#9 オリジナル小説 終

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ヨルガの転生を見届けた後、長老が自分に語りかけてきた。

「私がどうしてこんな化け物じみた形相をしてるか分かるかい?

年月が経ち過ぎて、人型を保てなくなったからだ」

「そう、なんですか」

暗がりの洞窟で白い大きな塊はうねうねと蠢めく。

「死人とはいえ時間は無関係では無いんだ。どんなものも生まれ変わらなければどんどん劣化して行く。もちろん私の継承者としてここに残ると言うのもアリだろう。だが引き換えにいろんなものを失う。姿も、思考も。

私の言葉はすべて『森の神』のご意志でしかない。イメージの能力だって、神から預かっただけのヌケガラだ。ヨルガも君もまだ魂が浅い、このような役目はね、転生を繰り返した老いぼれが負えばいい」

言い残して長老は歩き出す。意思を失ったと言う長老の声はなぜか寂しげに響いていた。

春だ。

ある朝自宅から外に出ると、生暖かい風とともに青臭い緑が鼻先をかすめた。もうすぐ新しい生活が始まるというのに、暗い心を日向に引きずり出すこの季節はいつまでも好きになれない。

本来なら高校生として学校に通うはずが、自分は結局受験に間に合わなかった。いつも関心のない両親はここぞとばかりに自分を責めたが、罪悪感はそこまで湧かなかった。選択肢の少ないこの国では、少し道を外れただけで人間失格の烙印が押されてしまう。全てわかった上でそれでも自分で決めた。少しは成長できただろうか。

バイトをしながら美術の予備校に通う事になった。美術高校に行こうと決めたのは数ヶ月前だった。よく許可が降りたとは思うが、祖父母が両親を見かねて支援してくれたのだ。数ヶ月前までは自分の味方などいないと思っていたが、余裕が生まれただけ見えるものも違って見えた。素直にありがたかった。

賑やかな声とともにピカピカのランドセルが目の前を横切っていく。両親と一緒に並んで歩く女の子は、買ってもらったばかりの喜びに包まれた光のようだった。

自転車にまたがり、春の風を浴びる。心地よくはなかったが、こういうのも悪くない。

あの美しい森をスケッチしたい、早く。

自転車を漕ぎ出す。樹守者の声が聞こえた気がした。

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