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セバスチャン・クナイプと彼の水療法について、もちろんエリザベートの時代のことだから現代にそっくりそのまま効くというわけではないのですが、美学として興味があります。この1年水に引かれてきました。冷泉、水聴庵ときどころ、そして恐れと裸足と龍と神学者。きっと何かご縁がある。
わたしは、手を抜いたりサボるとき、かなり自覚して(自己嫌悪しながら)そうするので、他人が手を抜いたりサボったり、端折ったときに、そこに至る回路が見えてしまってとてもがっかりします。赤の他人ならただ呆れてこの人と組みたくはないなと思うだけなのですが、身内には厳しく追及してしまう。
足解きセラピー 間という文字に、間に耳がある聞という字に、見入ってしまう。そこにうごめくいちいち私をinspireしてくる素因数に。同じように、解という字にあまりにも見入ってしまうので、商品(コト)名を「足解きセラピー」とします。とかれほどかれていくのは足のみにあらず、足から。