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私的I-LAND考 ~ニキの物語として読み解くI-LAND~3(完結)

この小論は2020年9月21日より同10月1日まで、Twitterに投稿したものに加筆訂正等を施したものになります。

終章 英雄ニキの物語

 ニキの物語として読み解くI-LANDは、何となく神話の中の英雄伝説に似ている。日本神話のヤマトタケルやギリシャ神話のヘラクレスのように、ニキも大きな危機を乗り越えると安心する間もなく次の苦難に遭う。自分を信じ身も心も強くならねば潰される、常にぎりぎりの所でこの少年は健気にも闘ってきたのだ。
 3回目の脱落式。今回はグローバル投票によって脱落が決定する。中間発表が思わしくなく、自分の脱落を心配していたニキだったが、ここでは運命の半身とでも呼ぶべき親友との別れが訪れることになった。タキの脱落という思いがけない形で。I-LANDで、とりわけニキとタキを愛で、応援していた私は、まだその場面をことばでつづることができない。正直いって、タキが脱落するとしたら投票ではなく、プロデューサー審査の回だろうと思っていた。第5課題で辛うじて脱落を免れたタキは、第6課題での評価も厳しいものだった。タキは毎回脱落の深淵をのぞき込んでは、つらい思いをしていた。見ている方がつらかった。ただ、それは次回だ。今回までは大丈夫なはず。危ないのはニキの方だ。視聴者も、そしてニキ自身も、そう思っていたのではないだろうか。だからタキの脱落は衝撃が大きかった。辛くも勝ち抜けたニキがエレベーターの向こう側から悲壮感に満ちたまなざしで大型モニターを見つめては、目を背け天を仰ぐようにしている。しかし、運命は苛酷だった。最終通過者ダニエルの青ざめた挨拶。勝ち抜けた者もまた辛いのだ。
タキの最後の挨拶には多くの感謝と、デビューへの希望を持ち続ける決意が込められていた。本編終了後、荷物を取りにアイランドの玄関へ向かうタキ。仲間達が表へ出てくる。タキはもうその中へ入ることは許されないのだ。目を真っ赤にしたニキの表情に心が痛んだが、「タキの分まで頑張る。必ずデビューしてみせる。」というニキの覚悟が伝わってくるようでもあった。こうして深い悲しみの中にありながら、私は14歳の少年が大人になっていく瞬間に立ち会っているような気がしてならなかった。
 カリスマとは個人の持つ超人間的・非日常的な資質で、人々を引きつけ感銘を与える強い力を持つ。歌い踊るニキの目にはその力があるという。しかし、これまでのテストでの評価は常に低かった。タキとの別れを経て更に強く進化するか、脆くも崩れさるのか、ニキにとってそれが第7課題突破の鍵になったと言えるだろう。
 第7課題の中間チェックでも見事な仕上がりを見せたニキ。やっぱりうまいなあ、とアイランダーからもプロデューサーからも声があがる。プロデューサー審査で脱落が決定する第7課題の突破には、なにも問題がないような印象を受けた。しかし、ここで大きな転機が訪れる。それが、ジェイ渾身のフィードバックである。ニキのピンチに颯爽と現れ、手を差し伸べてくれるジェイ。ジェイの指摘によって、ニキは壁を乗り越えるヒントをもらったようだった。
 つまり、曲の途中、おそらくはつなぎのパートあたりで集中が切れ、素に返ってしまうということだろう。アイドル、特にK-POPアーティストは曲の世界観を演じるものである。曲中で素に返られたら観客は白けてしまう。とはいえ、これは実際のプロのアイドルでも意外に見かけることがあるものだ。グループのパフォーマンスではフォーメーション移動が欠かせないし、舞台袖側にはけて待機する時間などもある。ニキはダンスのうまさ故に、その切り替えが逆に目につくのかもしれない。ニキはこの指摘を真剣な表情で聞いていた。彼にも何か腑に落ちるところがあったのだろうと思われた。
 Flame Onユニットがその後どのような練習をしたのか、詳しいことはわからなかったが、第7課題テスト本番、ステージには私の知らないニキが立っていた。それはグラウンドの草むらで心身を養い脱皮を繰り返し、I-LANDという繭のなかで苦しみもがきながら変態の時を過ごした蛹が、華麗に羽化した姿だった。
 すんなりと伸びた手足。しなやかな指。華奢な首筋。風に舞う髪。滑らかな肌。甘やかに開かれた唇。そして、煙るようなあの瞳。
 ニキは、鱗粉を煌めかせながら己れの肢体を見せつけるようにゆったりと舞い上がる、色鮮やかな蝶さながらの艶やかさでステージに立ち、「燃え上がる俺を見ろ」と歌っていた。力強いだけでなく、表情、手指の動きが美しく、繊細で、独特のニュアンスを持っている。神々しいまでの美しさ。そう、Flame Onのニキには確かに神が憑いている。彼こそが神に選ばれし踊り手、そうとしか思えない。カリスマの何たるかを見せつけられている気がした。
 現時点(注:2020年9月27日午前4時48分)で558826回の再生数を叩き出すチッケム(注:2022年5月21日時点では167万回再生)は、覚醒し進化したニキの破壊力のもの凄さを表している。ずっとこのチッケムを見てる、そういう人がきっと多かったに違いない。これはそういう数字だ。だからこそ、実力で2位まで上がって来たニキを絶対にデビューさせなければならない。ニキティの皆ががそう覚悟したのではなかったか。

