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[日記]ともに過ごす時間の全てが物語になるような女である

好きな女がいる。

いや,好きな女は幾人もいるのだが,その子があまりにも「好きな女」と呼ぶに相応しい振る舞いをするので,その子のことを特別に「好きな女」と呼ぶことがよくある。

今年のその子の誕生日の晩には,立待月(満月の2日後の月)が綺麗に見えた。なので今日はその子のことを立待姫と呼ぶことにする。

立待姫は元々,Twitterで出会った女の子だった。お互い素生を明かさないアカウントで時折いいねやリプをやり取りする間柄だったが,ある日私が「恋人と別れ話をする」と呟いた時,初めてDMを送ってくれた。

慰めや心配の言葉を寄越すわけでもなく,ただ「あなたのことを応援する女がここに1人いるから」と伝えてくれたのが,大層気迫があって愉快だった。別れ話を戦か何かだと思っている。痛快でいい女だなと思った。一対一で話す機会を作ってくれたのが嬉しく,年が同じで住まいもそう遠くないのがわかった途端つい意気込んで「オフ会しませんか……!?」と誘ってしまった。

会ってみれば,なんと形容しようか,ただ何かがしっくりきた。お互い今まで出会わずに暮らしてきたのが不思議だった。出会うべくして出会った相手だった。立待姫と過ごす時間の全てが物語になるような女である。
それが立待姫との出会いだった。

冬にそんな出会いがあって以来,平均して月に1度か2度ほど会う関係が続いている。直近の逢引では,私が初めて立待姫の地元エリアに出向いた。

15時に集合して,綺麗なホテルのスパへ向かう。私は移動してきたのもあり,旅行気分である。最上階に作られたスパは大きく西にひらけた露天とミストサウナが併設されていた。休日にも関わらず,ほぼ我々2人の貸切状態である。
最近どうなの?こないだ話してくれたあの話,もうちょっと聞かせてよ,などと愚にもつかない話をしつつ,浸かったり上がったりしながらのんびりと過ごす。自販機で飲み物を奢りあったり,お土産を渡したり,そんな他愛のないやりとりも一か月ぶりとあらばしみじみと楽しいものである。「こんな贅沢な休日あって許される?」とは立待姫が何度か口にしたセリフだ。同意しかない。

途中で晩飯時になり,完全に貸切になった。「こんな裸で外の風に吹かれることなんてないよね!」などとはしゃぎつつ,寝そべったり湯に浸かったり,もう寛ぎ放題である。飛行機を見上げたり,あの雲の色がいいとか遠くに走る車が可愛いとか,景色にあれこれ言いつつ日の沈むのを見届けた。

流石にお腹が空いたので,食事に行くことにした。候補は肉・エスニック・ピザである。当該エリアは飲食店が多く,食べたいものはなんでも食べられる場所だった。なかなか甲乙つけ難かったが,立待姫が最近一番食べていないというピザに決定して移動する。結果的に,この判断が大正解だった。

シェフ1人,アルバイト1人で回すそう大きくない店だった。店内は隅々まで心地よく整えられ,いい香りが漂っていた。私のような小娘にもすぐわかった,これは当たりの店だ。

注文したのはバルサミコ酢サラダ,トマト風味のエビのフリット,キノコとチーズのピザ,シラスとガーリックのピザ,セミフレッドである。幸運を思わず天に感謝するほど美味しかった。パスタや肉料理,リゾットなどなど他の頼んでいないメニューが心残りなので,近いうちにまた訪れることを心に決めている。
私も立待姫もアルコールには強くなく,用心しながら頼んだつもりでもかなり酔ってしまった。

初めて知ったのだが,立待姫は酔うと微笑みながら同じことを何度も話してしまうタイプだった。「特にピザが美味しかった……」というフレーズは少なく見積もっても5回は聞いた。上気した目元と緩慢になる動作,機嫌良くコロコロと笑う様が大層愛おしく,余計なお世話とは分かりつつも「頼むから恋人以外の男とは酒を飲まないでくれ」と思ってしまった。

なんとなくそのまま別れるのも名残惜しく,1時間ほどカラオケに行くことになった。お互いに5曲ずつくらいを続けて予約し,歌えるものは一緒に歌うスタイルで過ごした。私も立待姫も,椎名林檎が大好きである。リストはほとんど林檎女史で埋まった。同じアーティストが好きでも,選ぶ曲や似合う曲が少しずつ違うのが面白い。立待姫はもちろん椎名林檎を上手に歌い上げるのだが,他に挙げるとすれば,宇多田ヒカルの曲がよく似合う歌い方をする。彼女の歌う「2時間だけのバカンス」が私は大層お気に入りだ。

そうこうしているうちに,私の帰宅時間になった。お互いちょうどよく酔いも覚め,上機嫌のまま帰路に着く。満月の翌日,駅からも月がよく見えた。

電車に乗り込み,扉が閉まるまでの間次に会う日の話をする。幸せなことに,2日後の晩にまた会えることになっているのである。見送ってくれる立待姫の写真を撮った。可愛い。
そうして我々は完璧すぎる休日を終えた。

この後,1人になった私が乗り物酔いと豪雨で酷い目に遭ったのも,些事と笑い飛ばせるほどに素晴らしい休日であった。

柳照

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