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アケミちゃんのこと



アタシいじめられてんのよ、とアケミちゃんが笑う。

アンパンマンのようなまん丸い顔にびっくりするくらい
濃ゆいパープルのアイメイクと青みがかったピンクの口紅。
昼間に顔を合わせるのはチョット時間を間違えたかな、と
思わせるような気合いの入ったお化粧は、かなり時代も
間違えてるかも、しかしそれがなんとも彼女には自然と
馴染んでいて妙なのである。

この間友達の結婚式に出るという話をしたら、アタシが
若い頃着てたかわいいドレスあるから着なさい、といって
肩パットのしっかり入ったフレアのワンピースを持って来てくれた。
うちのママが授業参観に着ていくためにデパートで買った
モリハナエのワンピースを思い出してちょっと懐かしくなったけれど
肩パットはおそらく未来永劫流行らないアイテムのひとつだと思う。
アケミちゃんの前で試着して、「かわいいけど、ちょっとやっぱり
今のかんじじゃないね。」と納得させて、バブルの時代の意匠が
特に嫌いな自分をちょっと悔いた。
アケミちゃんのことが好きだったからだ。

彼女は若い時にクラブホステスとして売れっ子で、
本当にかわいかったんだよ、と教えてくれたのは近所に住む
おじさんだったが、その人がアケミちゃんに恋をしたという
話は聞かない。というか、アケミちゃんに関する色恋の話を
耳にしたことはない。どちらかというと時代を共にして来た
仲間みたいなかんじで彼女は語られていたように思う。

私が彼女の働く喫茶店に通うようになったのは
おととしの暮れのことで、家が近かったのもあるけれど
そこに集まるひとたちが面白かったからだ。
自分の親くらいの世代の人ばかりだったけれど、
彼らの生きた話を聞くのが好きだった。
キャバレー全盛期にバンドでドラム叩いてたおやじさんや、
そこにお客で通ってた社長、結婚五回目の鳶職、
出張のたびに立ち寄るイギリス人、雑多な雰囲気が
場末のスナックのようなお店。

アケミちゃんはそこで雇われホステスのような出で立ちで
ウエイトレスをしていた。
カウンター越しに彼女を見ると本当に夜の気分になるが、
お喋りが始まるとまるでスーパーのレジに並んでる主婦のようだった。
自分の感情にまっすぐでさばさばした物言いや妙に情に厚いところ
なんかは愛情を注ぐ対象のない独身女性特有の純粋さが垣間見える。
いつも常連の話に深く耳を傾けては、うんうんうなずいてる姿が
印象的だった。

或る日仕事帰りに立ち寄って、アケミちゃんに上司の愚痴を
聞いてもらったときのこと。
そのとき私は女性上司の嫉妬にほとほと参っていて、
会社を辞めようかと悩んでいた。
「アタシね、最近ここのほかにもう一件働いてんのね、夜。」
アケミちゃんはおもむろにそう話しだした。
お客はカウンターに私と常連の玉ちゃん。
そして、テーブルで静かに珈琲を飲んでるサラリーマン。
BGMは演歌である。

「夜と云っても水商売じゃないわよ、割烹。知ってる?
玉田って老舗の。そこのお運びさんやってんの。
でさ、そこの古株のババアたちが底意地が悪くって新参者に
意地悪するんだわ。ふんってなもんで。仕事とられると思うのね。
自分より若いのが入って来たから面白くないわけ。
年取るとあからさまに出るわね、性格が。まあ、ほんと、
みにくいババアたちなのよ。でね、くやしいから、仕事一所懸命
覚えてさ、こっちもふんってやりかえしてやんのよ。」
「でも、ホントはあれよ、凄く心細いのよ。私1人でさ、周りは
結束が固いババア集団だし年季入ってるしで、でもそんなやつらの
ために仕事を辞めるなんてさ、ばかばかしいじゃない。こっちだって
生きていかなきゃなんないんだから。」
「ハルコもがんばんなさいよ!若いんだし。」

アケミちゃんはそう云ってとびきりのアンパンマンスマイルをした。
休日、彼女は教会通いをしているのだそうだ。
猫と二人暮らしのアケミちゃん。
私はそれでもそんなのは耐えられそうにもないから辞めようと、
心に決めたけれどアケミちゃんにありがとうと云った。
私はアケミちゃんのことが大好きだ。

読んでくださって嬉しいです。 ありがとー❤️