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<29>ブライちゃんの涙を見て、オバチャンがハンサムになる日。

じじょうくみこが誕生して丸10年。というわけで勝手に生誕記念⁉でウェブマガジン「どうする?Over40」に連載していた処女作の「崖っぷちほどいい天気」をこちらに転載しております。

27、28回は話が少々それましたので、29回に飛んで四十路ハケンOL編を進めてまいります。今回は「大人になるとなぜ丸くなるのか」という話なのですが、あれから10年、友人ジャンコは五十路になって再びキレ始め、せっかちが加速しております。取れた角はどこにいったのか。貼ってはがせるタイプだったのか。

それにしても四十路って、何をするのも「めんどくさ~」という気持ちが先に立ってしまう時期ありませんか。経験を積んだぶんいろんなことが想像できてしまい、「こうなってああなってそうなるから・・・めんどくせ」と行動する前にやめがち、体力温存しがち。

でも最近の人は(うわ古典的な表現)若いときから温存してるなあ、と思ったりもします。珍獣パラダイスの面々は無駄な動きばかりでつきあうほうは大変でしたが、なんか、面白かったな。

ちなみにブライちゃんはその後、10歳年下の居酒屋店員と大恋愛し、周囲の反対を押し切って結婚。母になって、職場に復帰して、今でも珍獣パラダイスでバリバリ働いているようです。

それでは、どうぞ~。

*** 2013年12月7日の記事***

ブライちゃんの涙を見て、オバチャンがハンサムになる日。


先日、友人ジャンコと久しぶりに飲んだのです。同業で独女という共通項の多い(収入は雲泥差ですが)ジャンコとは、定期的に会って互いの近況を報告しあっているのですが、その日、彼女はしみじみとこう言っておりました。

「最近なんだか私、怒らなくなったのよね。前なら段取りの悪い店員や仕事のできない部下がいたら『ちょっと何やってんの??』とカリカリしていたのに、今なら『いいわよいいわよ、忙しいよね。待っているから、がんばれ』って笑顔で見守っている自分がいるのよ。年も取ってみるものよねええ〜」

若い頃のジャンコを知っている身としては、確かにこれは恐るべき変化であります。行動もすれば結果も出す、デキない男は踏みつぶして進む、だって人生は0か100しかないのよ的なバリキャリ女だったジャンコから、よもや「他人を笑顔で見守る」などというセリフを聞ける日が来るとは。

ただまあジャンコ的には「他者に寛容になった大人の私」をアピールしたかったのだと思うんですけどね、それって

年取って怒る元気がなくなったからだよね

とは言わずにおきました。

よく「年を取って丸くなる」と言いますが、あれって結局「角を立てるエネルギーがない」ということなのではないか、と年を取って思うようになりました。だって怒るのってものすごくエネルギーがいるんだもの。というか、いろんなところがゆるくなって、いろんなことがどーでもよくなってきました。

世間のあれこれに感情乱されるより、おいしいもの食べて帰って寝てたい。だからでしょうか、ジャンコじゃないけど空回っている人やがんばっている人を見ると、なんとなく温かい目で見守っている自分に気づくことが増えてきました。


***


こんなことあんなことがあって珍獣パラダイスで働いていた私ですが、働き始めて2年目のある時期から、中途採用で盛んに人をとるようになったのです。どうやら事業部を拡大することになり、外から人材を集めようということらしい。そうしてしばらくして、ハツミさんという20代女子が入社してきました。

小柄で可憐な印象のハツミさんでしたが、これがまたゴリッゴリの理系女子。大手メーカーで液晶パネルのなんちゃらかんちゃらとか、ICのうんちゃらかんちゃらとか、なんだか知らないけどものすごい技術開発をしていたらしいです。最近はホントにかわいい理系女子が多いなあ〜などと感心しておりましたが、初めて仕事を一緒にすることになった時、

「自分、紙の制作は経験ないので、よろしくお願いします」

そう言って「押忍」のポーズで両手を力強く結び、深々と頭を下げました。

仕事をしてみると、彼女はどうも1つ1つの工程に全力で取り組みたい人だということがわかってきました。たとえば納期まで時間が残されておらず、人命に関わる重大な要件でなければ、小さな間違いには目をつぶるということがありますよね。珍獣男子に至っては「ミス? そんなんありましたっけえ?」的な感じで、それはそれで困ったもんですが、大抵の場合はおさえるべきところはおさえて、あとはほどよく力を抜いて仕事を回す術を覚えるものです。

