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話したいことが話せる


 
自分の言いたいことが言える、とはしあわせだ
それについて深掘りできると、ワクワクする
 

最近感じるのは、
それぞれに自分の枠組みがあって
その枠組みから外れていることは、
話していても話が噛み合わない
ということ。
  
共通言語という感覚
世界観という言葉にも置き換えられると思う。
 
でも、会う人会う人が
共通言語や価値観を持っているとは限らないし

むしろわたしの感覚値では
それぞれの分野が細分化された今、
とてもそれぞれの持つ枠組みは小さく
また自分の枠組みを持っていることにさえ気付かない人が多いように思う。
 

その枠組みがあるという感覚を理解して
自分がどのような枠組みを持っているのか知って
 
相手はどの枠組みを持って話しているのか
知ろうとすること
 
知らないことに触れるときや
自分の話したいことがその人のフレームから外れているとき
そのフレームワークが必要なようだ。
 
 
土台は自己理解であり、
その上での相手の理解、
そして自己開示、自己表現で自分を理解してもらう
 
この順番であるようだ。
 
自分を知れなんて、よく聞く言葉で
自己分析、他者理解という言葉が溢れているけど

この自己理解、他者理解の
ステージには、いくつもの段階
があるようだ。

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