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種苗法改正案について考えてみた件

種苗法改正案について、今国会での成立が断念された、とのニュースに触れたので、種苗法に少しだけかじりついたことがある身として、今回の改正案について少し考えてみた。

とりわけ反対の声が多い「自家増殖に対する育成権者の許諾」について見ていきたい。

1.「自家増殖」とはそもそもなにか?

自家増殖とはなにか。

これを解くためには、そもそもの育成権の話からスタートしなければならない。

種苗法は、特許法と構成が類似しており(と書くと知財専門の先生からお叱りを受けるかもしれないが)、ある「品種」について、「品種登録」を受けた人は、その品種についての「育成者」として、この登録品種(及び、その特性により明確に区別されない品種)を、業として「利用」する権限を専有することとなる(種苗法20条1項)。

ここにいう、「利用」とは、品種の種苗の生産や、譲渡、輸出入、その品種の種苗を用いることにより得られる収穫物の生産などを行うことをいう(詳しくは、種苗法2条5項で定義)。

平たく言えば、ある品種について、それが品種登録された場合、その品種を栽培して収穫する権利は、品種登録を受けた育成者に、専属的に帰属するとされている。これを「育成者権」という。

一方で、これに対しては例外が定められており、その一つが、件の「自家増殖」である。

これはすなわち、育成者権者から譲渡された登録品種の種苗を用いて収穫物を得て、その収穫物を自己の農業経営においてさらに種苗として用いる場合、そのさらに用いた種苗、これを用いて得た収穫物、その収穫物に係る加工品には、育成者権は及ばない、とするものである(改正前種苗法21条2項)(但し、契約で別段の定めをしている場合には、契約の効力が優先されることになるので、契約によってライセンス料が発生している場合もありうる)。

つまり、この「自家増殖」であれば、育成権者の許諾なく行うことができる、というのが改正前種苗法の規定である。

今回、この改正前種苗法21条2項が削除される旨の法案が提出された。

この法案が可決されれば、自家増殖の場合であっても、原則として育成権者の許諾が必要となるため、許諾の対価として、農家の方々が、一定の許諾料を支払う、ということが必要となることが考えられる。

なお、ここで留意が必要なのが、これは「自家増殖に対して、育成者権が及ぶ」ということであり、登録品種に限った議論である、ということである。
すなわち、登録されていない一般品種については、そもそも育成者権は発生せず、したがって自家増殖に対する許諾・ライセンスといった議論は発生しえない点は、整理しておくべきであろう。

2.なぜ、自家増殖に対しても育成者権を及ぼすべきとされたのか?

では、なぜ、自家増殖に対して育成者権を及ぼすべきなのか?

植物の新品種に関する知的財産権については、UPOV条約という条約が存在しており、日本もこれに加盟している。

この条約によれば、農業者の自家増殖については、「合理的範囲内で、かつ育成者の正当な利益を保護すること」を条件として、各国の任意で、農業者の自家増殖を育成者権の例外とすることが可能とされていた。
そのため、平成10年種苗法改正前は、自家増殖(種苗の増殖のうち、有償譲渡を目的としないもの)には品種登録の効力が及ばない、と広く規定されていたところであった。

自家増殖に品種登録の効力を及ぼさないことで、農家の方々が安価でその品種を栽培することができ、市場に安定的に登録品種を供給することができる、というメリットがある。

一方で、品種登録の効力の及ぶ範囲が狭くなるほど、品種登録によるリターンは小さい、ということになるから、育成者としては、品種改良・新品種の開発に対するインセンティブが働かなくなる。

また、自家増殖された後の種苗に権利者の目が行き届かないことにより、育成者のコントロールが及ばないところで譲渡されたり輸出されてしまったり、ということもある。

これによって、マクロ的な視点で見ると、日本の品種改良力・新品種開発力が低下し、相対的に日本の農業の国際競争力が低下してしまうことになる、というデメリットがある。

自家増殖に対する政策については、この「市場への安定供給」と「育成者権の強化による品種改良のインセンティブ効果」という二項対立のバランスの中で考えることが必要といえる。

