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確かな種

ジークジオン!ジークジオン!
ガンダムとホワイトベースは、白くてジオン軍に見つかり易い。

日本の有りとあらゆる競技の存続に関係するのが、

  • 強い若手

  • 圧倒的な第一人者

  • 国内での一定のアマチュア数

  • 海外の競技者数

この4点だと思っています。
日本は少子高齢化が著しく、どの競技でも競技人数の減少は一部の分野を除き共通の悩み事だと感じます。

日本囲碁界では、圧倒的な第一人者は、井山祐太四冠です。次いで一力 遼棋聖、芝野虎丸九段、許 家元十段などが続きます。
そして、若手と言えば、仲邑菫二段(13歳)が日本における最年少入段記録10歳0か月を保持していました。

現在、日本囲碁界を牽引している井山祐太四冠の入段時の年齢は、12歳10カ月です。仲邑菫二段は、将来女性初の7大タイトル挑戦者になる事を期待されている有望な棋士の1人です。

仲邑菫二段が入段したときも、若い頃棋士を目指していた自分からみると非常に強烈な印象を受けました。何せ筆者が棋士に挑戦していた30年前位は、プロ棋士になる年齢制限は、当時28歳まで可能でした。

それが今では、23歳未満が棋士入段年齢の最大値であり、実際には中学校を卒業する前ぐらいに入段できる実力が無ければ、師匠であるプロ棋士にプロ棋士になる事を止められる事が多いです。

日本囲碁界のプロ棋士になる入段基準は年々厳しさを増して、最年少化が著しく進んでいます。このように日本囲碁界のプロ棋士になる事が厳しくなっているのは、世界戦で対等に戦える棋士を目指しているのが理由の1つであり、もう1つの理由は、棋士を目指している子供達の人生に配慮しているからです。

今の最前線で戦っている棋士達や将来タイトル戦に絡むであろう超若手達と対等に戦える力量が無ければ、棋士人生も大変厳しいものになるので、子供達の未来も配慮して、厳しい難関を幼い年齢で突破できなければ、進学させ
て違う人生を歩ませています。

そして、最近遂に仲邑菫二段の最年少記録を8ヶ月程度上回る9歳4か月での入段者である藤田怜央(れお)くんが棋士になりました。

つ、遂に日本囲碁界も入段年齢が1桁歳に突入しました。
そして、この藤田初段の目標が、「世界一」を目指したいと言ってくれているのが非常に頼もしいです。

昭和の名棋士達の日本囲碁界バトンが、井山祐太棋士に渡りました。10年以上井山棋士が最前線を戦い、その背中をみて育った子供達が、日本囲碁界バトンを受け継ぐためのプロとしての戦いが継続されると、日本囲碁界は、確実に強いシードを残していると感じます。

少子高齢化でお金集め(スポンサー集め)が大変な時代ですが、このようなニュースがここ数年間、囲碁界で起きている状況を鑑みると、日本囲碁界はどのような形であれ、永続的に日本でその競技を存続できるだろうという確信を得たニュースでした。

井山棋士のファンですが、このように超有望な若手棋士が入段する度に、その棋士が成人した時の変化を視たいという欲が出てくるので、長生きするためのモチベーションを頂いています。


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