ところが彼女の場合は「全部を、全力で、取り組む」。それはそれで立派な態度と言えますが、当然のことながら全てに時間がかかり、理系のせいか納得できないことがあると先に進めなくなります。そうした姿勢は当然のことながら周囲の人にも影響を与えるわけで、彼女が仕事を依頼した外部のデザイナーさんが、ある時私に相談してきました。

「ねえねえ、最近そちらの会社ってルールが厳しくなったの? ハツミさん、1mmのズレも許さないという感じなんだよね。『新人なので、ルール通りにしかできないんです。自分、不器用なんで』って」

って健さん?  高倉健さんなの?

まさか21世紀に「自分、不器用なんで」とナチュラルに言う人に出会うとは思いませんでしたが、ハツミさんの高倉健女子ぶりは板についたもので、「自分、不器用なんで」一度集中すると北島マヤ並みに何も見えなくなります。「自分、不器用なんで」プライベートを削って働きづめです。そして「自分、不器用なんで」時々我に返って私のところに駆け寄り

「じじょうさん、きりのいいところで帰っていただいていいですよ。あとはやりますから。自分、家庭とかないんで」

って20代で何その無頼発言? 
てか私も家庭ないわ?


以来、彼女のことをブライちゃんと呼ぶことにしました。

一事が万事この調子で「不器用にもほどがあるよ、もっとうまく立ち回りなさいよ」と思うのですが、なにしろ先輩である珍獣たちは新人扱いもしなければ女子扱いもしないわけで(男子め!)。ブライちゃんもあの通りのブライちゃんなので、弱音を吐かずにひとりで抱え込んじゃうわけで。そういうところにいると、オバチャン派遣さんとしてはまあ、結果的に彼女をフォローするしかないわけですね。

そんなある日のことでした。A部署の女子が徒党を組んでブライちゃんのところにやって来たのです。


なにしろすごい剣幕だったので、何事かとフロアは騒然となりました。どうも彼女が担当していた付録についてA部署への情報共有が漏れていて、一体どういうことだと詰め寄ってきたらしいのです。それはよくよく聞くと大した問題ではなく、単なる部署間の通達漏れ。ブライちゃんのミスではなかったので、彼女にとってはとんだとばっちりだったのでした。

逆に言えば、大勢でブライちゃんを囲んで文句を言うようなレベルでは到底なく、あれは(実際は難アリだけど対外的にはモテてるらしい)珍獣男子たちとお近づきになったブライちゃんに対する女子的な嫌がらせではないかと、個人的には推測しています。

それでも不器用なブライちゃんは、今回も事件をものすごくまっすぐに受け止めて、「自分の考えが足りなかったんだと思います。自分、まだまだですね」とまっすぐに落ち込み、自分を奮い立たせようと必死に笑顔を作っているのがわかりました。

入りたての職場で、あんなおそろしい顔の女子に囲まれたら、そりゃこわかったでしょうよ。ホントお疲れさま、まったく珍獣男子ったら気配りが足りないわよねえ〜なんて気持ちで、つい彼女の頭をポンポンとなでたのです。

すると私を見上げるブライちゃんの目が突然うるみ、ブワッと涙があふれて泣き出してしまいました。


あらら〜


声を殺して泣いているブライちゃんを、周りの人に見えないように隠しながら、「ヤベッ! 何このすごいハンサムな立場!?」と自分で自分にツッコんでしまいましたよ。

かねてから、中年女性には知らないところでさりげなくフォローしてくれたり、困った時に頼りになる人が多いなあという「オバチャン=ハンサム説」をうっすら感じていたのですが、なるほどオバチャンはこうやって結果的にハンサムになってしまうのかというハンサム・メカニズムを解き明かした思いがいたしました。

これも中年の役割かしらねえと思いつつ、ハンサムがすぎると面倒なことに巻き込まれそうなので、なるべく気配を消すようにしなければ、と心に決めたじじょうくみこでありました。

By じじょうくみこ
Illustrated by カピバラ舎

★おまけの相関図★


珍獣パラダイスの比重がおかしい


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