なお、「育成者権の強化による品種改良のインセンティブ」という点について、具体的な例でいうと、コメの登録品種の一つであり、発売後「おいしいお米」として話題騒然となった「青天の霹靂」は、農研機構の資料によれば、2006年~2013年度にかけて研究されたものであり、2014年10月に品種登録出願とされている。
研究におよそ8~9年もの歳月が費やされているのである。

また、「青天の霹靂」の開発期間はおよそ10年程度であるが、果樹の開発には20~30年かかるとの指摘もある(種苗法改正に関する農業資材審議会第17回より、以下抜粋)。

〇金澤専門委員
今の質問の続きですけれども、私たちは個人育種家、特に果樹の人たちは開発するに当たって、やはり20年とか30年かかるものが多くて、高接ぎで増殖をしていても、世に出せない品種がたくさんあります。そういった意味も踏まえて、それから海外の優秀なものを国内、特に果樹に関して入れた場合、やはりそこのところが障害になって、農家さんで自己増殖というか増やされてしまうということで、なかなかそこの分野のところが開けてないです。だからここをやはり海外と今言われたように、同じようなことでいろいろ農家さんには問題があるでしょうけれども、一つやはりそういうのを早くやることによって、新しい商品がどんどんマーケットのほうに出てくる可能性が高いと思います。

品種の開発に20~30年もかかる、その労に報いるだけの育成者権が確保されていなければ、条約でいうところの「育成者の正当な利益」が保護されているといえないのではないか。

このあたりの問題意識が、今回の改正の大きなイシューとなっていると思われる。

3.今回の改正に至る経緯

今回の改正にあたって、平成31年3月27日から全6回にわたり、種苗業者や農場経営者らを交えて「優良品種の持続的利用を可能とする植物新品種の保護に関する検討会」が実施され、専門的見地及び実務的見地から、喧々諤々の議論がされている。

その中で
「海外への意図しない流出の防止、そのための育成者権者によるコントロールを可能とするための制度を設計する」
という観点と、
「育成権者権の移転によっても許諾の効力が維持されるようにする」
という観点から、自家増殖の場合についても「通常利用権の設定とその実施」という枠組みで整理することが検討されたものである。

今回の改正案について、利害関係を有する方々を交え、専門的知見を持ち寄って精緻に議論されたことは、ここで申し添えたい。

4.日本の農業の国際競争力はどれほどのものか?

以上の経緯を踏まえ、今回の改正における二項対立の利益、すなわち「農業の国際競争力の強化」と「市場への安定供給」について考えてみたい。

まず、日本の農業の国際競争力について見てみたい。

「国際競争力」には、輸出量、輸入量、生産量等、多元的な要素が含まれているが、今回の種苗法で保護しようとする「国際競争力」としては、一つ「新品種・改良品種の開発力」というところが挙げられるだろう。

この点については、以下の政府資料(農業資材審議会 第19回種苗分科会 資料2「国内外における品種保護をめぐる現状」7頁より抜粋)が参考となる。

キャプチャ

これを見ると、日本における出願数は、この10年間右肩下がりで下がっており、2018年のデータでは、1位の中国の約10分の1、2位のEUの約5分の1という状況にある。

存続中の権利の数で見ると、UPOV加盟国中、日本は5位に位置付けているが、このまま右肩下がりで推移すれば、韓国等他の国に追い抜かれることになることも懸念される。

なるほど、この状況をみると、品種登録に対するインセンティブを高める必要は高いといえそうだ。

種苗の海外流出という点でいうと、例えば、日本の登録品種である「シャインマスカット」の苗木が、中国や韓国にシャインマスカット直接輸出されるという状況はないにもかかわらず、中国や韓国に流出しているという実情もある、との指摘がされている。

これにより、中国や韓国から、日本が海外展開を図っている東南アジアにシャインマスカットが輸出されてしまい、タイのマーケットで日本産と競合している、という事態も起こっているとのことである(イチゴやデコポンなどについても、意図しない海外流出が起こっている)。

これがどのような経緯で起きたものかは、検証のしようもないが、このように、種苗がいったん海外に流出すると、本来日本が優位性を保つことができたであろう経済領域についても、優位性が確保できないという悪影響が生じるのであり、これを回避するためにも、種苗の流通をこれまで以上に厳格にコントロールしていくことが有用であるといえるだろう。

5.農家の方々に与える影響は?

