったが、

私達は毎日仕事を終えて保育園に娘を迎えに行ってから、
帰宅するのがちょうど20時という暮らし。

うるさかったらどうしようと思い、
しばらくの間夜はとにかく抱っこして暮らした。

抱っこしてご飯をつくり、
洗濯をし。

しかしずっと全てを抱っこでできるわけではなく、

お風呂上がりにダッシュしようとする娘を捕獲…


言い聞かせようにも、
言うとむしろ面白がって走るので、
ほとほと困り果てていた。

2歳になると、
だんだんと話しがわかるようになり、

夜は静かにしようね

というのを少しずつ聞いてくれるようになってきた。


それでも今度は、
階下の人から大家さんを通して再び苦情が入った。

私は絶望した。

階下の人、ごめんなさい…
でもこれ以上どうしたらいいのだろう…

今すぐには引っ越せない…
どうしよう…


二階に住んでいる私が悪いだけなのだが、

気を使い過ぎ、悩み過ぎて、

なんでみんなそんなに神経質なの⁇
と心の中で逆ギレしていた。
(ホント自分勝手)

独身時代に住んでたアパートの上の階に
幼児2人の兄弟がいる家族が住んでいたのだが、
夜に足音が思いっきり聞こえてきても
「そこに生きてるな〜」としか思わなかったくらい大雑把な私には、
騒音に苦しむ繊細な人の気持ちがわからなかった。

わからなくて怖くなり、

もはや子供なんか邪魔だという風潮
(電車でベビーカー問題とか、公共の場で授乳するな問題とか)のある、
世の中全体に対する不信感にまで気持ちが拡大していた。



そんなある日…


インターホンが鳴り、
出てみると、


階下の人(奥さん)だった。

思わず日頃の騒音に頭を下げると、

「こちらこそ、うちの旦那が神経質で、ごめんなさい。

私も、もう子供は大きくなったけど、子育てしてきたから、
無理なものは無理だってわかるよ。

あなたのことを、
大雨の日に見てから、

こんな一生懸命な人を責めてはいけないと思って、
旦那が苦情を出している事に胸を痛めてた。

せっかく近くに住んでるのだから、
仲良くしましょう。

これ良かったら、食べてね。」

そう言って
お菓子をくれた。


大雨の日…

それは、

ある凄い雨の日、
雨どいが詰まってしまった時の事。

私の部屋から手が届く場所だったため、詰まったビニール片を取ったことがあった。

無理しないでよ〜!
って声かけてくれたのが、
今思えば奥さんだった。


そんな風に見てくれてたんだ…
と胸が熱くなった。


もちろん騒音に気をつけないといけないことに変わりは無いが、


独りよがりになって、
世間から、邪魔者扱いされている気がしてた不信感いっぱいの心に、

みっともないが一生懸命生きてるだけの私を、
「そこに生きてるな〜」って見ててくれた人がいたのだっていうことが
ジーンと沁みてきた。


恐れていたものは
愛だったのだ。


私は怖くて逃げ回っていた。


さりげない、隣人への愛だった。






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