 これから最終12話の読み解きに入る前に、やはりケイとニキの話をしておかなければならないだろう。I-LANDという物語において、ケイはニキの父である。こう言うと「いやタキの父だ」とか、「年齢が近すぎる」とか、「ケイくんかわいそう」とか、多様な異論が出てくるにちがいない。もちろんそうかもしれない。しかしそこは解釈の問題だからと言うに留めておきたい。
 伝承文学の類型に貴種流離譚というものがある。若い英雄が、身分の低い母親や、双生児の弟の方として生まれたことで本来の居場所(天界、あるいは王宮などの高貴な場所)を逐われ、巷間をさまよい、さまざまな苦難に遭いながらも人々を助けて世に認められ、最後に偉大な父に認知されるという構造だ。I-LANDのPart1はこの形に似ている。
 このパッケージをI-LANDにそのままあてはめると、英雄がニキ、高貴な場所がI-LAND、巷間はグラウンド、高貴な兄はヒスンと置き換えられるだろう。そして偉大な父がケイなのだ。このタイプの伝説や神話では、英雄は苦難と流離の果てに非業の死を遂げるか、あるいは最後に父に認められ、更にその偉大な父を滅ぼすかすることで完結する。
 ニキがケイを慕っていることは誰の目にも疑いようがない。しかし、タキと比べるまでもなく甘え方が不器用だと感じたことはないだろうか。ケイもまたべろべろにニキを可愛がりはしない。しかしケイはニキをとても気にかけているし、ニキもケイの側に居ようとする。この絶妙な距離感に見ていてもどかしささえ感じることがあった。
 しかしながら、ケイとニキは共通の言語で語り合える関係でもある。日本語のことではない。2人はその基盤がダンサーだと言うことだ。シグナルソングの練習中にヒスンの指導法を巡ってケイとニキが日本語で語り合う場面ではそれがよくわかる。ダンスの天才といわれるニキが認めるダンサーはI-LANDにはケイしかいない。総代戦でケイの創作振り付けを見たときのニキの悔しそうな表情にもそれが表れていた。
 こう考えてくると、I-LANDにおいて、ニキが一目置き、なおかつ勝ちたいと願うのはケイだけだったろう。ケイも十二分にニキを意識していていた。そんな2人はPart2で再び合流し、途中衝突などありながらも互いを磨き合い、最後はパープルの部屋で共に暮らしながら運命の日を待った。緊張の中にも穏やかな日々だったのではないか。私もまた、この安らかな日々に終わりが来ないことを、運命の日が来ないことを、どんなに願ったことだろう。
 2020年9月18日。生配信されたファイナルは、9人でのパフォーマンスがとても素晴らしかったし、語られたエピソードもどれも微笑ましかった。だから、22人でのシグナルソング披露というファンの感傷を喚起する演出の背後から、じりじりと悲劇が迫ってきていることに、私は全く気づいていなかった。
 以下は憶測になるが、2番目に多いという日本票の内実は、千々に割れていたのだろう。10話の状況ならばケイもニキも6位以内に入ることのできる数でははなかったのかもしれない。しかしニキが劇的な覚醒と進化を遂げ、初めて実力を認められて2位に上がったことでニキティ達には火がついていた。各人が人権?を捨てて新規票の開拓にのりだしたのだと思われる。
 更に、千尋の谷に突き落とされても自力で這い上がって来た、この獅子の子への日本外での人気も高まっていたという見方もできる。ニキティ達は決して投票での圏内入りを期待してはいなかったと思う。なんとか7位にしてプロデューサー推薦で上げよう、というのが本音だった。11話の終わり方はそれを暗示しているように思われた。それがヒスンの次に名前を呼ばれての4位。ニキは最後にファンの予想を超えてきた。うれしい誤算だった。
 ケイが視聴者投票で一歩及ばなかったことへの言及はこの小論の本分ではないが、そこにはケイにもケイの応援者たちにも責任のない、風評被害的な要因があったと承知している。またプロデューサー推薦で投票としては8位だったソヌが選ばれたのも、運営側の戦略の問題であってケイの実力が何ら否定された訳ではない。
 ケイの脱落は思いがけない悲劇であった。だがその事実によって、放浪の英雄が功業の果てに偉大な父に認知され、さらにその父にとって代わるという貴種流離譚の神話の形式が奇しくも完成されることとなった。だれが仕組んだのでもない、まさに運命の悪戯である。日本人の多くがケイとニキがともにデビューすることを願っていた。だから私などはファイナル終了後もうれしいながらも戸惑いを隠せなかったし、日本人として一人だけ加入することになったニキを心配する気持ちも強かった。
 かくして、さまざまな感動と困惑を残してI-LANDは終結し、同時にENHYPENが生み出されたのである。
 余談になるが、そんなニキティの心配を少し晴らしてくれたのが、ビハインドの「ニキ羊」のイタズラエピソードだったことは、ずっと語り伝えたいことでもある。

 最後にこの小論の結論をまとめておきたい。

 ニキという英雄を主人公とした貴種流離譚の構造を持ち、西村力と言う不世出の天才少年が、グラウンドの厳しい競争の中で身を養い脱皮を繰り返し、さらにI-LANDという繭の中で我が身を自ら壊す変態の苦しみを経て、1人のアーティストNI-KIとして華麗に羽化するまでを物語る神話。それがニキの物語として読み解いたI-LANDの全容である。
あまりにも厳しく残酷な、そして美しい物語である。
 ENHYPEN NI-KI はこの神話を背負って、これからどこまでも高く飛翔していくだろう。そして我々神話の目撃者はこれからもニキの物語を追っていくことになるが、ここからは神話ではない。
 これから私たちは、ENHYPEN NI-KIがみずから生み出す歴史の目撃者になる。

                                   おわり

「ニキの物語として読み解くI-LAND」
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         青玉(あお) @awodama_niki

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