では、反対利益である「市場への安定供給」の面はどうだろうか?
ここでは、今回の種苗法改正により農家の方々に与える影響を見ていきたい。

今回の改正案は、「登録品種について、自家増殖をしようとする場合にも、育成者権者の許諾が必要となる」という改正案である。
平成31年3月時点において、登録品種の数はおよそ3万件あるが、主要なところは農林水産省の以下の整理を参照させていただきたい。

キャプチャ2

主要な農作物でいうと、コメのおよそ84%は一般品種、ミカン~野菜まではおよそ90%が一般品種とされており、これらについては育成者権は発生していないので、何ら制限なく、これまでどおり、自家増殖して種苗を手に入れることができるということになる。

この点からすると、今回の改正が農作物の生産全体に及ぼす影響は限定的であり、農作物全般でいえば、安定供給を脅かす要因とはならなかろう。

一方で、登録品種をこれまで栽培していた農家の方々からすると、これまで自家増殖により種苗の入手に各段の費用を要さなかったところが、自家増殖にも費用が掛かるようになることで、その金額如何によっては農家の方々の収支に大きな影響を及ぼしうる。

種苗の許諾料によっては、採算が合わず、栽培を取りやめてしまう農家の方々も出てくるかもしれない。
そうなると、市場への安定供給という点は、改正前に比べれば一段低下すると考えられよう。
ただ、それがどれくらい低下するのかは、許諾料の金額を含めた、金銭面・手続面での農家の方の負担によると思われる。

種苗法が改正されたからといって、すぐに該当品種の栽培をストップできるわけではないだろう。
ご自身が栽培している種苗の費用がどれくらいになるのか、それによって収支にどれほどの影響が生じるのか、それが不明な中では、農家の方々が不安に思われるのも無理はない。
「一般品種は制限されないから大丈夫です!」というのは、いささか農家の方々の心情への配慮を欠くものと捉えられてもやむを得ない面はある。

また、農家の方からしてみれば、誰にどのようにコンタクトを取ればいいのかわからない、といったケースもあるであろう。
さらには、登録品種と一般品種の掛け合わせはどこまで許されるのか等、不安に思われることは多いと思われる。

検討会や審議会の中では、許諾契約に関するモデル契約を策定する、権利保護団体を設立し許諾のルートを一本化する、等、農家の方々の予測可能性を確保するための施策も、併せて検討されているようである(農業資材審議会 第19回種苗分科会 資料3-1「優良品種の持続的な利用を可能とする植物新品種の保護に関するとりまとめ」 )。

上記「農業の国際競争力確保」というマクロ視点での必要性については十分に理解するところであるが、ミクロ観点で影響を受ける農家の方々の理解を得なければ、登録品種に対する栽培について必要以上の委縮効果が働いてしまい、「市場への安定供給」を確保することが難しくなることが予想される。

6.おわりに

農耕は、人間が古来に編み出した大いなる発明であり、文明の進化に欠かせないものであった。
そして、農耕に適する、我々人間が食することができる食物は、先人たちが突然変異種を見つけてきたことにより発展したとの考えも提唱されている。
自家受粉するバナナも、毒のないアーモンドも、突然変異種によって生まれ、育てられ、現在に至る、というのである。
このように、優れた品種を見つけるということは、砂の中の一粒の金を探すがごとく、大変な労力と時間と、運を要するものなのだと思う。

その労力をかけるだけのインセンティブを確保することが、農業の国際競争力確保、のみならず我々の豊かな生活を支えるために必要であることは、私自身は十二分に理解する。

また、このような多大な努力をかけて発見した新品種を海外に逃がしてはいけない、という点も同様に理解する。

一方で、これによって影響を受ける方々へのフォロー・ケアは、慎重に行う必要がある。
とりわけ種苗法なんぞ、我々弁護士でさえ触れる機会などほとんどないのであり、まして農家の方々ならばなおさら、という状況であろうから、懇切丁寧に、きちんとフォローしていくことが望まれる。

間違っても、「今回の改正で、一般品種を含めた全ての種苗について自家増殖が禁止される」といった理解・啓蒙は慎むべきであろう。

農家の方々に安心して生産していただくためにも、正しい情報を、正しく、分かりやすく伝える努力、不安に対する丁寧なケアが、より一層求められる。

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